「私の主張」 

「三方一両損」論とマスコミの対応

 11月29日の医療制度改革をめぐる政府与党の最終報告取りまとめを全紙いっせいに「大綱」として翌日発表しましたが、主なものとして、
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社保も国保も、3歳から69歳までの患者負担を一律3割に(社保本人については、実施時期を明示せず 
高齢者のうち70歳以上は一回800円で月4回まで(大病院は1割)が、上限なしの1割負担へ、3歳未満の乳幼児も2割負担へ
保険料をボーナスを含めた年収ベースで計算 
保険者自らがレセプトの審査支払いを行えること等
が主なものですが、全世代での患者負担増のみが前面に出た大改悪案といえよう。30日の朝日,毎日、読売、日経、西日本の5紙の社説を見比べてみると、「三方一両損」どころか、患者国民の負担増のみがあって、厚生族議員と医師会の横暴で医療機関への改革案が骨抜きになったと憤慨した論調に終始しているのである。果たしてそればかりなのだろうか。特に5)高齢者医療費の伸びに上限を設定し超過分は医療機関が負担するという一項を無きものにしたので「改革の柱は骨抜きに」なったとの意見である。そもそもこの「三方一両損」そのものへの考察が根本から間違っている事に各紙気づいていない。
 三方とは、医療側、患者国民側、政府の事であるのに、政府の国民に対する医療福祉、社会保障への責任と義務にふれていないのである。ただ朝日一紙のみが、12月1日の社説で、「国民に負担増を求めるには、まず政府自身が三方の一方となって行政改革で痛みを引き受ける事が必要だ。それがほとんど果たされていない」と述べているのみであった。80年代から続いている健康保険への国庫負担の削減の事実、国が先進国なみの負担を実行して、公共事業に50兆円、医療福祉社会保障に20兆円という先進国では類をみない奇妙な逆転予算を正常にもどせば、国民になんらの負担増も不必要である。又かって4割あった国の医療費負担率が3割にまで減っているが、これを元に戻すことが、国民に負担増を強いる前にまず国がするべき事ではないだろうか。
 そうすれば、生活や老後の不安のために消費を抑え貯蓄にまわす構造も一掃されるわけである(日本の国民貯蓄額は1300兆円)。もっといえば、全般的に構造不況業種にあげられる製造業のなかで、唯一堅調にその過半数が前年比45%ほど増収増益になっている製薬大手への考察もなされていない。同じ薬が、わが国では欧米の2〜3倍の薬価で、競争も無く医療機関に卸されているので莫大な儲けが製薬資本に流れているという事実への考察も見られない。「三方一両損」論議では、いくつかの有力地方紙にいたっては、新聞社の命の社説ですら、中央の配信会社の「社説」を買って垂れ流していた事実が問題になっているが、言語道断である。もっと地道に真相を究明する骨のある記事を書いて、国民の耳目となって政治を国民の為になさしめるような新聞マスコミになって欲しいものである。
佐賀県保険医新聞  2001年12月号 より