わたしの本棚

「天国までの百マイル」

 浅田次郎 著  朝日新聞社刊

  女手ひとつで四人の子供を育て上げた母が重症の狭心症を患ってからの主人公の末っ子の三男城所安男が、狭心症の外科手術では日本一との名声高き教授からいわば見捨てられた母を、執念で見つけた名医のもとに連れて行き死の淵から生還にこぎつけるまでの著者の実体験に基づいた物語です。

  物語では、長兄は国立大学を苦学して卒業して一流商社に入り、次兄は奨学金を受けて地方の国立医大に行き耳鼻科の開業医で姉はエリート銀行員に嫁いでいるが主人公の安男は都立の進学校には行ったが大学進学に失敗し「城所商産」を立ち上げるもバブルがはじけて倒産し妻と子供に逃げられ、失意のときに母が重病になり入院したところから話が始まる。

  兄姉たちは、見舞いにも来ない上に良く見舞いに行く安男の離婚した妻をなじる始末で、医者の次兄ですら、大学教授の「外科的治療は無理」との言葉に反論もせず逆に、母をどうにかして助けようとする主人公を咎める。母の主治医の藤本のアドバイスで160キロはなれた千葉の港町にあるサンマルコ記念病院の曽我先生を知り兄姉の反対を押し切り自分のワゴン車に母を乗せて行きそこで、人間的にも狭心症の手術の腕でも大学教授を凌駕する曽我医師に出会い感銘を受け手術を委ね母を死の淵から助け出したという物語である。

  権威におもねる兄姉との確執。落ちこぼれながら人一倍母を思う末弟。腕も人間愛も持った田舎の勤務医と主人公の会話のなかに「赤ひげ先生」のような医師のあるべき姿を教えてくれた名著です。ちなみに、題名の百マイルは港町までの160キロの事です。
       
佐賀県保険医新聞   2005年9月号