未来永劫



〜始まりの言葉〜


生まれたときからひとりだった。
まわりにはたくさんの人がいたし、邪険にされたことはなかったけれど、
僕はその中であきらかに異端であり、僕はどんな意味でも異質なのだった。

――夢を見ていた

未来永劫続く夢。
誰かを想うことも、絶望することもなく
それはただの『無』だけを作り出す世界。

――夢を見ていた

いつか出会うであろう誰か。
それは君の夢だった。

『僕らは出会うべくして出会った』

そう言い切れたらどんなにかいいだろう。
君をこの腕に抱きしめて、君は僕のためだけに存在する。

『手に入れたい』

絶望的なほどに非生産的な想いが溢れ出し、押さえが効かなくなってくる。
傷つけても、その瞳に涙が浮かんでも腕の中に
君を抱くことが出来るのはどんなにか素敵な事だろう。

アンジェリーク

僕は君を―――愛してる。


◇◆◇◆◇



「モデル?・・・私がですか?」

女王候補アンジェリークはその日、感性の教官である
セイランの元で勉学にいそしんでいた。
そして授業を終え、いつものようにお茶を飲んでいた時、セイランが突然
『モデルをやってくれないか』
と、言い出したことにアンジェリークは少なからず驚いた。

「そう。どう?やってくれないかな」
「で、でも・・・セイラン様は人物画はお描きにならないんじゃ」
「これまではね。でも今は描きたいと思ってる」
「そうですか・・・」
「それで、やるの?やらないの?」
即答を望むセイランが、少し躊躇っているアンジェリークの態度に
イライラしたような口調をし始め、それを感じ取ったアンジェリークは慌てて答えた。
「あ・・・私でいいなら喜んで」
「そ。よかった」
答えに満足したのかセイランは小さく微笑んで紅茶の入っている
カップを手に取り、一口、口にした。
「じゃ、今日の夜裏の小川で待ってるから」
「よ、夜!?」
「何か問題でも?」
「問題といいますか・・・な、なんで夜でしかも裏の小川なのかと・・・」
カップをテーブルに置くと、セイランは意味ありげに微笑んだ。
「君をイメージしたとき必ず思い出すのが夜なんだよ。
そして月・・・。今夜は月が綺麗だっていうからね。
月光を受けてたたずむ君を描いてみたいと思ったから。
裏の小川の側にちょうどいい開けた場所があるんだ」
「あ、そうなんですか。わかりました。
なんだか・・・ちょっとおもしろそうですね」
紅茶を飲みながらにっこりとアンジェリークは微笑んだ。
「おもしろい?」
問い返すセイランにアンジェリークはクスクスとさらに口元をほころばせた。
「だって・・・夜に部屋を抜け出すなんてなんかドキドキします。
他の方に見つかったら怒られちゃうんでしょうね」
などと言いながらアンジェリークはちっとも悪びれている様子はない。
「ま、ばれたとしても同罪だ。君ひとりが責められることはないよ」
「ならいいです。一緒なら怖くないですもの、きっと」
「まあね」
肩をすくめてセイランは答え、アンジェリークはそれを合図に席を立ち上がり
『それじゃ、また夜に』
と言うと、部屋を出ていった。
軽く手をあげて出ていくアンジェリークを見送った後、セイランは窓に
近寄りアンジェリークが玄関から出てくるのを見守った。
数分後アンジェリークが玄関の外に現れ、そしてこちらを見上げ、手を大きく振った。
それに頷くとアンジェリークは満足したのか、
くるりと背を向け小走りに道を走っていく。

「・・・ほんと。創作意欲の湧く子だね・・・」

姿が見えなくなるまでその後ろ姿を見守ると、セイランは小さく呟いた。


◇◆◇◆◇


太陽は沈み、その太陽にせっつかれるように月が現れる。
それでも月は慌てることなくゆっくりと、
急ぐことを知らないように自分の時間を刻んでいた。

「来たね」

広い芝生の上でセイランはスケッチブックを広げ、画材の用意をしていた時だった。
後ろから声をかけられ、セイランは振り向くとアンジェリークはぺこりとお辞儀をした。
「すみません!遅くなってしまいましたか?」
「シーーッ・・・静かに」
「あ・・・ご、ごめんなさい」
セイランは唇に人差し指を当てて静かにするよう注意し、
慌てて口に手を当てて黙るアンジェリークをおかしそうに見つめたあと、微笑んだ。
「ま、ここは学芸館からは離れてるし、こんな夜中に誰も来るわけないんだけどね。
・・・注意するにこしたことはないから」
「はい、気をつけます」
素直に返事をするとアンジェリークは空を見上げ指さした。
「本当に綺麗な月夜ですねぇ」
「ん?ああそうだね」
セイランはチラリと空を見るが、それ自体あまり興味がなさそうな口振りで、
足下に置いてあった紙袋をアンジェリークに手渡した。
「はい、これに着替えて」
「・・・なんですか?」
がさごそと紙袋を開いて中身を覗き込むアンジェリークに
セイランは簡単に説明した。
「いつもの格好もいいけどさ。さすがにこの雰囲気には合わないから、
それに見合った服を用意したんだ。あっちの木の陰ででも着替えておいで」
「セイラン様が選んだんですか?」
「うん」
「わあ〜・・・どんなでしょう。楽しみ」
『じゃ、着替えてきます』
と言うと、アンジェリークは木の後ろに駆け込んで着替えを始めた。

数分後、木の陰から顔だけ出したアンジェリークは
困ったような声でセイランを呼んだ。
「あ、あのぉ〜、セイラン様・・・・・・」
「何してるのさ。着替えおわったんなら早くこっちにおいで」
「・・・やです」
「あ?何?」
「いやですぅ・・・」
アンジェリークの泣きそうな声にセイランはこめかみを押さえた。
「・・・『なんで?』と聞いて、僕が納得するような答えを君はくれるわけ?」
「だ、だって・・・これ・・・デザインが・・・」
「別に派手じゃないだろ。実にシンプルなデザインなはずだけど?」
「そういうんじゃなくて・・・」
ごにょごにょと口を濁すアンジェリークにしびれをきらし、
セイランはアンジェリークの側に近寄った。
「だ、だめです!」
「だめ?」
「来ちゃだめっ!」
「・・・だるまさんが転んだじゃないんだからさ、
その言葉で立ち止まるわけにもいかないね」
お構いなしにセイランはアンジェリークの腕を掴んで
木の陰から引っぱり出した。
「きゃっ!」
バランスを崩しかねない勢いで腕をひかれたアンジェリークは、
わたわたと飛び出したが、セイランの視線から逃れるように
小川の側の開けた芝生の所まで身体を隠すように逃げた。

その立ち姿を見てセイランは思わず絶句した。
肩紐だけの艶のあるシルクのドレス。
胸元と背中が大きく開いているAラインのデザインは、
アンジェリークの身体のラインをハッキリと形作っていた。
靴を履き替える余裕がなかったのか、裸足で芝生の上に立っている。
それがひどく艶めかしい。
そして背中から受ける月光。
反射する髪と艶やかな肌は乳白色の陶器のように美しい。
まるで月の光の中を降りてきた天使のように。

ただ直感で選んだ服だったのだが、予想だにしなかったほど
美しく変身してしまったアンジェリークに、セイランはただ沈黙したままだった。

その沈黙をアンジェリークは誤解したのか、今にも泣き出しそうな表情。
「だから嫌だって言ったんです・・・。こんな大人っぽいデザインの服、
・・・私が似合うわけないじゃないですか」
胸元が気になるのか、そこを手で押さえながら
アンジェリークは所在なさ気にたたずんだ。

ふわりと・・・風が吹いた。
いたずらなその風はアンジェリークの髪を撫で、隠れていた首筋を露わにする。
月の光はアンジェリークだけを捕らえ、幻想的に夜の中に浮かび上がらせていく。

セイランは黙ったままアンジェリークの目の前まで近寄った。
ビクリと身体を縮こませ、アンジェリークは困ったように胸元を隠していたが、
その手をセイランはやんわりと掴み、そのまま下に降ろしてしまう。

「や、やだ!セイラン様!?」
「静かに・・・ってさっき言ったよ?」
「静かにさせてくれないような事してるのはセイラン様ですっ!」
「・・・うるさいなぁ」
「は、離して―――!」
言葉は途中で途切れてしまう。
それはセイランの唇に塞がれて。

「んんっ・・・・ふぁ・・・・」
掴まれていた腕は、いつのまにか解かれていたのだが、
アンジェリークは逃げる事は出来なかった。
今はセイランの腕の中で強く抱きしめられ、
しかも押し倒されているのだから。
背中に当たる、ひんやりとした芝生の感触。
だのに身体の前面は暖かい。
セイランがぴったりと身体を合わせているせいで。
「いや・・・やあぁ・・・」
「そんな目は・・・逆効果なんだけどね。
悪いけど・・・やめてはあげられない」
潤んだ瞳、小さく抵抗する手は今はもう力無く、
ただセイランの髪を掴んでいた。
服は・・・脱がされることなく、スカートはまくり上げられ、
肩紐はおろされて微妙に肌を隠すだけ。
「あ・・・あ・・・セイラン様・・・」
「君は自分の魅力をわかってる?わかってないんだろうね・・・。
・・・もう少し自分自身を知るべきだ。そしてそれを隠すことも・・・」

下腹部に広がる痛み。
セイランの力強い腕と動き。

「愛してる・・・」

そしてアンジェリークの瞳に最後に映ったのは、
セイランの悲しげとも満足げともとれる微笑みと、
その肩越しに煌めく月だった―――

◇◆◇◆◇



「・・・んっ」

背中が痛い。
ベットの上で寝返りをうったとき、ズキンとしたその痛みと
瞼に当たる強い光で目が覚めた。
「・・・・・・?」
ゆっくりと身体を起こし、置かれた現状がわからずアンジェリークは
目をコシコシとこすりもう一度辺りを見回した。
「どこ?ここ・・・」
「ん〜・・・起きたの・・・?」
突然横からかけられた声に驚いて、アンジェリークは叫び声をあげそうになった。
「セイ・・・ラン・・・様!?」
なんとか声のトーンは落としたが、大声には変わりない。
それをうるさそうにセイランは顔をしかめてからあくびをした。
「うるさい・・・し・・・眠い・・・」
寝起きの悪さはたぶん聖地一。
ぶつぶつと何かまだ口にしてはいたが、いつのまにかそれは
穏やかな寝息に変わっていった。
だがその腕はしっかりとアンジェリークの手をとって。

「・・・・・何・・・なんなの・・・」
思い出すのは一瞬だった。
それは鮮明に。
「私・・・昨日・・・セイラン様に・・・」
背中の痛みは多分地面の上での行為だったから。

思い出した。
思い出したくなかった。
でもそんなのは無理。
そらすことなど出来ない現実。

涙が溢れてきそうだったが、泣いてる暇はない。
セイランがまた目覚める前にここを出なくては。

『愛してる』

朦朧とした意識の中、その言葉をアンジェリークは聞いたような気がした。
だがそれは自分が望んでいるから幻聴として届いたのか、
本物のセイランの言葉だったのかわからなかった。

ベットからそっと抜け出すとアンジェリークは服を着替え、
着ていたドレスは手近なイスに置くと、痛む身体を押さえつつ部屋を出た。

「セイラン様ぁ・・・私・・・」
『どうしたらいいの?』

アンジェリークは部屋に戻ると、ひとり一日静かに泣き続けたのだった――

◇◆◇◆◇


翌日、アンジェリークは何をする気にもなれず育成もすべて休んで
庭園の木に寄りかかりながら、ぼんやりと空を見上げていた。

「フウッ・・・・」

本当は今日学芸館で資質をあげないといけないのだ。
いや、あげなきゃいけないというほど切羽詰まったものではないのだが、
今日勉強すると安定度がひとつあがるのである。
だけどそれは出来ない相談というもの。
まだ平気な顔してセイランにあえるほど心は穏やかになどなっていない。

会いたいのに会えない。
それがこんなに辛いとは思ってもみなかった。

「セイラン様のぶわぁ〜〜か・・・」

思わず心にもないことを呟いてしまったアンジェリーク。
だがそれを責められる者など誰もいないだろう。
それはただの愚痴のようなものなのだから。

「だーれが馬鹿だって?」
「キャアッ!セ、セイラン様っ!?」
どこから現れたのか突然目の前に現れたセイランに、
アンジェリークは驚き、そして反射的に逃げ出そうとした。
だがセイランはその身体を捕らえると、そのままアンジェリークが
寄りかかっていた木に自分の身体ごと押しつけた。
「・・・何で勝手に昨日は帰ったのさ。
僕はちゃんと送るつもりだったんだけどね」
「・・・・・・・」
「しかも今日はいつまでたっても君は現れない。
仕方ないから僕から迎えに行ったが部屋にはいない。
探してみれば君は僕を馬鹿だと言っている・・・」
「・・・・・・・」
「アンジェリーク。・・・答えないつもり?」
「・・・・・・・」
押し黙ったまま俯いているアンジェリークの顎を捕らえると、
セイランは問答無用でキスをした。
「・・・やっ・・・」
今は昼間。
しかも昨日の晩とは違い人気のない場所ではない。
バンバン人が通り過ぎるような所なのだ。
木の陰にいるとはいえ、ばれないとは限らない。
さすがにアンジェリークも必死で抵抗を試みたが、
失敗に終わることは目に見えて明らかだった。
少女の力が青年の力に叶うわけないのである。
「いや・・・人が・・・」
「・・・だから?」
「みんなに見られ・・・」
「僕はまったく気にしないね」
「んんっ・・・」
スカートの中に手が入り込み、
ゆっくりと腿の内側を撫で上げられる。
「や、だ・・・セイラン様」
「それは言葉じゃなくて身体に直接聞くよ」
さらに奥に手が伸び、アンジェリークはヒクンッと身体が反応してしまう。

望んでいたこと。
昨夜だけの戯れではなく、
遊びでもそれが長く続くことを願ってたのだから。

身体が正直に反応してしまい、アンジェリークは耳まで熱くなった。
「っく・・・」
「ねえ、アンジェリーク。人間はどうして心とは裏腹な言葉を伝えようとするんだろうね。
・・・僕は・・・それが不思議でしょうがない」
「セイラン様は・・・思ったことなんでも口にする事が出来るから・・・
だからそんな事言えるんです・・・」
それに対してセイランは心外だとでも言うようにため息をついた。
「僕もそういった人間のうちのひとりなんだけど?
なんでもかんでも言いたいことが言えてたら、僕だってこんな苦労はしないよ。
肝心な時に肝心なセリフが言えないんだから」
「えっ?」
セイランの言った意味がわからず、アンジェリークは首を傾げた。
そんなアンジェリークの髪にキスをしてから突然セイランは身体を離し、
スタスタと学芸館の方へと歩き始めだが、自分についてこない
アンジェリークにセイランは途中で振り返り声をかけた。
「何してるのさ、行くよ」
「えっ?あの・・・どこに」
「安定度増やさなくていいのなら別にいいけどね」
「あっ。・・・はい、行きます」
アンジェリークはこちらにお構いなしで歩き始めたセイランを,
慌てて追いかけたのだった。