だから、より高きを目指して
〜それぞれの求めるもの〜



メイとシルフィスは、暗闇の支配下にある夜の空から降り立ち、
王宮の傍までたどり着いていたガゼルの馬を見つけた。
あたりを見回すと、普段は殆ど人の寄りつかぬ、東の塔に灯りがついていた。
お互い顔を見合わせ、無言で頷きあうと、塔へと駆け出す。

東の塔には、亡くなった王族の遺品や肖像画といったものが安置されている。
いわば、慰霊塔と言うべき物だった。
高価な装飾品なども遺品にはあるので、警備の兵は常に配置されているものの、
場所柄ゆえ、王族以外の者は滅多に訪れず、
王族であるディアーナならば訪れることになんの不思議も支障もなかった。



「ディアーナに会いたいんだけど、通してくれる?」
「姫に、大切なお話があるんです…」


塔の警備に当たっている兵に、ディアーナ達が来たことを確認すると、
メイとシルフィスはにっこりと笑って頼み込んだ。

王女の親友のこの二人を知らぬ者はまずクラインにはいない。
その実力、信頼度においても、クラインでトップクラスの二人である。
さらに、この二人に揃って優しげに微笑まれ、断れる者もおそらく殆どいないだろう。

そういったわけで、実にあっさりと、二人は塔への進入を果たした。



塔の外周に面した階段にある窓から、夜会の会場の灯りがぼんやりと光って見えた。

「──怒ってますかしら、お兄さま…」

ガゼルに寄り添い、ディアーナは窓から外を眺める。
咄嗟にあの場から逃げ出してしまったが、それでよかったのか、
残って兄を説得したほうがよかったのか、ディアーナは答えを出せずにいた。

「姫!ガゼル!」
「ディアーナ!いるんでしょ!」

階下から、駆け上がりながら叫ぶ親友の声に、ディアーナははっと我に返る。

「メイ!シルフィス!」


「やっぱりいたね。ここに」

「二人がこの場所にいる、と私たちがわかったくらいです。
…おそらく殿下も、まもなくここに来られるでしょう。
…どうなさるおつもりですか?」


ディアーナは、胸の前で組み合わせていた手を解き、何かを言おうと口を開く。
それを遮ったのは、ディアーナの肩に手を置いたガゼルだった。

「…俺が、殿下と話す」

静かに、だがはっきりとそう言った。

「──本気?…よくて降格、
悪くすれば不敬罪で騎士位剥奪もあり得るかも知れないよ」

「シルフィスが心配するのもわかるけどな。
いつまでもごまかし続けられるわけじゃないし。それに…。
諦めることなんか出来ないのは自分でも嫌になるほど解ってる。
だから…後はもう、ぶつかるしかないんだ」

ディアーナはガゼルの傍に寄り添うと、信頼を込めた瞳で見つめた。

「…わたくしは、貴方についていきますわ。どこへでも…いつまでも」

メイはふうっとため息をついた。

「…決めたんだね。…しゃーない、もともと最後までつき合うつもりだったけど…、
あたしたちは見届け役に徹させてもらうわ。そうと決まれば…降りる?」

ガゼルとディアーナは頷き、階下へと歩みを進め、メイは二人の先を歩く。


シルフィスは、降りかけた足を、ある扉の前で止める。

三人に先に行くよう伝え、階段に灯る燭台を一つ手にすると、閂を外した。

ギィッと耳障りな音をたてて、扉を開く。
灯りに照らされたその部屋は、女性の装飾品と…肖像画が飾られていた。
絵の前に立つと、描かれている女性の姿が、手にした燭台の灯りで浮かび上がる。
シルフィスはその女性を見たことがなかった。だが存在は嫌と言うほど知っている。
ディアーナよりも少しだけ色の淡い、長い髪をした美しい女性。

「………マリーレイン様…」

今は亡き、クライン王妃。ディアーナの生みの母であり、
…レオニスがその剣を捧げることを誓った人。
その存在は、嫉妬の対象とするには、あまりにも遠すぎて。

「…姫が…貴女のご息女が、ご自分の信じる道を歩もうとなさっています。
貴女と似た、でも貴女と違う立場になって。
貴女もお見届け下さい。そして…どうか姫をお守り下さい…」

シルフィスは極短い黙祷の後、その肖像画の前から踵を返す。
扉に手をかけ、部屋を振り返り、再び肖像画の女性へと、迷いのない口調で呟いた。

「…私は、あの人を愛しています。そして…愛されていると、信じられます。
だから…私は、あの人についていきます。──この一生をかけて」

それ以上の言葉は必要なかった。
そして、シルフィスは今度こそ部屋を後にした。



三階から二階にかけての階段途中に設けられた階段踊り場で、
セイリオスは塔の上層部から降りてくる4人を迎えた。
メイがディアーナとガゼルを庇うような形で立ちふさがる。

「殿下、待って。ディアーナ達は…!」

「メイ、言ったはずだろ。殿下との話は俺がするって」

そう言って、ガゼルはメイをそっと横に押しやり、セイリオスと対峙する。
ガゼルは腰に帯びた剣を外すと、目の前の床にそっと置いた。
そして、セイリオスに向かって一歩を踏み出す。


「ガゼル。君はレオニスを慕っていたね。
…だが、まさかこんなところまで師に倣うとは思っていなかったよ」

低次元な子供の嫌みだ、とセイリオスは言った直後に後悔した。
だが、ガゼルは傷ついた様子もなく、セイリオスを直視し続ける。


「俺…いえ、私は…ディアーナを愛しています」

ためらい無く言ったその言葉は、不思議とガゼルに勇気を与えた。

「愛した者が王族であったことは、自分にとって意味を持ちません。
連隊長は、彼の人に剣を捧げることを誓われたと聞き及んでいます。
ですが自分は、そこまで姫を…ディアーナを神聖視することは出来ません。
この手でディアーナを護りたい。この腕の中で微笑んでいて欲しい。
そんな醜い独占欲に日々葛藤している、愚かな男です」

セイリオスはガゼルの述懐を、静かに聞いていた。

「自分が望むのは、たったひとつです。
ささやかな…それでいて、一番大それた望みですが…。
ディアーナと共に、未来を歩みたいのです」

ディアーナはガゼルの傍に歩み寄り、肩を並べセイリオスに向かって懇願した。

「王族としての責務は放り出しませんわ。
肩書きが邪魔だと言うなら、王位継承権を放棄しても構いません。
どうか…一人の女としての幸せを追うことを、お許し下さいませ」


「…ディアーナの王位継承権の放棄は、皇太子として認められない。
次期皇太子も定められず、私たちの他に王位継承者がおらぬ今、
私に次ぐ唯一の王位継承者であるディアーナを失うことは許されない」

「そんなこと…お兄さまがご結婚なさって、お子をお持ちになれば、
自ずと消える問題ではありませんの」

セイリオスは直接は答えず、首を横に振ってディアーナに手を差し伸べた。

「…私の次に王位に就くのは…お前だ。戻りなさい、ディアーナ。
ガゼル、君の処遇は追って沙汰す…」

パシン──!


セイリオスの言葉を、途中で遮ったのは、メイの平手打ちだった。

メイの突然の行動に、ガゼルやディアーナはおろか、
シルフィスも止めに入ることができなかった。


「──セイルのばかっ!!」

メイはその瞳に、うっすらと涙を浮かべていた。


「ガゼルは罪を犯しているの?人を愛することが罪なの?
ディアーナが誰かを愛することすら、この国では認められないの!?」

「メイ!」

「ごめん、ガゼル。見届け役に徹するって約束したのに。
でも、口出しせずにいられないの!今だけ、私の我が儘を許して。
ディアーナの幸せを踏みにじって手に入れる国の平穏なんて、
そんなものに本当に価値があるの!?」



セイリオスは、メイに叩かれた頬に手をあて、暫し無言でいた。

「………シルフィス」

「は、はい、なんでしょう、殿下」

突然名を呼ばれ、シルフィスは咄嗟に返事を返す。


「すまないが、ディアーナとガゼルを頼む。
二人を連れて、下で待っていてくれないか。
…少しの間だけ、メイと二人だけで、話がしたい」

シルフィスは、しばらく無言でセイリオスを見ていたが、
ふっと表情を和らげると、軽く頷いて、敬礼した。

「──承知いたしました。どうぞ、御心のままに」



その場に残された形となったメイは、激情のまま言葉を放った後、
所在なげに視線を彷徨わせていた。

「──メイ」

セイリオスの呼びかけに、メイはぴくっと身体を震わせたが、
生来の気丈な性格もあって、怯えを隠してセイリオスを睨み付けた。

「…謝らないわよ。間違ったこと言ったつもりはないもの」

言いながらも、身体の微かな震えは止まらなかった。

──自分は、怯えている。

その自覚が、メイにはあった。
皇太子に逆らった罪、という意味の怯えではなかった。


……これで、完全に嫌われたかな…。


メイのその様子に気づいているのかいないのか、
セイリオスは、メイを見つめたまま、口を開く。

「…私は、妃を娶るつもりはなかった。
だから…即位しても、次の王位をディアーナに譲るつもりだった」

メイははっとした表情になってセイリオスを見返した。

「…な…んで?…結婚しないって…なんで?」

「好きでもない女性と結婚出来るほど、私は器用な人間ではないからね。
愛しい人が振り向いてくれないのなら…独りでいるしかないだろう?
それが…結局のところ、ディアーナを苦しめることになってしまった。
…すまなかった。目が覚めたよ。もう反対する気はない。
多少もめるだろうが、末端とはいえ、貴族の出身であるし、
なにより彼ならきっと、ディアーナを任せられるだけの男になるだろう」


「…やっぱり、好きな人、いるんだ…」

メイがチクリとした痛みとともに問いかけた言葉に、セイリオスは頷いた。

「…その人、もう誰かの恋人なの?」

「…多分違うと思う」

「…好きって言ったの?」

「言ってない」

「…どうして言わないの?」

「…………嫌われたくなかった。
避けられることに、耐えられそうになかった。
好かれている自信もなかった」


「…なんでよ。そこまで好きなら…言えばいいじゃない。
ぶつかってみればいいじゃないの!
…殿下を嫌う人なんて…きっといやしないのに…」

自分は何を言っているのだろう。
誰のものにもならないで欲しいと願っていたのは、自分ではなかったか?
だが、セイリオスの心が他の女性に向かっているのなら、
自分に出来るのは、彼の後押しをしてやることくらいしかなかった。


「本当にそう思うかい?私は嫌われてないって」

「……………思うわ。
きっと誰だって、殿下を好きになる」

一言一言が、血を吐くような痛みを伴っていた。
メイはもうセイリオスを直視することはおろか、その場にいることすら辛かった。

もう、この場から去ってしまいたい、何処かへ消えてしまいたい…。



「──最初から、こうすればよかった」


セイリオスはそう言うと、突然メイの腕をとり、自分へと引き寄せた。

「──え!?」

メイは自分になにが起こっているのか、咄嗟の判断がつかなかった。
気がつけば、セイリオスの腕の中にいて…抱きしめられていた。


「好きだよ、メイ。ずっと…君しか見ていなかった」

そう言って、セイリオスはメイの頬に手を添えて、
そっと上を向かせると、その唇に、自分のそれを重ねた。
メイは驚いて目を瞠ったが、ゆっくりと目を閉じると、それを受け入れた。



長いような、短いような口づけ。


セイリオスの腕からようやく解放されたメイは、頬を真っ赤にして目を逸らした。


「──随分、強引な真似してくれたわね。
あたしの意志は無視ってわけ?」

「私のことをなんとも思ってない、とは言わせないよ。
だって、君は呼んでくれた」


「え?」

「『セイル』って」


──確かに言った。

「それだけで…?」

「それだけで充分さ。君は知らないんだ。
私が…どんなに、君にそう呼んで欲しかったか」

メイは呆気にとられていたが、不意にくすっと笑った。

「──やっぱ、セイルって強引ね」


セイリオスは、微笑んでメイの手をとると、
その場に跪いてその白い手に唇を寄せた。

「我が愛しい人よ。どうか、女神の御前で、私と永久の誓いを。
我が命と我が誇りは、すべて貴女のために」

拒む理由は、メイの裡に見いだせなかった。




塔の外では、ディアーナとガゼル、そしてシルフィスが二人を待っていた。

「…遅いですわ」

「うん…メイ、大丈夫かな」

塔を見上げながら、心配そうに呟く二人を、シルフィスは微笑みながら見ていた。
皇太子に平手打ちをした、というのだから、二人の心配も尤もなことではあったが、
そのことに関して、シルフィスは全く心配をしていなかった。

あのときのセイリオスの眼差しが、シルフィスに既視感を感じさせた。
あの眼差しは、よく似ていた。
ディアーナへの思いを告げられずに持て余してた頃のガゼルと。

メイは、殿下を受け入れるのだろうか?

そんな疑問もないではなかったが、
きっと、悪い方向に転ぶことはない。
そんな確信を持たせる何かがあった。



キィッと音をたて、塔の扉が開く。

「おまたせ〜…」

メイが頬を染めながら、3人に手を振る。
セイリオスもメイの傍で同じように頬を染めていた。

そんな二人の様子に気づいたのは、シルフィスだけであったが、
セイリオスを見るメイの眼差しと、メイの肩に置かれたセイリオスの手に、
シルフィスは、この騒動の終焉は遠くないな、と独りごちた。

fin.


智砂乃さんへお送りしたファンタ創作、ようやく完結ですっ!

今回書きたかったのは、シルフィスの独白と、ガゼルの宣誓。

ガゼルディア、セイルメイ、レオシルを同時進行させているストーリー上、
全部を踏まえた話にしたいなぁ、と考えていた時に、こうしようと決めました。
ここまで来るのに5話かかりました。でも、どれもかなり気に入っています。

しかしっ、まだ物足りないって方は、下のNextから「おまけ」へどうぞ(笑)。