「時局講演会」 

「公的医療費抑制は医療の荒廃を招く」を聞いて

   イギリスで一年間医療改革の現状を学んで来られた日本福祉大学近藤克則教授を招いて、今後のわが国の医療政策の行方を考察する機会を得ることができた。イギリスといえば、世界に冠たる「ゆりかごから墓場まで」のキャッチフレーズで知られた医療福祉政策のもとに総合的福祉国家建設に励んできたが、サッチャー政権のもと、1990年国民保健サービス(NHS)コミュニティーケア法が成立して、スーパーマーケット会長の諮問をうけてNHSに市場競争原理を導入し、たびたびの改革による低医療費政策がとられ「NHSは危機的状態」となっていった。

   2000年のOECD Health Data をみると第3世界並みに陥ったイギリスの現況が垣間みる事ができる。OECD加盟国の対GDP比医療費をみると、@アメリカ13% Aドイツ10.6% Bフランス9.5% C先進7カ国平均9.3% と続き加盟26ヶ国平均より低い位置に残り7カ国のうち カナダ、イタリアとなり、E日本 7.8%最後にFイギリス 7.3%  というデータが示すようにイギリスは日本にも遅れをとるくらいの地域医療後進国になりさがったのである。

    低医療費政策は、医療現場に深刻な問題を露呈していて、まず救急医療では救急患者のうち「入院が必要」と診断されてから病棟に着くまで4時間弱ひどい場合はストレッチャーに乗ったまま廊下の隅で3日間待機するとの事です。救急でない発熱や腹痛ならまずGPに電話して薬をのんで3日待たされて、その後又GPに電話すると「2日後には予約が取れそうだからその時にいらっしゃい」というような流れになっているのである。専門医療を受ける場合の入院待機者も半端じゃなく全国で100万人も待っているとの事。

   このような事態になったのは、低医療費政策のために医師も看護婦も海外に流出してしまい,薬剤師も民間企業に就職するのです。研修医には長時間労働を強いる事になり、不満や医療事故の多発などを含め、医療従事者全体の士気の低下は目を覆うとのことでした。
   
   ここまでは、日本も全く同じ道を歩んでいるといえるのであるが、労働党のブレア政権になってから、それまでの保守党の「競争と市場原理」での医療政策が失敗であったと気づき、2005年までに医療費を1.5倍に増やしてEUの平均まで引き上げるということです。
同時に医療の質と効率をともに高める基準の設定として、
1)根拠に基づく医療(EBM)
2)NHSが提供すべき医療サービスの枠組みをつくる 
3)NHSで保証されるべき医療技術はなにかを評価する機関の設立 
をあげ、更に公正を重視する政策として、経済的弱者ほど有病率や死亡率が高い事の是正に国が取り組む事、地域格差是正、性や人種などのマイノリティー問題や失業貧困問題の解決に国として行動計画を公表したのです。

   公正や質も重視する第3の道を医療でも追求するのみでなく現場での意思決定や評価を重視するニュー パブリック マネジメントを取り入れて総合的に改革していこうとするイギリスの試みこそが日本のめざす医療政策に他ならないのではないだろうか。 
参考文献「福祉国家の医療改革」東信堂刊 
      2003年8月