夢逢瀬
ぱちっ、と篝火の薪が爆ぜる音が濡れ縁に響く。
十六夜の月は雲居から再び姿を見せて、咲き誇る桜が幽玄に浮かび上がる。
けれど、幾度月が翳ろうと、雲居が晴れようと、待ち望む光は現れない。
―――あの夢かうつつかと見紛うような、月の姫が再臨する気配は欠片も訪れそうになかった。
私を―――銀、と呼んだあのひと。
そう呼ばれたことなどついぞなく、戯れに言葉を交わした女性の声とも違い、少女の面差しに見覚えもありはしない。
けれど御簾越しに私を見つめる瞳は情に満ちて、私の魂を縫い止める。
互いに真の名も知らぬままに儚く消えた―――十六夜の君。
次の逢瀬が叶う日がくるか否かも、さだかではない。
いや、あの姫が、私を見つめているかどうかすら。
女性をひどく冷淡にあしらってもなお、あまたの女性の心をつかんで離さぬ同母兄の、
己とよく似た面差しが脳裏をよぎる。
戯れにでも、一夜限りでも、兄が想い交わした姫なのだろうか。
ならば、私に焼き付けられたあの姿は、想い慕うことすら許されぬ。
心に宿った刹那には、すでに罪となる恋の灯火。
なきものとして忘却してしまうには、あまりにまばゆい月映えの姫。
十六夜の姫君は、なんと厄介で甘美な刻印を残して消えてしまわれたものか。
とくとく、と酒を手酌で注ぐ。
注がれた酒の水面(みなも)に、月がたゆたう。
この掌の杯には、こうも容易く月を閉じ込めることが叶うというのに、
私が焦がれる月影は、ふたたび相まみえることすら、我が意のままにはならぬ。
「……あるいは、一夜限りの夢逢瀬か。儚きものですね」
月をたたえた杯を、一息にあおって夜半の月を見上げた。
その美しい光は宵の花、とばかりに柔らかな光を降りそそがせている。
せめて一夜、この月影にかの不知夜姫を慕うこと、月読尊もお許しあれ。
酒に酔うにあらず、月に酔った今宵限りは――――――
fin.
100のお題No.32「夢なのか」。転じて「夢のような逢瀬」。
と、いうわけで六波羅イベント直後の重衡視点でした。私、『銀』のときより『重衡』が好きなんですよ。
ヒラヒラ主従(泰衡と重衡)より銀髪兄弟が好き。できれば重盛兄も。(この際将臣で代用可)
大団円なんて、何度銀髪兄弟見るためだけにロードしたことか(笑)
しかし、遙か3の中で誰よりも雅語を使いまくる人なので、重衡書くときは気が抜けません(笑)
気合入れて書いてもうまくいきませんけど(だめじゃん)
雅語といえば、作中で使った「不知夜」は、十六夜の別表現です。
でも自分で書いてておもわず「不知火(しらぬい)」と読んでしまいそうになったりするのはご愛嬌(笑)
もうひとつの異名に「既望(きぼう)」というのも。もう望月が終わったあとだ、という意味です。
満月からほんの少し欠けさせた月を「いざよう」「いさよう」からみたてて、十六夜を「いざよい」と読ませた古人の当てた意味でも、そこに通じて、込めてあるのは「ためらい」の表現なんですよね。
いろんな意味で業を抱えた重衡に、ぴったりだと思います。