横恋慕日記



「いつしか見慣れた光景」というものは、いくつか存在する。

たとえば、数多の女性に甘く囁きかける青年の姿とか。
たとえば、遊びたい盛りの女王を窘める補佐官の姿とか。
たとえば、ある事象に関して討論を交わす研究員と天才少女の姿とか。

たとえば――庭園の商人と、買い物好きの少女の、楽しそうな姿とか。


「え〜?私、チャーリーさんのこと、素敵だって思ってますよ!」

「嬉しいこと言ってくれるなぁ〜!
おっしゃ〜!もひとつおまけや!」

「やったぁ!チャーリーさん、大好きっ!」

日の曜日に、いつも庭園で見られていた光景だった。





某月某日 くもり。

今週来ていなかった女王候補が、学習にやってきた。
だけど落ち着きも集中力も欠けてると言わざるを得ない様子に、
僕は、だんだんとイライラして、パタンと本を閉じると、
そわそわしている教え子に向かって視線を鋭くした。

「…こっちも暇を持て余してるわけじゃないんだよ。
やる気がないなら、今すぐ退場してくれた方が助かるんだけどね」

声にも口調にも滲み出る不機嫌さを感じ取り、
アンジェリークは、はっと我に返り、慌てて教材に意識を戻す。

金の曜日の学芸館。
けして成績が悪いわけでも、育成状況に問題があるわけでもない。
だが、貴重な時間を割いて学習をしているというのに、
うわのそらでは、教官として面白いわけもない。


「――よっぽど僕の授業は、君にとって退屈で実のないものらしいね。
それとも、女王の座は、はなから諦めてかかってるのかな。
どちらにしても、君は僕を不愉快にさせる名人だね」

そこまでいくと、予想どおりの反応が返ってきた。

「お言葉ですけど、セイラン様。
確かに学習の途中でぼーっとしてしまったことは私が全面的に悪いです。
それは事実ですし、確かにご不快でしょう。それに関しては弁解しません。
だけど、それを試験全体に対する姿勢ととられるのは甚だ不本意です!」


正論に正論で応える、威勢の良い言葉の奔流。
それ自体は僕とっても、けして気分の悪いものではない。
悪いものではないのだが――

「君が試験に対してどういう姿勢を持っているのかは問題じゃない。
だけど、現に君は試験を受けている身だ。
常に真剣な姿勢で臨んでしかるべきものであるのに、それを放擲した。
重要なのはその事実であって、表に現れない君の本心なんかじゃないんだ」

アンジェリークは言葉に詰まった。
しばしの沈黙の後、机に散らばった教材を掻き集めて立ち上がる。

「今日はどのみち学習になりそうにありませんから、失礼します。
頭をちゃんと冷やしてから、また来ます」

――彼女は、いつも自分を崩さない。

僕は、バタンと勢いよく閉まる扉を見やりながら、
再び、視線を本へ戻した。




某月某日 晴れ。


それは、まったくの偶然だったんだ。

土の曜日、聖地を散策していて、森の湖に足を向けたのも。
その時に、アンジェリークが森の湖から駆けてきたのも。
そのアンジェリークの肩が僕とぶつかったのも。

だが、そこまで偶然が重なれば、
「運命のいたずら」という都合のいい名前で
一括りにしたがるのが人間の心理というものだ。

芯の強い少女が、普段とは違った表情――泣き顔をしていたら、なおのこと。


「アンジェ…リーク?」

とっさに声をかけてしまったが、
アンジェリークはカッと頬を染め、悔しそうな表情を浮かべると、
挨拶の一つもせずに、駆け去ってしまった。


「……なんだったんだ?」

いつもの様子からはあまりにかけ離れた少女の様子に、
僕は怒ることも呆れることも忘れ、呆然と後ろ姿を見送った。

数瞬の間をおいて、再び湖へと足を進めた。
最初から向かっていた場所――アンジェリークが駆けだしてきた場所へ。


湖には、人影がひとつ。

「やっぱり貴方か。――なにかやらかしたのかい、彼女に」

人影――チャーリーは、声に振り返ると、ばつの悪い表情を浮かべた。

「ん〜…まぁ、やらかしたっちゅーか…」

「…振った…とか?」

「…なんや、見てたんか?」

「ただの推測だよ。見ていたのは、彼女が走り去る姿だけ。
この場所と、彼女のあの様子から引き出せる要素なんて限られている。
――…彼女が泣くなんて、よほどひどい振り方をしたのかな?」

「…失恋なんてもんは、相手の想い裏切るようなもんやからな。
どんな優しい振り方したって、ひどいもんや」

「――彼女みたいに、自分の思いを真っ直ぐにぶつけてくれるような子は特にね。
実際、貴方が彼女を振るなんて、意外だよ。嫌いじゃなかったんだろう?」

チャーリーは、がしがしと頭を掻いた。

「嫌いなんかやない。嫌いなんてこた絶対あらへんけど…。
――俺だって、あの子んこと、大好きやけどな……。
…でも、だめや。あの子の光は、俺が独り占めしてええもんやない。
俺に、アンジェリークは眩しすぎるんや」


「――バカだね」

「そうバカ…………て、その言い方はないやろ…」


「土の曜日…いつも君たちは会っていたんだろう?
毎日…特に金の曜日になると、
彼女はいつもそわそわして落ち着きがなくなってたよ」


「――そうや、俺とおることで浮ついたりしたらあかんのや。
あの子は、女王様になるお人やからな」

「だから、貴方はバカだと言っている」

僕はチャーリーを見据えると、深いため息をついた。

「知ってる?彼女はね、『笑わない』んだ。
笑顔は浮かべる。優しい微笑みも見せてくれる。
だけど、僕を含めた他の人の前で、楽しそうにはしゃいでいたり、
大きな声を立てて笑い声を聞かせてくれたことは、一度だってないんだ」

そこで言葉を切ると、僕はため息とともに空を仰いだ。
晴れ渡った聖地の空とは対照的に、僕の心は曇る。


「彼女は『自分』というものをしっかり持っている。
女王というものに課せられた責任や重要性も充分に分かっている。
その上で、彼女は貴方を選んだんじゃないか!」


言いたくはない。何故自分が言ってやらなければならない?
だけど――――言わないでいると、彼女が幸せになれない。


「彼女は弱みを見せることを嫌うし、いつも凛とした姿勢を崩そうとしない。
――それは、彼女自身が作り上げた、一種の壁さ。
その彼女が、貴方に関することでだけ、壁を崩すんだよ」

朗らかに笑ったり。
そわそわと落ち着きをなくしたり。
――涙を流したり。

『表に現れない君の本心――』

僕がアンジェリークに望んで…得られなかった物を、
実に自然に、いとも簡単に手に入れているのに。
当の本人はその価値をわかろうともしない。

「ほんとうに貴方も彼女も……!僕を不愉快にさせる名人だよ!」


そう言って、踵を返し去っていく僕の後ろ姿に、
チャーリーが苦笑を浮かべながらぽつりと呟いた言葉が、
風に乗ってかすかに僕の耳に届いた。

「あの子の視線の意味を俺以上に分かっとったんやな。
それって…ちっと悔しいもんやな。なんや、妬けるわ」

がしがしと頭を掻いて、苦笑から自嘲の笑みへと表情を変える。

「妬けるっちゅーことは、結局んとこ、諦め切れてないちゅーことやなぁ。
それを分からしてくれはった好意…無駄にしたらあかんよな」



某月某日 晴れ。


女王試験は、大方の予想を裏切る結果となった。
試験に勝利した女王候補が、即位を拒んで、女王位を放棄したのだ。
しばらく人々の間で憶測が飛び交ったが、当の本人は沈黙を守っていた。
そして女王位放棄は、現女王の認めることとなり、
これによって新宇宙の女王空位が決定的なものとなった。



某月某日 くもり。

故郷へと帰るために荷造りをしていたアンジェリークの部屋に、
訪問者を告げるチャイムの音が響いた。

「…………チャーリーさん…」

「――帰るんやてな」

「ええ…女王陛下にも、もうお話してきました」

「ほんなら、今やないと聞いてもらえんかな」

「――なんですか?」

「あんたの『帰る場所』を、俺んとこにしてほしいんや」


アンジェリークの動きが止まった。
言われた言葉の意味を理解するまで、数秒の間が必要だった。

「そんなこと…今さら…!
酷いです!せっかく気持ちの整理をつけられたのに…!」


「そやな…何言われても仕方あらへんよな。
こないな自分勝手な奴、嫌われて当然やな…。
足引っ張ったらあかんと思って言えんかったけど…。
…そやけど…やっぱり好きなんや。
――もうええわ。最後に誤解だけは解いときたかったんや」


「本当に、チャーリーさんは酷い人ですよね!」

きっぱりと、ご丁寧に腰に手を当てた姿勢で言い放たれた
アンジェリークの声が暗くなりかけた雰囲気を破った。

大きなため息をひとつつくと、困ったような笑顔を浮かべた。

「いつもいつも私を振り回して…自分で勝手に結論だして…。
…そんなとこまで含めて好きだなんて、私、自分に呆れます」


そう言ってにっこりと笑みを浮かべたアンジェリークの口調からは、
怒りも迷いも、もはや片鱗すら感じられなかった。

「今更、取り消しはききませんよ、チャーリーさん」



――これで、いい。
僕の役目はもう何もかも終わった。

二人の様子を遠巻きに見ていた僕は、
ちょっとだけ痛む胸を抱えて、そこから離れた。

聖地での役割も終わりを告げて、明日からは一介の芸術家に戻る。

さて、僕はこれからどうしようか。

彼女が幸せであるために…幸せであり続けるために、
祝いの品でも届けようか……。

聖地で楽しそうに笑っていた、一番輝かしい二人の絵を――




ここで、僕の書いていた日記は終わっている。
聖地での出来事を綴っていたつもりだったけど、
気が付いたら彼女たちのレポートみたいになってる。
笑っちゃうね。


最後の日付から数ヶ月もたったころ、
宇宙でも有数の大財閥の社長室に、一つの大きな荷物が送られてきたそうだ。

一人の少女と、一人の青年が描かれた――そう、人物画。
表に出ないことで有名なある芸術家の作である
題名の無いそれは、社長夫人が大切に保管しているという…。


それを風の便りに耳に挟んだ僕は、なんとはなしに嬉しくなった。
近いうちに、友人として会いに行ってみようか。

この僕に、後押しまでさせて成就させた恋なんだから。
見届けるくらいの役得は許されるよ、ね。

fin.

色々な意味で、予定外になってしまった創作です(笑)
最初はセイコレのつもりだったし。
セイラン視点にするつもりはなかったし。
悲恋になる予定だったし。
使いたい台詞があって書き始めたのに、入れられなくなったし(笑)。
なにがどー間違ってこうなったんだ(笑)。
いや、社長創作にするのはちゃんと了承とったんですが(笑)