だから、より高きを目指して〜3〜
「レオニス様!」
月明かりに朧に輝く金糸の髪を軽やかに風に靡かせ、
白地に金の縁取りをされた騎士の正装に身を包んだ騎士は、
会場内の警備にあたっている黒髪の騎士のもとへと駈けていた。
男性用の騎士の正装に身を包んでいるとはいえ、
その騎士の容姿はまごうことなく美しい女性のものであった。
男性的な衣装が、その少女の凛とした雰囲気に合って、
かえって彼女の美しさを際だたせているようにも見える。
「会場内の警備は、全て指示通りに配置が終了しました」
「そうか、最近は不穏な噂を聞くことも少なくなったが、
用心に如くはない。気を抜くな、シルフィス」
「はい、もちろんです」
今宵は王家主催の夜会が行われることになっており、
当然護衛として近衛騎士団が駆り出されることになる。
レオニスと二言三言で打ち合わせを済ませると、
シルフィスは再び会場へと戻っていった。
「シルフィス〜!」
夜会開始より一足早く会場にやってきていたメイが、手を大きく振って呼び止める。
シルフィスは、その人物を認めると、雑踏をかき分け、
青いパーティードレスを着た、琥珀色の髪の親友の元に駆け寄った。
「メイ、もういらしてたんですか」
「うん。シルフィスは警備?ま〜た男の格好しちゃって〜。
シルフィスほどの美貌の持ち主が、もったいないっ!
近衛騎士団も、女性用の正装作ればいいのにっ!」
「まぁ、まだ女性騎士は私一人ですし、それに護衛が仕事ですから。
ドレスやスカートじゃ、流石に立ち回りはできませんしね」
そう言ってシルフィスは軽く肩をすくめる。
公式の場では、シルフィスは殆どこの騎士の正装だった。
護衛としてディアーナの傍に控えているのが殆どであるためだ。
むろん、私的な場では女性としての装いをしてることもあるが、
シルフィスが正式に騎士に任じられてから二年、
公式の場で女性の装いをしているのを見た者は殆どいない。
あえて女性的な装いを見いだそうとするとしたら、
左手の薬指に輝く、小さな宝石のついた白銀の指輪くらいであろうか。
──人はそれを、エンゲージリングと呼ぶ。
「ガゼルは?あいつも今日は警備なんでしょ?」
メイの問いに、シルフィスは直接には答えず、
柔らかく微笑むと、くいっと背中越しに会場を指さす。
メイがそちらへ視線を巡らすと、薄い絹布で幕が張られた貴賓席周辺で、
まだ誰もいないその席を、幕越しにじっと見つめている白銀の髪。
悪戯心をおこしたメイは、なるべくそおっと、ガゼルの後ろに近づいた。
「ガ〜ゼル!!」
「うわぁ!?」
突然後ろから『背中突き飛ばし』付きで叫ばれ、ガゼルも大声を張り上げる。
とっさに剣の柄に手をかけ、後ろに飛びすさりながら振り向いた。
「なぁに、ガゼル。このメイ様に剣を向ける気か!」
メイは、あくまであっけらかんと、からかう口調で笑いながら言った。
犯人が見知った人物であると知ると、ようやくガゼルは剣の柄から手を離した。
シルフィスはそんな二人の様子に、くすくすと笑いながら歩み寄った。
「メ…メイか…脅かすなよぉ〜」
「メイ、お人が悪いですよ。メイは冗談のつもりでも、
私たちは、ここに警備に来ているんですからね。
あんまり心臓に悪いことはしないでやってくださいね」
「ごめんごめん、シルフィス。あ…っとガゼルもごめん。
でもさ、警備に来てるくせして、『心ここにあらず』って感じなんだもん」
ガゼルはぐっと言葉に詰まった。
微かな、本当に微かなため息を零しながら視線を二人からそらし、
再び薄い絹布を見やると、ぽそっと言葉を紡いだ。
「俺には…まだこの薄幕一枚を超える力もないんだなぁ…って。
そう思ったら、この先の道のりが、すげー長く感じられちまってよ…」
ガゼルのその言葉に、メイははっとなる。
ガゼルと同じように、薄い絹布の向こうを見つめた。
「…幕の向こう…か…」
「ガゼル、今日の姫と殿下の護衛は、ガゼルの役目なんだよ。
別のことに想いを馳せてる暇なんてないんだからね。気を抜かないで」
「あ…。…わりぃ、シルフィス。わかってる、まかせとけ!
この剣にかけて、ディアーナは命に代えても護るぜ!」
「ちょっとガゼル〜?気合い入れてるのはいいけど、殿下のこと忘れないでよ?」
メイの声を背中で聞きながら、シルフィスは会場を後にした。
夜空を見上げて、何か想いふけっていたレオニスを会場の外で見つけだすと、
少し躊躇ってから、シルフィスは声をかけた。
「考え事ですか、レオニス様。ガゼルといい、貴方といい、
今日は物思いに耽る人が多いのですね」
「…いや、ガゼルの言ったことがな。…まるで、昔の自分を見ているようだ」
「…聞いてらしたんですか?」
レオニスは苦笑を浮かべて、肩をすくめながら言った。
「…聞こえていた、と言った方が正しいな。
お前達の声は、会場の外までよく通る。…内緒話には向かんな」
レオニスは、ガゼルとディアーナの二人を、複雑な思いで見ている。
若かりし頃の、激情のまま周りも見ずに突っ走っていた自分を、
まるでそのまま鏡に映したようで、無関心ではいられないのだ。
「姫がガゼルを受け入れている以上、私と同じ末路を歩みはしないだろうが、
その道程はけしてなだらかなものではあり得ないだろうな。
姫とガゼルも…この先大変だな」
「二人とも…幸せになってほしいですね、レオニス様」
シルフィスはレオニスの心情を察知してか、そう呟いた。
レオニスは、はっとしてシルフィスの顔を見返し、
次の瞬間、自分の迂闊さを呪うような表情を浮かべた。
「…すまない、おまえの前でするような話じゃなかったな」
シルフィスは緩やかに首を横に振った。
「姫とガゼルのこととなれば、私も他人事と割り切ることなど出来ません。
それに…今までも何度も申し上げたはずです。
王妃様とご自分のことで私に引け目を感じるのは、やめてください。
貴方の心から、マリーレイン様を消し去ることはこの先永遠に叶わぬことでしょう。
消し去ろうとも思いませんし、消し去って欲しくもありません」
『私は、過去の全てを含めて、貴方を愛しています』
それは、シルフィスがレオニスと想いを通わせたときに、
レオニスに告げた言葉だった。
レオニスは、片手でシルフィスの肩を抱きよせた。
シルフィスはレオニスの全てを受け止めてくれている。
自分はそれに甘えてしまっているのではないだろうか。
そんな想いに幾度となく駆られる。
「…私は、おまえの優しさに、甘えてばかりのような気がするな」
「レオニス様に甘えていただけるなんて、これ以上ない特権ですね。
…本心を言えば、貴方の傍にいられれば、他のことなどどうでもいいのです。
私が貴方に愛されていること、私が貴方を愛していること。
そして、私が貴方の傍にいられること。他に何を望めと言うのでしょう」
「…傍にいられること、か…」
その点については、叶えられているとは言い難かった。
今のシルフィスの主な任務は、唯一の王族女性──ディアーナの護衛である。
その任務の性質上、女性騎士であるシルフィスが適任であるとされ、
シルフィスは王宮付き近衛士官として、毎日のように王宮に詰めている。
同じ近衛騎士隊に所属しているとはいえ、レオニスやガゼルらとは、
戦場を異にしてしまったという感は拭えない。
事実、シルフィスはずっと王都にいたが、レオニスら騎士団の面々は、
国境近辺の小競り合いのために暫くクライン王都を離れていたのだ。
そのことに後悔はないが、多少の寂しさを覚える。
叶うなら、いつも互いの傍にありたいのに。
「…そのことで、少々相談があるんだが…」
「…なんでしょうか?」
レオニスはなかなか言い出せずにいたが、
暫く視線を宙に彷徨わせた後、ようやく決心をつけたように言った。
「シルフィス、近衛騎士団連隊長の副官を務める気はないか?」
「…連隊長の副官?…って…レオニス様の…?」
「…わかっている。今の任務を放り出せるわけもないだろうし、
姫との友誼もあるお前が一番適任だということもわかってるつもりだ。
だから、この二年、言い出せないできたんだが…。
──私の我が儘に、つきあってはくれないだろうか…」
シルフィスが答えようとした時、会場からワルツの曲が流れ出した。
レオニスは会場へと視線を投げると、恋人の顔から近衛騎士としての顔になる。
「…そろそろだな。殿下と姫もすぐにお越しになるだろう。
私は会場の周りを見回ってくるが…お前はどうする?」
「…よろしければ、ご一緒させて下さい」
レオニスは微笑みで承諾の意を表した。
レオニスの申し出に、シルフィスは答えるタイミングを逃してしまった。
シルフィスは、レオニスの傍に寄り添い歩きながら、その横顔を見上げた。
そして、そっと視線を自分の左手の薬指に移す。
そこにあるのは、未来を捧げる約束の証。
…答えは、決まっている。
レオニス様、貴方は気づいているのでしょうか。
貴方のその言葉ひとつで、私は劫火の中にでも飛び込んで行ける。
この身を、女神の御手に捧げることも厭わないでしょう。
私が望むのは、ただ一つ。──貴方の傍らに在ること。
私が「叶えばいい」と思っていたことを、自分の我が儘として求めてくれる。
貴方の傍らに在る者として、無条件に認めてくれる。
──自分にそれだけの価値があるとは、思えないけれど。
でも…いえ、だからこそ、より高きを目指したい。
後ろからついていく者としてではなく。
傍らに、対等に立てる者として。
護られるだけの女としてではなく。
貴方を護ることの出来る戦友として。
誰より愛しているから、貴方に相応しく在りたい。
誰にも非難の言葉も、否定の言葉も紡がせないほど。
貴方と並び立てる存在になりたい。
貴方を癒し、護り、互いに高めあえる存在になりたい。
「…待っていてくださいね」
──貴方に、追いつけるその日まで。
それからしばらくの後、戦場を駈ける黒髪の騎士の傍には、
金糸を風に靡かせた女騎士の姿が常に在るようになり、
『闇の騎士』と『光の騎士』の名は、近隣諸国の騎士の間で、半ば伝説となる──
fin.
智砂乃様にお送りした、「だから、より高きを目指して」の第三弾です。
舞台としては、書庫での出来事から暫く後、ってとこです。今回はレオニス×シルフィス。
企画物だというのに、シルフィスの相手を指定キャラにしなかったあたりに、
私の愛の偏り具合が出ておりますわね(笑)。
しかし、セイル×メイの時もそうでしたが、…レオニスが、「三年後」らしくない(苦笑)。
〜1〜で三年後の設定たてたばかりに、こんなところで意外な苦戦を強いられるとは(笑)
そして…これ、まだ続くんですよ、実は。ちゃんと次回で終わらせたいものです…。