だから、より高きを目指して〜1〜
「ディアーナ!待ちなさい!」
「嫌ですわっ!ぜ〜ったいにお嫁になんていきませんわ!
そんなに他国と婚姻を結びたいなら、
お兄さまがお嫁に行けばよろしいんですわ!」
今日も今日とて、すっかり王宮の名物になってしまった兄妹喧嘩の声が響く。
「はぁ〜、やれやれ、またやってるよ、あのお二人さんは」
王宮の書庫にまで響いてくる声に、
琥珀色の髪をした少女はさして気にもしない様子で呟いた。
「ほんと、よく続きますよね、お二人とも」
くすくすと笑いながら、書棚に本を戻し、
クラインでは珍しい金色の髪を、窓から流れ込んでくる風に靡かせて
もう一人の少女が相づちを打つ。
クライン第2王女、ディアーナ=エル=サークリッドは、
3年ほど前に、離宮から王都に戻ってきた。
そのときは15だったディアーナも、すでに成人を迎え、
御歳18歳の、輝かんばかりに美しい王女となった。
…まあ、性格と行動にはまるで進歩がない、と
彼女をよく知る者達は口を揃えて言うのだが。
「殿下もさ〜、いい加減あきらめればいいのにね〜。
ディアーナがあいつ以外の男と結婚するわけないじゃん」
彼女が頑として結婚を拒む理由を知っている数少ない人間の、
ディアーナの大切な親友──メイ=フジワラは、
半ばどうでもいいような口調で言いながら本の頁をめくる。
「まぁ、殿下はそれをご存じでないのですから、仕方ないですよ」
同じく彼女の親友、騎士団在籍のシルフィス=カストリーズは、
立場上、ディアーナの相手をメイよりもよく知っている。
一度こうと決めたら譲らない芯の強さや、
所作の中に見え隠れする、抜けきらない子供っぽさ、
何より、ディアーナのためにより高きを目指そうとする情熱、
それらはシルフィスの目にも快いものとして映る。
シルフィスはクライン初の女性騎士として、またメイは異界からの来訪者として、
この国で知らぬ者など無い有名人の二人である。
知名度では、ディアーナに劣らない。
ディアーナを含めたこの三人は、物珍しさ以上に、
その魅力で男性陣から絶大な人気を誇っているのだが、
本人達はそれに全く気づいていない。
「まぁ、王家の者にとって結婚は半ば義務ですから。
殿下のお気持ちも、わからないではないですよ」
「だからって、あのディアーナの相手が、
そこらのボンボン王子につとまるわけないっしょ」
むろん、今までまったくそんな話が出なかった、と言うわけもなく、
ここ2年ほど、ひっきりなしに見合い話は舞い込んでくるのだ。
クラインは、2年半程前に起こったダリスとの戦争で筆頭に立ち、他国を率いた。
規模こそ他国に劣るものの、クラインの精鋭揃いの騎士団・魔導師隊は、
実力で他国の軍勢を遙かに凌駕していた。
クラインの人気は、国内に留まらず、諸国の国民からも喝采を受けている。
近隣諸国にとっても、クラインと婚姻関係を結べば、自国の民からの人気も上がり、
精鋭を誇るクラインの軍を味方につけることも出来る。
少々お転婆であるという点を差し引いても、
『クライン第二王女という肩書きはそれを補って余りある価値がある』、
つまりは味方につけておいて損のない相手だと近隣諸国は考えているようで、
なんたら王国の第3王子だの、なんとか皇国の皇太子だの、
はてはいい年をした色ボケ国王まで婚姻の打診をしてくる有様なのである。
『少々お転婆』どころじゃない──と言いたい者も王宮内には大勢いるが、
真実が知れ渡る前に他国に押しつけてしまえ──といった極論派もいるほどである。
もちろん、セイリオスはそこまでの極論派ではないが、
いつまでも嫁ごうとしない妹に一抹の不安を感じているのだ。
それゆえ、近隣諸国から見合い話があるたび妹に勧め、
そして、当の本人であるディアーナは、なんやかんやと理由を付けて、
舞い込んでくる見合い話を片っ端から断り続けているのだ。
──どちらも大した根性である。
「ん〜…よし、こんなもんかな。シルフィス、つきあってくれてありがと」
レポート用紙を纏めて、メイは席を立つ。
「いいえ、私も今日は一人ではいたくありませんでしたから」
今日はメイのレポートの締め切り日。
普段ならこんな風に雑談を出来るような状況ではないのだが、
珍しく今回は余裕が出来ていたらしく、非番だったシルフィスをつれて
おしゃべりに花を咲かせながらレポートを仕上げたのだった。
「そっか。今日だっけ、騎士団戻ってくるの」
メイは書庫の壁に掛けてあるカレンダーに目をやりながら、呟いた。
「──はい」
シルフィスもそれに倣う。
国境近くで小競り合いがあったため、騎士団は大部分が留守にしている。
レオニス=クレベール中佐──3年前は大尉だったが──は、
第三部隊隊長という一個小隊の隊長から連隊長へと昇進を果たしている。
同じく第三部隊所属であったガゼル=ターナは、
先の闘いで功績をたて、中尉となった。
そしてレオニスが連隊長になったことで空席になった、
第三部隊の小隊長をレオニスの後任として務めていた。
「──あいつ、頑張ってるね」
メイは急に口調を柔らかくして、優しい声音で呟いた。
「ええ」
シルフィスの声も、優しいものになる。
二人のその優しさは、大切な親友、ディアーナの幸せを祈る友人のそれだった。
彼女が幸せになるために、なんでもしてあげたい…そう考えている。
バタバタ──バタン!
書庫の扉を荒々しく開けて、転がり込んできた小さな影があった。
メイは驚いてそちらを振り向くと、
気配には気づいていたらしいシルフィスが素早く駆け寄り、
その闖入者に手を差し伸べ、立ち上がらせていた。
「メイ、シルフィス、助けて下さいな!」
──先ほどまでの噂の中心人物、ディアーナであった。
二人は心得たように頷き合うと、シルフィスはディアーナを抱え上げ、
書庫の奥の、裏庭に面した窓を大きく開ける。
ディアーナも慣れたもので、余計な動きをせず、シルフィスの首に手を回し、
おとなしくシルフィスに身を任せていた。
「メイ、後をよろしくお願いします!」
言うなり、シルフィスはディアーナを抱えたまま、窓の外にひらりと身を躍らせた。
ここが三階であることは、全く気にしていない。
「おっけー。まっかしとき」
メイは、立ち上がった椅子に再び腰を下ろすと、羽ペンを持ち替え、
何事もなかったように本を開き、書き終わったレポートを捲り、
さも勉強中です──といったように未使用の紙に適当にペンを滑らせた。
数秒後に入ってくるだろう相手を足止めするために。
「後はメイに任せて、行きましょう、姫」
シルフィスは、自分に抱きついているディアーナに声をかけた。
シルフィスとディアーナが三階の窓から飛び出して、今どこにいるのかというと、
窓の傍に聳え立っている、葉の生い茂る樹の枝の上である。
生い茂る枝が死角となって、外からは見つかりにくいのだ。
シルフィスやメイがディアーナのために見つけた、書庫からの脱出口である。
「はいですわ、シルフィス」
怯えた様子もなく、ディアーナは答える。
こういったことが日常茶飯事になっているので、どちらも慣れたものである。
周りに注意を払いながら、樹から降りると、
ディアーナとシルフィスは、騎士団宿舎へと向かった。
ディアーナの、愛しの君がそろそろ戻ってくる頃であったから。
遠征から戻ったばかりの騎士たちは、着くが早いか、
ディアーナ王女が自分たちを出迎えたことに驚いた。
ディアーナは、王女としての立ち居振る舞いを乱さず、
楚々として一礼すると、微笑みながら口上を述べた。
「我がクラインの誇り在る騎士団の皆様方、遠路の征旅、ご苦労様ですわ。
わたくしもクライン王家の一員として、皆の無事を心より喜んでいます。
これからも、我がクライン王家、そしてクラインの民のため、
皆様方のお力添えをくださいましね」
本来ならば顔を間近で見ることすら滅多に出来ぬはずの
王族からの直接の礼に、騎士団はざわめき、そして感動する。
王女が、我ら騎士団を頼りにしてくださっているのだ!と。
その場に居合わせた者のうち、シルフィスとレオニスは笑いを噛み殺している。
そしてガゼルは褐色の肌を微かに紅く染めて、照れたように頭を掻いている。
三人とも、ディアーナの目的はまったく別にあることを、よく知っているからだ。
ディアーナは悪びれずにレオニスに向き直ると、にっこりと笑いながら言った。
「クレベール中佐。お疲れさまですわ。
シルフィスも貴方のお帰りを首を長くして待っていましたのよ。
さ、シルフィス、堅苦しいことは抜きですわ。
中佐の執務室ででも、三人でお茶にしませんこと?」
「はい、姫」
「はぁ、姫がそう仰られるのでしたら…。
ああ、ガゼル、お前はすぐに私の執務室に来るように。話がある」
「あ、はい!連隊長!」
…こうして、内事情を知っている者にはあからさまな、
だが、事情を知らぬものには親友想いの王女の
粋な計らいに見えるお茶会が開かれることとなる。
「ガゼル=ターナです、失礼しま……わ!ディアーナ!」
入ってきたガゼルの言葉が終わらぬうちに、ディアーナはガゼルに抱きついた。
「ガゼル!よく無事で戻ってきてくださいましたわ!」
仔猫のように頬を擦り寄せ、臆面もなくディアーナはガゼルにじゃれつく。
「ガゼル、また背が伸びましたわね。
それに、またかっこよくなりましたわ」
「ディアーナも、…その、綺麗になったよ。
でも、あんまり早く成長しないでくれよ。
俺、追いつけなくなっちまう」
シルフィスとレオニスは、苦笑を浮かべたままお茶を口にしている。
自分たちがここにいるのも忘れてるのではないかと思う会話に、
苦笑する以外何ができるというのだ。
しかし、まぁ、立場上なかなか会えない恋人同士の再会だ。
多少のことは目を瞑る気にもなる。
とはいえ、こちらも久々の再会の恋人同士である。
どちらにも野暮はしたくない。
レオニスは、淹れられた茶を飲み干すと、シルフィスを連れ、
主君と部下のため、執務室をしばらく譲り渡すことにした。
ガゼルは出会った頃に比べてとても成長した。
ディアーナより5センチも低かった身長はみるみる伸びて、
ディアーナが見上げなくてはならないほどになった。
以前はよく目に付いた子供っぽさも、落ちついた物腰にとって変わってきている。
ディアーナはガゼルの胸に顔をうずめる。
人目をはばからずにこう出来る日が、早くくればいいのに、と思いながら。
「ディアーナ…」
ガゼルは腕の中の愛しい存在を強く抱きしめた。
自分が彼女を望むことはだいそれている。
一国の王女と、一介の騎士。
認められるはずも、求めて良いはずもない。
だが、それでも手放せないのだ。
彼女も全てをかけて自分を待ち続けてくれる。
彼女のために、己のために今の自分に出来ること。
しなければならぬこと。それは──。
「絶対、絶対にディアーナのところまで、駆け上がってみせるから。
俺の剣は、ディアーナを護るためにあるんだ。
ディアーナの髪も瞳も唇も、俺のものだ。他の奴なんかに、渡すもんか!」
「心も、ですわ。ガゼル」
ディアーナは微笑んで訂正する。
「わたくしを…わたくしだけを、護っていてくださいな…」
「ああ、ディアーナは俺が護る。ディアーナだけだ。この剣にかけて、絶対に…」
「信じていますわ、ガゼル」
そしてゆっくり瞳を閉じた。
ガゼルも瞳を閉じながら、ディアーナの唇に自分のそれを重ねた。
それは神聖なる誓約の証。
わたくしの騎士は貴方だけ。
だから、迎えに来てくれるという貴方の言葉を信じて、待っています。
俺が護るのはお前だけ。
だから、同じ場所に立てるように、より高きを目指す。
そこには、三年前のお転婆王女と騎士見習いの姿はなく、
ただ、恋する相手を求める男女が在るだけだった。
それからしばらくの後、とうとうセイリオスに
ディアーナとガゼルとの関係がばれ、一波乱あるのだが…
──それはまた、別の話♪
fin.
初のファンタ創作です。智砂乃様の一周年企画創作として書いたものですが、
当サイトの一周年がファンタの再販日と重なりましたので、ファンタ部屋を作ることにしました!
この話、最初はディアーナ単独ではなく、メイもシルフィスも一緒に話に盛り込む予定でした。
ですが予想以上に長編になりそうだったのと、話がまとまらなくなりそうだったので、
個々に話を分けることにしました。
ガゼルはやはりディアーナに持ってきたいです。EDのかっこよさにもやられましたが(笑)、
『騎士とお姫様』のシチュエーションは私のツボです(笑)。
智砂乃さんに、挿し絵を描いて頂きました!いやぁ、言ってみるもんだ!(笑)
ディア可愛いし、ディア可愛いし、ディア可愛いし、ガゼル可愛いし、(おいおい)
もう言うこと無しですね!