わたしの本棚

「アメリカ医療の光と影」 医学書院

 李 啓充 著
                  
         
 著者は、現在ハーバード大学医学部助教授のかたわらアメリカ医療の表も裏も知っている立場から、まさに表題の如く「アメリカ医療の光と影」を紹介しながら今後の日本の医療の行く末に警鐘を鳴らし続けている医学人である。
  第一章では、医療過誤の実例を数例あげ、それにかかわった医療人達がどのように立ち向かっていき又難題をどのように解決していったのかを詳細に分析している。
間違いを犯した個人の「不注意」を責めることでは類似の医療過誤を防ぐ事にはならない事。医療過誤を防ぐ最善の方法が、「誤りから学ぶ」ということに尽きるが、医療者は往々にして過誤の事実を隠蔽してしまい、自らが「誤りから学ぶ」機会を放棄し過誤の再発を繰り返す愚を犯してきたとしている。
肝心な事は、誤りが何故おこったかの追求であって個人の不注意を責める事であってはならないし、個人の不注意を責める観点からは「同じ過ちを繰り返さないように気を引き締めて注意していこう」というなんの実効性も持たない精神論しかでてこないのだと厳しく指摘している。
更に「誤りから学ぶ」ためには、「誰も責めないシステム」(blame free system)を構築する事が第一歩であり「誰も責めない」という前提が確立されていなければ機能しえないと説いている。手術で注射液の取り違えがあったための事故の例でもその原因判明に多くの時間を要したがトップの人達は一切関係者の処分を行わず、「責められるべきは人間ではなく、誤りを産む基となったシステムそのものであった」という立場を明確にしているのである。
薬剤過剰投与などは、その42%が医療側のミスが原因であったし予防可能であったとの事である。
  医療過誤は決して例外的の事では無いと気づいた米国医師会は「防止するためには組織的体系的な取り組みが必要」という積極的姿勢に変わったのである。第二章では、DRG/PPS (疾患を診断群に分類しそれに応じて定額を病院に支払う制度)導入により、患者獲得の広告合戦と入院患者増を計るために手術症例が飛躍的に増えたのである。
第三章では、マネジドケアの失敗と題して、保険会社はコスト抑制のためには患者を「廃車処分」にする事も厭わないというマネジドケアの現実を紹介している。いまの日本の医療行政は、米国の尻を追いかけている感が強いが、この他多くの事例を提示し危険性を指摘している。
  最後に著者が一番言いたかった事を記しておく。「市場原理の下での医療」や「マネジドケア」が、医療のグローバルスタンダードだとする人々が日本の医療行政の主流であると著者が、米国医療界のオピニオンリーダーのアナス教授(ボストン大学)に述べたら教授は「何故、米国医療の一番悪いところを取り入れ様とするのか」と慨嘆し「医療のグローバルスタンダードとは、市場原理とかマネジドケアではなく、透明性transparency と 説明責任accountability の二語に尽きるのです。と喝破されたのである。

      2001年10月5日