ある夜明け前の風景
妙な顔ぶれが揃ったものだ、と思う。
劉鳳、クーガー、シェリス、
水守さん、カズマ、かなみちゃん、
そして僕。
ほんの8ヶ月前までは敵味方入り乱れての争いをしていた面子が、
実にあっさりと一堂に会している。
ほんの数時間前のことになるが、
劉鳳とかなみちゃんが暫く生活を共にしていたという集落で一事件が起きた。
詳しいことは端折るが、その事件が元で、僕らはこうして顔をつきあわせている。
――…まあ、一部、平和的とは言いづらい空気を漂わせている者もいるが。
まだ夜も明け切らぬうち。
来夏月らの引き起こした騒動で出た瓦礫の始末をする。
まだ気を失ったままの村人たちの中の怪我人に応急処置を施す。
先程のいざこざで集落に出た被害も無視は出来ない。
離反したとはいえ、僕らが所属していた部隊の仕業だ。
僕らが後始末をするのはあながち間違った筋の話じゃない。
作業を進める僕に、不意に人影が月明かりを遮る。
手を止めて振り返ると、シェリスが茶の入ったカップを差し出した。
「――はい。橘」
そのときの僕はぽかんと呆けた顔をさらしていたことだろう。
……間抜けというなかれ。
『劉鳳のいる場所』で、『劉鳳最優先!のシェリス』から、
こーいった気遣いをされた経験がなかったのだ。
…シェリスからだけかと問われれば、
言い返せない自分がちょっと情けなくもあるが…。
――って、んなこたどうでもいいんだっ!
「どうしたのさ、シェリス」
僕はとりあえず差し出されたカップを受け取り、
近くの小屋の傍に倒して並べてある木材に腰掛け、問いかけた。
その木材にシェリスもカップを片手に腰掛ける。
僕とは少し離れた距離――ホーリー時代から変わることない、仲間の距離で。
カップから伝わる熱と立ち上る湯気が夜風に冷えた肌を少しは暖める。
「――ちょっとでいいからさ、話し相手になってよ」
ふむ。
どうやら『一番世間話がしやすい相手』として白羽の矢がたったようだ。
僕らはいくつかお互いのことを報告しあった。
僕がホーリーを除隊されてからの市街のこと、
この8ヶ月間の、『外』のこと。
劉鳳が記憶を失っていたことはかなみちゃんから聞いてはいたが。
ちなみにその事を劉鳳は多くは語らなかった。
何があったのかは知らないが、あまり触れて欲しくない過去らしい。
「そういえばさ、橘は市街に彼女がいたんじゃなかったっけ?」
唐突にシェリスはそう切り出した。
僕は内心の動揺は隠して努めて冷静にシェリスを見返す。
「――そうだけど?」
「橘が『外』にいること、知ってるの?」
僕は茶を啜りながら、返答までに一拍間をおいた。
「――知らないだろうね。
カズマと闘ってから、結局僕は市街に戻ってないから。
それに、知る必要もない。彼女はこんなことに関わっちゃいけない。
どんなに綺麗事を並べても、僕らは戦闘集団だから。
危険な目に遭わせるのがわかってて会いになんていけないよ」
シェリスは屈み込むように両腕で足を抱く。
顔は背けていたがシェリスが横でため息をついたのがわかった。
呆れているんだろうな、無理もない。
「――はぁ〜…まいったなぁ…。
劉鳳の言葉、代弁されたような気分だわ…」
――おや違った。
僕と劉鳳を重ね合わせて聞いてしまったらしい。
「ふぅん…劉鳳は水守さんにそういうこと言ってたんだ」
「…ま、立ち聞きのような形だけどね…。
橘は、桐生さんから聞いてなかったの?」
「…水守さんは、自分のことはあんまり語らないんだ。
この8ヶ月ずっと劉鳳を探し続けていた。過去を聞けば劉鳳に行き当たってしまう。
とても聞けるもんじゃないよ。
シェリスだって、劉鳳が見つかるまではそうだっただろう?」
シェリスは数秒の間をおいて、頷いた。
「僕だって、水守さんのことは好きだよ?
恋愛沙汰とか、そういった意味じゃないけどね。
…8ヶ月という時間は、相手の人となりを知るには十分すぎる時間だよ」
シェリスは、ん〜っとのびをすると、空を見上げる。
はふっとため息をつくと、何処か遠くを見るような瞳をした。
「あたしだって…桐生さんがいい人だってことくらい、わかってんのよ」
シェリスはぷっと頬を軽く膨らませて、拗ねたように言った。
その様子は15歳という年相応の表情で、
劉鳳の前では精一杯に背伸びをしているのだということを、仄かに伺わせる。
「道こそあたしと違うけど、彼女の生き方は素晴らしいと言えるものよ。
それがわかるくらいには、人生経験積んでるつもり。
でもね、それと劉鳳のこととは別っ!
思いの強さなら、あたしだって負けてないんだからねっ」
不謹慎ながら、僕はぷっと吹き出してしまった。
むきになって言い募るシェリスがなんだか可愛かったから。
シェリスは目聡くそれを見咎める。
「――ちょっと、何笑ってんのよっ」
「ごめんごめん。
改めて宣告しなくても知ってるって!」
僕が知ってるホーリー時代のシェリスは、
年齢不相応に大人びたところがあった。
独りでどんどん進んでしまう劉鳳になんとかついていこうとしていた。
それは端から見ている僕らにも気付くほど。
…当の本人である劉鳳だけは、どーやら気付いていなかったらしいが。
――まったく、シェリスといい、水守さんといい、
あのエセ冷静な鈍感激情男のために尽くすにはもったいない女性たちばかりだ。
僕は一気に茶を飲み干すと、木材から立ち上がる。
「――ま、僕は劉鳳に関しては完全中立だからね。
君の味方でもないかわりに、水守さんの味方でもない。
頑張りな、なんて陳腐な言葉を言うつもりもない。
……でも、不幸にはなるなよ」
軽く言ってたつもりだったが、自然、最後の一言だけは真剣になる。
シェリスも、少し寂しげに笑うと、神妙に頷いた。
「ありがとう、橘。
――もし、あのとき助けられたのがあんたにだったら、
あたし、あんたに惚れてたかもしれないね」
「――仮定の話は無意味だけどさ。でもたぶん、
君が好きになったのは、劉鳳だからのような気がするよ」
シェリスはぽかんと僕の顔を見返し、そして、苦笑を零した。
ふと東の空を見やると、ほんの僅かだが白々と夜の帳が開けてゆく。
「――あれ、夜が明けちゃったな」
「げー。なんたること。橘と夜明かししちゃったわー」
空になったカップをくるくると片手で回し、
シェリスは明るくそう言った。
「ちょっと、その言い方はないだろ」
シェリスが本気で言ってるとは思わないので、
僕の反論の口調も軽くなる。
茶飲み話をしてる間に溜まってしまった作業を片づけようと、
僕らは再びそれぞれの持ち場に戻った。
僕と彼女は、仲間としての距離を保ち続ける。
それ以上になることも、それ以下になることもないだろう。
これまでもそうだったし、これから先もそうだ。
水守さんとシェリスの二人には、幸せになってほしいと思う。
幸せになっていい人たちだと、僕は思う。
――それが、叶いがたいことと知りつつも。
ふいに、僕の視界にある人影が入る。
それを認めた途端、僕の中からふつふつと言いようのない苛立ちが湧いてきた。
瓦礫の一部が消失し、僕の周りに碧色の宝玉がふよふよと浮かぶ。
――許せシェリス。
――見逃せ水守さん。
『――ちょっとは自覚か反省くらいしろぉっ!』
かこ――――――――ん。
寝ぼけ眼の劉鳳の後頭部に、僕のエタニティエイトがクリーンヒットした音は、
静かな山の中腹にある村の冴えた空気に、よく響いた。
fin.
アスカさんにお送りした(笑)、あすか&シェリス創作です。
コメディを希望されていたのに、どうにもコメディになりきれず、唯一ラストのエタニティエイトでのツッコミだけがコメディチック場面となりました(苦笑)。
あすかとシェリスのコンビって結構好きなんですけど(むしろあすか×シェリスでもいいくらい!←待て)、本編ではあまり会話とかないんですよね。ちょっと寂しい。