だから、より高きを目指して〜4〜

波乱はワルツとともに



シルフィスとレオニスが会場の外の見回りを始めた頃、会場内では、
ようやく到着した皇太子と王女が貴賓席にあらわれた。
ディアーナは、いつもは傍にいるはずの親友の姿がないことを怪訝に思ったが、
貴賓席傍に控えている騎士の姿を認め、納得の表情を浮かべる。
彼にかける声も、豊かな感情に後押しされる。

「…ガゼル、わたくし達の護衛は、今日は貴方でしたのね」

「はい、不肖ガゼル=ターナ、精一杯務めさせていただきます」

セイリオスが傍にいるので、堅苦しい挨拶になるのは仕方がなかったが、
ディアーナ同様、ガゼルの声も、型どおりの挨拶の中に溢れる感情が満ちていた。

メイは近くの壁に寄りかかって、二人を微笑ましく見守っていた。


ゴ────ン

時計台が時を告げる。

「始まりますわね」
「ああ、そうだね」

セイリオスとディアーナは挨拶を述べるために立ち上がる。
夜会の始まりに先立つ、短くはないが長くもない挨拶を述べる。
セイリオスはディアーナの手をとり、恭しく一礼する。

「さて、ディアーナ姫。私と一曲お相手いただけますか?」

「ええお兄さま。そうしてさしあげてもよろしくてよ?」

二人は流れる曲にあわせ、ダンスフロアの中央へと、踊りながら進んだ。
会場内の客も、それに倣い、皆それぞれのパートナーと踊り出した。
その様子を、ガゼルは貴賓席傍で、メイはその近くの壁に寄りかかったまま見ていた。

「…ディアーナのエスコート、したかったんじゃない?ガゼル」

「…出来ないって知っててわざと言ってるだろ。
嫌な奴だな。メイだって壁の花じゃないかよ」

「──傷の広げあいはやめよーか…。あぶれてる者同士、一曲踊らない?」

ガゼルは苦笑を浮かべて、メイの差し出した手をとった。

メイとガゼルが踊り始めた途端、周囲から嘆息の声が漏れる。
メイにダンスを申し込みたいと思っている者は、実際はかなりの数に上るが、
この二人は大抵一緒にいるので、遠慮する者が殆どだった。
そうと気づいてないのは、当の本人、メイくらいなのだ。
巷では、「メイとガゼルは恋人同士なのではないか」との噂が流れている。
それが噂の域を出ないのは、「一緒にいる」だけで、恋人らしい会話もなく、
つまりは決め手に欠けるからだ。
むろん、メイもガゼルもディアーナも、その噂を知っていた。
ディアーナとガゼルから周囲の注意を逸らすために、あえて肯定も否定もせずにいる。

セイリオスたちも、ガゼルたちも、一曲を踊り終えると、貴賓席まで戻ってくる。
ある者は兄に、ある者は主君に、ある者は想い人に、
皆、複雑な想いを相手に気づかれないようにと、表情に偽りの仮面をかけて。


「お〜。なかなかお似合いのカップルが二組。羨ましいねぇ〜」

拍手の音を響かせながら、歩み寄って来たのは、
セイリオスの旧友であり、政務においても片腕とも言える、
現在、筆頭魔導師の地位にある、シオン=カイナス。

「──シオン?どうしてここにいらっしゃいますの?」

ディアーナの台詞に、シオンはがくっと肩を落とす。

「…ひでーなぁ。姫さん…。これでもセイルの身辺警護には、気ぃ使ってんだぜ?
セイルのいくところに俺がいて、なんの不思議もなかろうが。
一番効率がいいのは、俺が傍で護ることだからな」

「ま。気づきませんでしたわ。だってシオンはいつでも
お兄さまより、侍女たちの傍にいらっしゃいますもの」

むろん、嘘である。シオンがセイリオスの傍を離れている時間の方が少ないことは、
王宮に住む者、そこに始終出入りする者ならば、いくら疎くても気づかざるを得ない。
そうと知った上でのジョークとわかってるから、皆、咎めようとも思わない。
メイもガゼルも、お互いに顔を見合わせて、肩をすくめて苦笑する程度だ。

「お兄さまの護衛に託けて、貴婦人方を口説いてらしたのではなくて?
今をときめく筆頭魔導師殿のお目当ては、どちらのご令嬢ですの?」

「…夜会で咲き誇る麗しい花たちも捨てがたいが…。
今の俺の興味は、薔薇の花を咲かせることに注がれてるんでね」

「…薔薇…ですの?」

「…ああ。姫さんも知ってる薔薇だぜ?
ちっとばかし咲かせるのに骨を折りそうだがな」

ディアーナは、シオンのその言葉になにかを察したのか、微笑みを浮かべた。

「…その薔薇が咲きましたら、是非わたくしにも教えて下さいましね。約束ですわよ」

「…そうだな、姫さんには、必ずご報告に参上しますとも」

そのときのシオンの笑みは、寂しげでもあり、優しげでもあり、
いくつもの想いが複雑にもつれ合った結果の笑みであったようだった。


「──わたくし、少し風に当たってまいります。失礼しますわ、お兄さま」

ディアーナは、中庭に面したテラスへと向かった。

「…シオン様、殿下のことお願いいたします」
ガゼルは一瞬戸惑いながらも、ディアーナの後を追った。


「ディアーナ!一人で外に出るのは危ないって!」

テラスの柱に身体を預けるようにして、ディアーナは夜風に身を晒していた。

「貴方がいますわ、ガゼル。わたくしを、護ってくださるのでしょう?」

ディアーナに微笑まれて、そう言われてしまうと、それに逆らえるガゼルではない。
苦笑を浮かべつつも、ディアーナの傍らに立つ。
風が、ディアーナの長い髪を嬲るように吹き上げる。
桜色の髪がガゼルの目の前で風を象った。

「…ディアーナを護るのは、俺の役目だから…。誰にも譲らない、誰にも…」



俺は先刻、シオン様に嫉妬した。
説明のいらない、どこか分かり合ったような会話。
俺に知らされていない何らかの出来事が、二人の間であったんだろう。

ディアーナと釣り合うだけの身分や地位。ディアーナを護りきることが出来る実力。
俺が切望してやまぬものを全てあの人は備えている。
それを羨む度、ディアーナは住む世界の違う人間なのだと思い知らされる。
いっそ諦めることが出来れば楽なのだろうに、
それでも諦めることなど出来なくて、みっともなく足掻き続けている。

…格好悪くてもいいさ。お前が傍で笑ってくれるならな。



ディアーナの服装は、肩が露わになっているドレスである。
まだ暖かいとはいえ、夜風に当たりすぎるのも身体に障らないとも限らない。
ガゼルは自分のマントの留め金を外すと、ディアーナの肩にふわっとかけてやる。
そのマントを胸元で合わせるようにきゅっと握って、ディアーナは俯いた。

「…ガゼルもメイも、すっかりダンスが上手になりましたわね」

「ん?…そうか?…そういえば、確かにメイは俺の足を踏まなくなったな」

「………いつも夜会でのガゼルのお相手は、メイでしたものね」

ガゼルから視線を逸らし、ディアーナはマントの裾を弄りながら言葉を紡ぐ。

「…ガゼル…。後悔、してません?…その…わたくしを選んで下さったこと…」

「──!!何だよ、それ!俺がディアーナ以外の女に惚れると思ってんのかよ!」

「違いますわ!違いますけど…メイといる貴方が…とても楽しそうなのですもの。
わたくしは…貴方の幸せの妨げになってしまってるんじゃないかと…、
そんなことを考えてしまっただけですわ…」

ディアーナは、ガゼルの胸に額をあてるようにして、顔を埋めた。
照れたような、困ったような表情で頬を染める。

「…貴方を信じています。それは変わりませんわ。
ただ…こんな夜には不安になることもあるんですの。
やきもち妬きな女の、一時の戯言と…聞き流してくださいまし」

ガゼルは、自分の胸に顔を埋めているディアーナの細い身体を、
包んでいる自分のマントごと抱きしめた。



ディアーナ…。お前は、知らないんだろうな。
いつも俺がどんなに不安か…、どんなに焦ってるか。
俺には何もない…。あるのは、お前への想いだけ…。だから…。

「頼むから…、俺の気持ちを疑うことだけは絶対にしないでくれよな。
お前に拒絶されたら…俺の思いは行き場をなくしちまう」

ディアーナは微笑みながら、黙って頷いた。

ガゼルの手がディアーナの肩に置かれ、どちらからともなく顔を寄せ合った。



会場では、セイリオスがシオンやメイとワイングラスを傾けながら、
ディアーナが去っていった方を気にしだしていた。

「…ディアーナ、遅いな」

「ガゼルがついているんだから、大丈夫だよ、殿下」

「………………まぁ、シオンがついてるよりはある意味安心か…」

「ちょいまち、セイル!そりゃどーゆー意味だ!」

「そのままの意味だが」

「そーね、シオンが傍にいるのは狼の前に羊を差し出すよーなもんよねー」

「嬢ちゃんまでそーゆーこと言うか?信用ねぇなぁ…。
心配せんでも、俺は姫さんには手ぇ出したりしないぞ。
……なにせ、もう振られてっからな」

ポソッと言ったシオンの最後の台詞に、
セイリオスとメイの手から、ワイングラスが取り落とされる。
ガシャンと音を立てて割れるグラスには目もくれず、二人はシオンに詰め寄った。

「あんたっ!ディアーナ口説いたの!?」
「妹に手を出すなと、あれほど言っただろう!」
「わかっちゃいたけど、あんたってやっぱナンパ男!」
「いくらシオンでも許せることと許せんことがあるぞ!」

「だぁ〜!やかましいっ!口々にわめき立てるな!雛鳥かてめぇらは!」


「……やはりディアーナが心配だ…」

言うなり、セイリオスはディアーナがいるテラスへと足早に向かっていった。
メイは慌てて後を追おうとしたが、間に合わないと悟ると、
不意に足を止め、逆方向へと駈けだした。向かった先は──「清掃室」。


「ディアー……─っ!?」

「!!──お兄さま!」
「殿下!?」

間が悪いとしかいいようがなかっただろうが、
テラスへ出たセイリオスが見たものは、ガゼルとディアーナの抱擁であった。
三人とも頭の中は真っ白になり、硬直して立ちつくしてしまった。


最初に我に返ったのはディアーナだった。
ガゼルの手を掴むと、テラスからそのまま中庭へと出る。
ディアーナにつられるようにガゼルも我に返り、連れられるまま、駈けだした。

数秒遅れてセイリオスが我に返ると、すでに二人の姿は小さくなっている。

「──!待ちなさい、ディアーナ!」


その声を聞きつけたのは、先程までレオニスと外を見回っていたシルフィスだった。

「殿下、いったい何があったのです!?」

駆けつけたシルフィスに答えたのは、別の声。

「シルフィス、こっち!」

声のした方へ顔を向けると、そこには箒に跨って空を飛ぶメイの姿があった。
もちろん、箒は清掃室から無断借用してきたのだ。
メイはシルフィスの元へ降りると、くどい説明はせず、後ろに乗るよう指し示した。
その様子に何事かを察したシルフィスは、メイの誘導通り、箒の後ろに腰を下ろした。

「捕まっててね!」

メイは口の中で呪文──おそらくは風系統の──を唱えると、
再び夜の空へと、シルフィスを乗せて舞い上がった。


「メイ!?」

セイリオスは少女達の行方を視線で追うことが精一杯だった。
少女達の向かった先は──王宮の方角。
馬の嘶きも聞こえた。おそらくはディアーナを乗せて走っているガゼルの馬だ。

「──行くしかない、か」

セイリオスは踵を返しテラスから会場へと戻ると、シオンを捕まえて馬を用意させる。
その傍らには、外の見回りを一通り終えたレオニスが会場へ戻っていた。

セイリオスがかいつまんで話した大雑把な事情を聞くと、
シオンは大きなため息を一つつき、手配をするために踵を返した。

「……わかった。馬はすぐにでも用意させる。
だが、夜会が終わるまでには帰ってこい。俺とレオニスで出来る限り誤魔化すが、
招かれてる王族が二人ともいないなんて、それだけで騒ぎの元だ!」

セイリオスは傍らに立つ黒髪の騎士に視線を向けた。
彼は、事情を聞いても、驚きの表情を浮かべはしなかった。

「…レオニスも知っていたんだな、ディアーナと…ガゼルのことを」

「はい。存じておりました。…その上で、殿下にはお話をいたしませんでした。
それが罪であると仰られるのならば、如何様な罰でもお受けいたしますが、
……殿下は、姫様とガゼルが罪を犯していると、お思いになっておられるのですか」

「──私は…」


「セイル、準備出来たぞ。テラスから中庭に出ろ」

シオンが、セイリオスに小声で呼びかける。
セイリオスは言いかけた言葉を飲み込むと、踵を返してテラスへと向かった。

セイリオスが中庭へ用意された馬に跨ると、レオニスはシオンと共にその傍に立つ。


「…殿下、出過ぎたまねと承知の上で、敢えて申し上げます。
水が低きに流れるように、樹々が天を目指して伸びゆくように、
互いが在ることが自然な二人なのだと…どうかご理解を下さいますよう…」

「………心に留めておこう」


セイリオスが馬を駆るのを見送ったシオンは、傍らに立つレオニスに視線を向ける。

「…お前さん、行かないんだな。シルフィスは、行ったんだろ?」

「ガゼル自身が決着をつけなければ意味がないことです。
ですが、シルフィスならそうするだろうと解っていましたから。
友の一大事に、見ない振りを決め込むことの出来る性格ではありません。
事が露見したらどう行動するか…と決めていたわけではありませんが…、
おそらく、シルフィスも、私が行かぬことを承知しているでしょう」

「…『あいつのことなら何でも解ってる』ってか。
かぁ〜っ、マジな顔で惚気るんじゃねぇよ、この果報者が!」

『互いが在ることが自然』である二人というのは、
なにもガゼルとディアーナに限ったことでもないようだ。

髪をガシガシとかき回し、「やってられん」とシオンは会場へと戻っていった。


────to be continued.

はい、やってしまいました。当サイト初の完全なる「続く」。
話はすでにまとまっているのですが、こんなに長くなるとは予想もしませんでした(汗)
というわけで、〜1〜で文末に記した「セイリオスにばれて一波乱」でございます。
セイルとメイも、ようやく次回で決着をつけられると思います。

今回、シオンが脇役として登場。ディアーナに振られています。
でも、読めばおわかりになると思いますが、お相手は決めてあります。
ええ、バラです。わかる人はわかる、あの人ですね。あっはっは。…マイナー?