夕月夜




月の姫と星の姫──私は彼女たちのことをそう呼んだ。

目映い月から、我らの元へと降臨した、輝く神子姫。
人々を導き続ける夜空の星のような、凛とした宝玉の守姫。

くるくるかわる愛らしい表情と、時折見せる大人びた表情。
ともすれば己自身をも顧みぬ程の少女の一途さ。
二人の姫君に共通したそんな鮮やかな美しさに見とれているうちに、
私は、日々を『楽しい』と──想うようになっていた。


「それじゃ、行って来るね、藤姫!」
「いってらっしゃいませ、神子様」

いつの間にか習慣のように左大臣邸に足を踏み入れると、
いつものように、元気な声が左大臣家の屋敷で聞こえてくる。
どうやら今日は神子殿は他の八葉と出かけるらしく、
神子殿の部屋からは、複数の足音が響いてくる。

「あ、友雅さん。おはようございます!」

神子殿は私に気づくと、元気よく笑顔で挨拶をする。
その傍らには、私の姿を認めて憮然とした表情になる天真。

「おはよう神子殿。今日の供は天真一人なのかな?
神子殿さえよければ、私も道行きに加えてもらえないだろうか」

天真はどうやら神子殿にひとかたならぬ想いを寄せているらしく、
私が神子殿に言葉を投げかける度、心穏やかではいられないようだ。
しかも、二人きりの外出になるはずだったのを邪魔される私の言葉に、
露骨に顔を顰めるが、流石に拒絶の言葉を言うわけにもいかず、
不機嫌な表情で私を睨め付ける。

「え…あの、天真くん…?」

天真から突如漂った不穏な空気を察したか、
神子殿は私と天真を交互に見やり、困惑する。

私はすれ違いざまに天真の肩をポンと叩き、
神子殿には聞こえない程度の声で天真に囁く。

「ふふ、嫉妬の視線が痛いね。
左大臣家に用事もあることだし、今日のところは引き下がろう。
天真、神子殿をしっかり護ってくれたまえよ」

天真は怒り半分羞恥半分でカッと顔を紅潮させる。
だが、何か言ってしまえば墓穴を掘ると判断したのだろう、
私には一瞥もせず、神子殿のほうへ足音も荒く歩き出す。

「いくぜ、あかね。友雅は今日は用事があるんだってよ!」

そんな天真と、困惑したままの神子殿の後ろ姿を見送ると、
藤姫のいる東の対の屋へと足を運んだ。


「藤姫はいるかい?」

そう呼びかけると、奥の方から女房の話し声が聞こえ、
しばらくして、御簾の向こうに藤姫があらわれた。
藤姫はほんの少し躊躇った後、御簾を上げ、私を部屋へと招き入れた。
女房を退室させ、部屋から見える庭の美しさをしばし二人で静かに愛でる。

本当は、別になにか用事があったわけではない。
神子殿との供行きを天真に先を越されたので、
左大臣家に用があるとごまかしただけだ。
だがこのまま帰るのも手持ち無沙汰であるし、
たまには藤姫と世間話に興ずるのもよいだろう。


先ほどの天真とのやりとりを藤姫に話すと、くすりと微笑った。

「ええ、天真殿は、神子様を好いておいでのようですわ。
神子と八葉としてではなく、一己の人間として、
…いえ、女性として…でしょうか」

「神子殿は、天真を好いているのかな」

「さぁ、わたくしもそこまでは…。
ですが、神子様を好いてらっしゃる方は大勢いらっしゃるのは確かですわ。
わたくしも、おそれながら姉上のようにお慕いしておりますし、他の八葉の方々も…。
…友雅殿も、そうではないのですか?」

「──どうかな。少なくとも、目が離せない姫君であることは確かだ。
だが、その点で言えば、藤姫も私にとっては充分目が離せない存在だよ」

私の返答を世辞ととったか、揶揄ととったか。
藤姫はその小さな手を口元へ当て、くすくすと微笑う。

「まぁ、相変わらずですこと」



藤姫とは、私が八葉となる以前から、まるきり知らぬ間柄でもなかった。
正確に言うと、左大臣殿と少なからぬ面識があり、
幼少の藤姫と会う機会が幾度かあったということだ。

とはいえ、そもそも左大臣の姫ともなれば、貴族の私とて、
其れ相応に歳が進めばそう気安く対面できるものではない。
だが今は藤姫は星の一族の末裔として、
共に神子殿に仕える者同士、市井の少年にも、御室の皇子にも、
分け隔てない態度と待遇で接している。

そう想いを馳せると、妙に笑いがこみ上げて来て、
ついつい口から笑みがこぼれた。
怪訝そうな表情で藤姫はこちらを見る。

「ああ、失礼した。いや、神子殿はもちろんだが、
藤姫もなかなか型破りな姫なのかもしれないと思ってね」

理由を話すと、藤姫は困ったような、だがどこか嬉しそうな顔をした。

「友雅殿…またそのようにおからかいになって…お人が悪いですわ。
わたくしと八葉の皆様方は、共に神子様にお仕えする、
いわば「仕事仲間」も同然でございますし、
わたくしはまだ十になったばかりの、「若輩」とも言えぬ身。
年頃になれば、また勝手も違ってきましょうが…」

そこまで言うと、藤姫はかすかに表情を曇らせた。
左大臣家の姫としても、星の一族の末裔としても、
藤姫は裳着をする年になれば遠からず誰かのもとへ嫁ぐことになる。
それは藤姫の意志とは関わりなく、覆せぬ大前提だ。


外の世界を、そしてあの奔放で眩しい神子殿を知らずに育ったならば、
こうも心を曇らせることもなかったであろうが、
今の藤姫はどこか自分の境遇を、厭うてはいなくても愁いているようだ。

「何故、天はわたくしにこのような運命を与えたもうたのでしょう。
星の一族の末裔とはいえこの身には、神子様のように、京を護る力はない。
八葉の方々のように身を挺して神子様を護ることも叶わない。
わたくしに出来るのは、日を占い、そしてただ待つことのみ──。
せめてわたくしにもっと力が在れば、京を護るだけの力が在れば、
神子様ばかりを危険な目に遭わせないですみますのに…!」

私はそっと藤姫の手を取り、その小さな肩に手を添えた。
神子殿よりも、さらに小さな肩。
この小さな肩に、一族の使命をすべて負っているのだ。
気丈に振る舞っても、まだ幼き姫であるのに。
激情のままに言葉を紡いでいた藤姫は、はっとして私を見返した。

「…藤姫、あなたはその御歳で色々と考えすぎだ」

「申し訳ありません、お見苦しいところを…」

「いや、そんなことはいい。
あなたの本当の気持ちが聞けて、むしろ嬉しかったくらいだ。
…だが、そろそろ私も退出するとしよう」

部屋を出て、廊下に立つと、私は藤姫の方を振り向いた。


「私たち八葉にはあなたが必要だし、神子殿にしてもまた然りだ。
あなたがいるから、私たちは進むべき道を知ることができる。
私たちが惑わずにいられるのは、あなたがいるからだ」

そっと、庭の方へと視線をそらした。

「少なくとも、私はあなたが──いや、なんでもない」


私はその場を辞して、中門へと向かった。
渡殿のあたりまでくると、屋敷の警備にあたっていた頼久を見かけた。
頼久も私に気づくと、相変わらず堅苦しい表情で歩み寄ってきた。

「これは、友雅殿…。神子殿にご用でも?」

「いや、今日は藤姫のほうにね」

「そうですか、それで、ご用はもうお済みに?」

「ああ、もう帰るところだが…。
──そうだ、頼久。君は神子殿をどう思っているかい?」

そのときの頼久はなかなか見物だった、と思う。
『朴念仁』を代名詞に持ってきてもいいような頼久が、
顔を真っ赤に染めて、手にしていた刀を取り落とすくらいだったのだから。

「どどど、どうと申されましても…」

「ははは、もういいよ。よくわかった」

私は身を翻し、頼久の前から姿を消してやることにした。


空はすでに日を傾かせて、南の空に上弦の月が昇っている。
ひとつ、ふたつと、微かに星の光も垣間見えている。

「月の姫は…、まこと、人々の心を暖かく照らすのが上手い。
おそらくすべて無意識で、だからこそ皆、彼の姫に惹かれるのだろう。
──だが、私は…私には、月の光は目映すぎる…」

そんな独白も、夕闇に溶け、誰の耳に届くこともなく消えていく。

暖かな、麦秋の夕月夜(ゆうづくよ)。
星と月と、そして春風に、きっと私も囚われているのだ。
だから、こんな埒もないことを考えてしまったのだろう…。


「月は…眩しく…目映く、すべてを煌々と照らし、
そして…、常に天(そら)と共に在るもの──」


でも私に必要なのは…私の裡にある闇を照らすのは、きっと…
穏やかに、秘やかに光を放ち、人々の道標となる星の光なのかもしれない。

北の空に、子の星が姿を現し出す。

季節が移り変わり、月が満ち、幾万の星が空を巡っても、
変わらずそこに在り、旅人を導く子の星よ。


星の天女は…私の元へ、降りたってくれるだろうか。



う〜ん、2作目が友雅×藤姫になろうとは。と言うか、こーいう組み合わせにはまるとは、ゲーム始めた当初は夢にも思ってなかったです。
勢いで書いた割にはまとまりない話だし、しかも友雅さんの誕生日に更新しようとして見事に間に合わなかったし。
最後の友雅の台詞「天(そら)と共に在るもの」という「天」とは、実は天真を指してます。
つまりこの話の後日談としては、天真はあかねとラブラブ、頼久失恋、藤姫は友雅にお輿入れ、といったところでしょうか。
その前に紆余曲折ありそうですけどね。機会があれば、その辺書いてみたいかも。
補足その2。「子の星」というのは北極星のことです。

プロットたてた当初は、友雅はこうも藤姫よりじゃなかったんです。展開も、落ちも、かなり予定と違ってますが、書き始めると、恐ろしく長くなりそうだったんで、カットしまくって、こういうお話になってしまいました。頼久さんも、もっと活躍するはずだったのに…、何のために出てきたのやら。