開業医のつぶやき        インフルエンザ予防接種判決に思った事
 福岡地裁の判決で全国的なビックなニュースにはならなかったが、最近私が大きな関心をいだいたニュースの一つは「予防接種禍訴訟で国に7100万円賠償命令」という3月14日の新聞記事であった。
平成6年の予防接種法の一部改正により国民の予防接種を受ける義務が、努力義務となったが学校保健と地域の医療福祉の向上に率先していくべき開業保険医としては予防接種法の普及促進を図り、疾病の発生及び蔓延を予防するために、予防接種への正しい知識の啓発普及と積極的な推進を図り接種率の維持向上が図られるように配慮するべきである」事には異論はない。
原告の立場(一般国民の立場)にたって考えればあるいは至極当然な判決として受け止められたであろうが、あえて接種する側にたって考え直してみたい。      

 地裁の判決理由として、

(1)児童一人あたりの予診及び接種の時間は23秒程度となり、禁忌者かどうかを識別するために必要とされる予診が尽くされたとは到底認められない。

(2)担当医師は原告に対し視診のほか問診を行ったとは認められないし担任教諭に最近の健康状態を尋ねた事実もない。
故に医師は後遺症の発生を過誤により予見しなかったものと推定される。 としたが、

 過失相殺事項として 

(1)のどの痛みを気付いてしかるべき両親が問診票に記載していなかった。 事をあげている。

 あえて学校医として意見を言わせてもらうと、まず

(1)昼休みの1時間半の学校への動員の時間内で、校医2名で900名程の学童への接種を義務づけている現実(2年程前から予診医師3名、接種医師1名になったが)のなかで充分な予診が出来るわけがない。

(2)問診票に書くとき両親も気付かずに書かなかった事を、騒然として心音もほとんど聞こえない会場でせかされての診察でチェックするのは至難の技といわざるをえない。

(3)充分な時間をかけて問診と診察を行うのには、一人あたり5分かければいいのか、はたまた10分かければいいのか。
もっと根本的な事をいわせてもらうなら、充分な問診をかけて診たとしても、はたして「後遺症の発生を過誤により予見しなかったものと推定される。」事を回避しえたのであろうか。
別の言葉でいえば、予診問診ぐらいで複雑な機序で起こるアレルギー体質や過敏体質を予見できないしましてや後遺症の発生等を予見するのは神技といえよう。
炎症がある者を排除すれば後遺症は起こらないという法則があるのなら、事は簡単である。
しかし、しっかりとした時間をかけて良く丁寧に診察したとしても外からの情報のみで過敏症や後遺症の発生を予見できるとは誰も言えないであろう。

 10年前、国が裁判に敗れて、予防接種の副作用として被害認定をするようになってからというもの、小学校での各種の予防接種に父兄の同席が義務づけられ、問診票の不備者の接種オミット、集団接種は一時間で40人程度とされ、責任の所在は実施者であるところの市町村長が負う 等もろもろの責任の所在からの厚生省の「逃げ」の姿勢が顕著になってきたといえる。
ついてきた父兄に「接種やりますか?」と聞くこと自体何か起きてもあなたが賛成したでしょうと逃げるための方便におもえて厚生省のヅルサを感じるのは私だけであろうか。 
以上、一学校医の私見をのべてみました。

  佐賀県保険医新聞98年4月号「主張」 掲載済み       1998年3月30日