wedding
遍く宇宙を統べる女王と、彼女を支える守護聖達が住まう、清らかで穏やかな聖なる地。
その中心に聳え立つ白亜の宮殿では、朝から大勢の人間が集い、華やかな賑わいをみせていた。
和やかな談笑を交わし合う人々。
生き生きと咲き誇る花々で飾り立てられた、煌びやかな大広間。
甘い香りを漂わせる美酒や、たくさんの豪華な料理を運び込み、慌ただしく卓を整える女官達。
盛大な祝いの宴が、もうすぐ始まろうとしている。
これから催される宴の主役は、風の守護聖ランディと、新宇宙の女王候補であったアンジェリーク・コレット。
この聖地で出会い、心を通わせあった二人の成婚の儀が、今日、めでたく執り行われるのである。
「入っていいかな?」
白い礼服に身を包んだランディが、扉を軽くノックしながら尋ねた。
この扉の向こうに、花嫁となるアンジェリークがいる。
ランディは、どきどきと胸を高鳴らせながら、扉が開かれるのを待つ。
しばらくして、扉が開かれ、アンジェリークの親友であるレイチェルが顔を出した。
「ランディ様、ちょうどいいトコに来ましたねっ!今、ドレスの着付けが終わったんですよ。さぁ、どうぞ入って下さい!」
レイチェルに勧められ、ランディは部屋の中にそっと足を踏み入れる。
そして、柔らかな陽光が射し込む明るい室内を見渡して、最愛の少女の姿を探した。
部屋の奥に、小さな人影が見える。
豪奢で大きなソファーに、アンジェリークがちょこんと腰掛けている。
「アンジェ!!」
ランディは、満面の笑みを浮かべながら、少女の傍に駆け寄った。
「ランディ様・・・」
華のように愛らしい面に、柔らかな微笑みを咲かせて、アンジェリークはランディを迎える。
真っ直ぐ向けられた清らかな微笑みと、麗しいその姿形に、ランディは薄らと頬を赤らめ、こくりと息を呑んだ。
しなやかで華奢なアンジェリークの身体を、純白のドレスが優美に包み込んでいる。
絹糸にも似た栗色の髪は、きっちりと結い上げられており、花で飾ったベールを透して白いうなじが見える。
すべやかできめ細やかな肌には、ごく薄らと化粧が施されている。
天使の名を持つに相応しく清楚で可憐な少女、アンジェリーク。
彼女がそこにいるだけで、周りの空気が清浄に澄み渡り、眩しい輝きを放つような錯覚が起こる。
ランディの視線は、アンジェリークに釘付けとなり、時を忘れて見惚れていた。
アンジェリークもまた、傍に立つランディに、すっかり目を奪われている。
無駄な肉は一切ついてない引き締まった身体に、白い礼服を纏った彼の姿は、この上なく凛々しい。
優しい空色の双眸が発する視線に捕えられ、一瞬たりとも目が離せない。
二人は互いの姿を瞳に映し、しばし静かに見つめあう。
「あ、ワタシ、儀式の準備が出来たか、ちょっと見てくるから!」
ふと気を利かせたレイチェルが、二人を残して部屋を出た。
それを見届けた後、ランディはアンジェリークの隣にすとんと腰を下ろす。
「とっても綺麗だよ、アンジェ・・・。俺、今すっごくドキドキしてる・・・」
「ランディ様こそ、とっても素敵です・・・」
二人は、頬を薄紅色に染めながら、賛辞を交わした。
甘酸っぱい幸せが、二人の心に満ちてくる。
「やっと・・・・、君と結婚できるんだね」
アンジェリークのたおやかな身体を懐に抱き寄せながら、ランディが心底嬉しそうに呟いた。
彼の逞しい胸にぴったりと凭れかかりながら、アンジェリークはそっと瞼を伏せる。
「私、なんだか夢を見ているみたいです」
「俺も・・・、幸せすぎて・・・。君と結婚できるなんて、なんだか今でも信じられないよ」
「ずっと、ランディ様のお側において下さいね」
「離さないよ、永遠に・・・」
例え嫌だと言われても、絶対に手放したりしない。
胸の奥から止めどなく湧きあがる激情に任せて、ランディは少女を力いっぱい掻き抱く。
「この宇宙の誰よりも、君を幸せにしてみせる。約束するよ」
「私も、ランディ様を幸せにしたい・・・・」
「俺は、今でも十分幸せだよ!!君が側にいてくれることが、何よりも嬉しくって幸せなんだ。
他には何もいらない。君だけが欲しい・・・。だから・・・・」
涼やかな耳触りの良い声音で発せられた言葉に、アンジェリークは胸の鼓動を早くしながら、ランディの端正な顔を見上げる。
すると、目の前にはっとするほど真剣な眼差しがあった。
ランディは、少女の柔らかな唇に、自分のそれをゆっくりと近付ける。
彼の意図を読んだアンジェリークは、澄んだ碧海色の瞳を静かに閉じた。
やがて、二人の唇が、しっかりと重なり合う。
伝わる柔らかな温かい感触。
ランディは、少女の肩をぐっと強く引き寄せ、貪るように甘い口付けを堪能する。
息をすることさえままならぬ激しい口付けに翻弄され、アンジェリークの意識が遠く霞む。
それでも抗うことなど出来ない。
アンジェリークは、ランディの広い背に両腕を回して、縋るように抱き締める。
そして、求められるままに熱い口付けを交わし、愛しい青年に精一杯応えた。
言葉では足りない切なる恋慕の想いを、抱き合い、唇を重ねあわせることによって、
互いに伝える。
汗ばむ肌。
荒ぶる呼吸。
波打つ鼓動。
身体の芯がじわりと熱を帯びる。
触れ合った部分から、一つに溶けあってゆくような、不思議な感覚を覚える。
ランディは、少女の身体を抱き支えながら、ゆっくりと上体を傾けた。
そのまま絡み合うようにして、二人はソファーの上に倒れ込む。
「ランディさま・・・」
「愛してる・・・、アンジェ・・・、愛してる・・・」
くぐもった声で何度も甘く囁きながら、ランディは扇情的な少女の白いうなじへと、唇を這わせる。
きつく吸い上げると、アンジェリークは切ない声を洩らし、弓なりに身を撓らせた。
そんな彼女の艶めく仕草が、ランディの欲情に更なる拍車をかける。
ランディは、純白のドレスの襟ぐりをぐっと引き下げ、露になった少女のきめ細やかな肌に、紅い印を刻んでゆく。
そして、ふんわりとした質感を持つ、豊かな膨らみに手を滑らせ、衣の上から優しく愛撫する。
次々と押し寄せる甘い刺激に、アンジェリークはぎゅっと唇を噛み締めながら、ランディの身体に強くしがみついた。
ちょうどその時 ―――― 。
「儀式の準備が出来たみたいだよ〜〜っ!・・・って、あぁぁ〜〜っ!?何やってんのぉぉぉ!?」
大きな音を立てて扉を開き、勢いよく部屋の中に飛び込んできたレイチェルが、ソファーの上で抱き合っている二人の様子に目を丸くして、悲鳴のような甲高い声を上げた。
その声にびっくりしたランディは、アンジェリークの上に被せていた身体を素早く起こす。
うっとりと瞳を閉じていたアンジェリークが、どきりと胸を鳴らしながら、明眸を大きく見開く。
激しい口付けによって少しばかり乱れていた呼吸を整え、二人はおそるおそる
レイチェルを見た。
「・・・・・・・・・」
レイチェルは、耳まで真っ赤に染めて、茫然と立ち尽くしている。
驚きのあまり、声も出ないといった感じだ。
熱い抱擁を交わす二人の姿を、いきなり目の当たりにしてしまったのだから無理もない。
気まずい雰囲気の中、ランディは額に薄らと冷や汗をかき、アンジェリークは微かに苦笑する。
この場をなんとか上手く収めたい二人なのだが、まずいところを目撃されて
動揺している所為か、なかなか良い方法が浮かばない。
そのまま静かなる無言の時が流れる。
ややあって。
しばし放心状態に陥っていたレイチェルは、はっと我を取り戻し、失念していた己の責務をにわかに思い出す。
女王が待つ儀式の間へ二人を案内するようにと、女王補佐官ロザリアから頼まれていたのだ。
ぼーっと突っ立っている場合ではない。
レイチェルは、一つ息を吐いて気を取り直し、改めてソファーに座する二人へと目を向けた。
その視線から逃れるように、アンジェリークは頬を薄らと朱に染めながら顔を伏せる。
そんな彼女の格好をよく見たレイチェルは、ぎょっと目を剥き、再び悲鳴を上げた。
「やだぁ!!衣装と髪が思いっきり乱れちゃってるじゃないっ!」
「え・・・・?」
アンジェリークは、慌てて側に置いてあった手鏡を取り、自分の姿を映し見る。
確かに・・・。
大輪の華をあしらった薄いベールは、すっかり頭から取れていて、きちんと結い上げてあった
髪も、所々ほどけ落ちてしまっている。
おまけにドレスの襟ぐりが広くはだけて細い肩が剥き出しになり、胸元から豊かな双丘がほんの少し覗き見える。
白磁のようにすべやかな肌には、先程ランディによって刻まれた紅い軌跡が、鮮やかに浮かび上がっている。
あられもない己の姿を目にしたアンジェリークは、羞恥心にかぁっと頬を赤らめた。
こんな格好のままでは、とても女王の元へ連れて行けない。
レイチェルは、つかつかとアンジェリークの側に歩み寄り、急いで乱れた衣装や髪を直しにかかる。
「もうっ!成婚の儀式の前だっていうのに、ランディ様ってば、ホント考えなしなんだからっ!!」
せっせと手を動かしながら、ぶつぶつと毒づく。
ランディは、決まりが悪そうに頭を掻いて苦笑した。
「ごめん・・・。だってさ、アンジェがあんまり綺麗で可愛いから、つい・・・」
「だからって、今しなくってもいいじゃないですか!!」
激しく怒鳴りつけ、レイチェルはランディをギロリと睨め付ける。
ランディは、ぐっと言葉を詰まらせ、肩を竦めた。
確かに、レイチェルの言う通りである。
いくらアンジェリークを愛するあまりとはいえ、大切な成婚の儀を控えてのこのような行為は、少し軽率だったかもしれない。
今夜からはずっとアンジェリークを独り占め出来るのだから、焦る必要もないのだ。
考えなしであった自分を、ランディは深く恥じ入る。
しかし、彼だけが悪いわけではない。
ランディを受け入れ、同じように快楽に溺れていたアンジェリークにも非がある。
「ごめんね。レイチェル・・・・」
微かに潤んだ碧海色の瞳でレイチェルを見つめながら、アンジェリークは小さな声で詫びた。
きゅっと唇を噛み締め、 今にも泣き出しそうな表情。
こんなアンジェリークに、レイチェルは弱い。
なぜだか胸が締め付けられ、辛辣な言葉など吐けなくなるのだ。
レイチェルは、仕方なく文句を言うのを止め、衣装や髪を直すことに専念する。
しばらくして。
「ほら、出来たよ」
手際良いレイチェルのお陰で、アンジェリークの格好が元通りきちんと整えられた。
アンジェリークは、ほっと息を吐いて安堵する。
これで、儀式の間へと向かうことが出来る。
「それじゃあ、行こうか?」
ソファーから立ち上がったランディは、アンジェリークに向かってそっと手を差し出す。
優しいぬくもりを持つ、がっしりとした大きな手。
アンジェリークは、ふわりと淡く微笑んで、白い繊手をランディの手のひらに重ねた。
触れ合った手から、互いの熱が仄かに交流する。
静かに引かれたランディの腕に助けられ、アンジェリークは軽やかな衣擦れの音をさせながら、優雅に腰を上げた。
寄り添い合うように並び立つ二人。
涼やかで凛々しいランディと、可憐で麗しいアンジェリーク。
この上なく秀麗な二人の姿に、レイチェルは思わず見惚れてしまう。
・・・・と同時に、胸の奥から何かぐっと熱いものが込上げてきた。
「ランディ様、アンジェを泣かせるようなことしたら、ワタシ絶対許さないからっ!」
強い意志を宿した菫色の瞳でランディを見据えながら、レイチェルが告げる。
「大丈夫だよ、レイチェル!一生、大切にするから!!」
ランディは、真摯な声音と真剣な表情で、はっきりと応えた。
誰よりも真っ直ぐで誠実な彼は、決して嘘を付かない。
彼ならきっと、アンジェリークをいつまでも優しく包み込んでいてくれるだろう。
レイチェルは、満足そうな笑みを浮かべながら、アンジェリークへと視線を向ける。
「幸せにね、アンジェ・・・」
「うん・・・、ありがとう、レイチェル・・・・」
親友であるレイチェルのあたたかい祝福の言葉に、アンジェリークはつぶらな瞳からぽろりと涙の珠を零した。
ランディは、アンジェリークの細い肩をそっと抱き寄せ、彼女の頬を伝う涙を唇で優しく拭う。
「さぁ、早く行かないと!女王陛下がお待ちかねだよ!」
扉を開けながら、レイチェルは成婚の儀式へ向かうよう、二人を促す。
ランディとアンジェリークは、しっかりと手を繋いで、ゆっくりと歩き出した。
神にも等しい女王の御前にて誓いを交わし、更に強い絆で結ばれるランディとアンジェリーク。
この聖なる地で生まれた二人の物語は、永遠に終わらない ―――― 。
END