6.チュローラ・リサイクリング・パーク
2001/10/5日
シドニー郊外のリサイクル工場(廃棄物再生場)
工場内は撮影禁止。写真の部屋で説明を聞く。女性はこの工場の説明担当者。

原則的にオーストラリアでは焼却処分はしない。
10年〜15年前までは焼却場があり、ごみを焼却していたが現在はやっていない。市民の苦情でダイオキシンなどの確たる科学的根拠があったわけではないが焼却は中止になったと言うことです。
埋め立て処分を原則とするが、処分場探しは反対運動もあり、いずれの都市も難航しているということで、この点は日本とにかよった部分もあるようだ。
実際、一般廃棄物はシドニーとキャンベラの間まで2時間かけて運搬しているそうだ。
この工場ではペットボトル等分別作業が行われていたが、撮影はできないということでした。
教育現場である学校でもリサイクルの啓蒙が行われている。
埋立地については日本の管理型が原型でそれに汚水管を設け、汚水は汚水管に流している。
国土が広いので余り日本のゴミ処理には参考にならないが、少なくともオーストラリアよりも日本のほうがゴミ処理事情は厳しいと思った。

7.ホークスベリー・ベジタブル・ファーム 2001/10/5日
ファームの主人 ジョーさん。20エーカーの土地で農業をやっている

奥さんヴィッキーさん

農場の奥にある貯池

日本の子供に比べてものびのびしているように見える。

30分後子供達も何処からか集まってきて全員集合。大根、キャベツは非常に大きく、車も4WDのいいのがあるので結構採算は取れているのがうかがえる。

子供達は人懐こく寄ってきて記念撮影

家族5人にとなりの女の子までそろって和気藹々

冷蔵倉庫の前。

バスの運転手、ガイドまでいれて記念撮影。この農家が発展することを祈りたい。

8.あとがき
計画がちょうど同時多発テロと重なり、急遽オーストラリアと言うこたになり、視察先も十分な吟味がないままの海外視察だったが、福祉施設だけは、どうにか満足できる施設で、説明、資料ともに申し分のないものだった。
おそらくこの施設は、我が国の10年先を行っている。
そしてちょうど帰国についた10月8日にアメリカのアフガニスタンに対する報復攻撃がはじまった。
オーストラリアは美しい町だったが、帰国の途についた頃、血なまぐさい現実社会がかえってきた。
しかし先進地で参考になるものは採り入れて今後に生かしたい。