漢方薬と西洋薬の違い

西洋医学と東洋医学の薬の考え方の違いを分かり易いように具体的に風邪の例で比較します。
西洋医学の場合、上気道炎では、上気道にウイルスや細菌がくっつき炎症を惹起し、発熱咳痰など病気の症状が出ると説明します。直接細菌を殺す抗生物質や解熱剤、鎮咳剤を投与します。
一方漢方医学では、病邪が体に入り体を犯そうとすると、陽証の場合、体の中の気が風邪と戦う為にパワーアップして全身を駆けめぐるようになる(気の観念が重要です。気は暖かい流れるものとイメージしてください、水蒸気のようなイメージでもいいです。パワーアップできないのは陰証です)
例えば、カゼを引いて熱がでたけれども、薬も飲まずに自然に発汗して翌日にはすっきり治るケースなどは、パワーアップした気のすべてが、病邪に向けられて無駄なく病邪を駆逐した例になります。
しかし薬を必要とするような人達は、気の一部は病邪に向けられますが、一部の気は病邪の存在しない場所、例えば頭に向かえば、頭痛が起こります(この場合は、頭痛が激しいほど病気が早く治りのではありませんので、頭痛は病気の治癒過程と何の関係もありません)又肺に向かえば咳がでるなどいろんなパターンがあります。
実際の漢方薬の使い方としては、病邪が人体に進入したとき、腠(そう)理(り)が閉じていると(この場合汗の出口が閉じていると言うことです)無汗で気がたまるのでたまることによって、体が発熱、そして余った気が頭の方に過剰に行くと頭痛がおきます。
処方としては、その患者の体の状態を考えて、例えば、汗が出ていないならば腠(そう)理(り)を開く(この場合汗を出すと言うことです)処方の麻黄湯(麻黄、杏仁、甘草、桂枝の組み合わせ)などを投与することになります。
もし若干の腎虚があり、腠理が開いている(この場合、汗がもう出ていると言うことです)
この時は桂枝湯(甘草、桂枝、生姜、大棗、芍薬)が基本です。
というように感冒の症状及び本人の体の状態によって使い分けることになります。
つまり病名では処方が決めにくいことになります。
そのような考え方の基となる、陰陽理論、六経分類、五行理論、温病理論、臓腑弁証経方理論、八綱弁証など様々な理論が考え出されました。
西洋医学は、健康観の根底にあるものは、「恒常性」です。つまり人間というのは、一定の状態にあるのが健康でありそこからずれることが病気であるという考え。つまり健康とは、異常値がないこと、病気のないことが前提になります。そこから正常値の発想もでてきます。
西洋医学の治療西洋医学は現象を細かな部分や、純粋な視点から分析する「細分化」の考え方を基本として、人間や病気を臓器や細胞の単位でとらえ、物質や数値に置き換えて判断します。

そこから検査が発達し、正常値という共通性を重視した考えが生まれました。西洋医学では、診断に従った、目的のはっきりした治療が行われる。治療法や薬は、細分化された医学の考え方に従い、作用部位や薬の仕組みがはっきりとしたものがほとんどで、多くは体の肩代わりをするものである。本来からだがすべき働きを薬が代わりにやってしまう、薬の成分も人工的に合成できるような純粋なものが多く、作用の仕組みは明瞭で効果発現が早い場合が多い。
それに対して東洋医学は 人体内臓と体表の各部分の組織、器官を一つの有機的な全体と見なし、その構造と機能において協調性、統一性のあることを強調し、それらが生理的には密接に関連し、病理的には、相互に影響するとしている。
つまり、中医は弁証に際して単に局所の症状を全身及びその他の組織、器官と関連して観察を加えるということです。
人体と外界環境(天候、地理、風俗、生活習慣、社会等)の諸因子との統一性を重視し、孤立的に疾患を取り扱わず、その発生、発展及び変化を外部環境の変化と結びつけて全面的に考慮する考え方で一貫して疾病を診断し、治療するのであって、単に局部的な変化だけにとらわれない、これが東洋医学の全体観念です。
東洋医学の治療肉眼で見える現象や出来事を、自然界の一部として大きな目でとらえて、いろいろなもののお互いのからみ具合を分析します。物質や数値を使わない代わりに、目に見えないものや時間的な変化といったものを扱う特徴があります。
共通性に頼らず、一つ一つの状態を分析していくので個人差に対応することを大切にします。

薬物治療で用いる漢方薬は、いろいろな観点から描き出した体の状態に対応するように作ります、それでいろいろな生薬を組み合わせますし、一つの生薬にもたくさんの働きがあって西洋医学の純粋な薬理作用を持ったものとはとても違った性質を持っています。
また天然の産物なので薬としての成分も多くの不純物を含んでいます。西洋薬のように、体の働きの代わりをするのではなく、体の持っている働きを高めるように作用して効果を現す。つまり薬で体を励まして、結局はからだ自身の力で病気を治させようとするのです。