私だけに出来ること
お嫁さんという言葉から、連想される技能を挙げよと言われたら、何を挙げる?
やっぱりお料理。
それからお裁縫。
掃除洗濯は基本かなぁ。
だけど、そんなの頑張ってもしょーがないの。
あいつはそんなもの望んでないもん。
あいつにとって必要な女でいたいの。
あたしだけしかできないこと、何か見つけたい。
「花嫁修業の定番ってなんだろね?」
唐突なメイの爆弾発言に、ティーカップを持つ手が二つ、固まった。
「…メイってば、キールにプロポーズされたんですの!?」
「きゃあ〜!違う、違うってば!
ディアーナってば声が大きい〜!」
メイは真っ赤に頬をそめて、ばたばたと慌てて手を振る。
「違うんですか?…今の話だと、そうとしかとれないんですが…」
「もう、シルフィスまでっ!」
ディアーナの部屋で、定番のお茶会を開いていた少女たち3人は、
メイの発言によって、恋愛談義に花を咲かせていた。
親友ふたりの詰問にあって、さしものメイも黙秘を通すことなど出来るわけもなく。
「…直接的なことはなーんにも言われてないのっ!
ただ…その…もごもご………れた……のために……たくて…」
「え?なんですか?」
「〜〜〜〜っ、もうっ!だからぁ!
ちゃんと言われた時のために、努力できる事はしておきたいのっ!」
シルフィスとディアーナはお互いの顔を見合わせ、
そして紅くなって俯いてしまったメイをまじまじと見つめる。
ディアーナは、桜色に染まった自分の頬を押さえて、ほうっとため息を付いた。
「メイってば………素晴らしく可愛すぎますわ…」
シルフィスも深く頷く。
「もしも私が男になっていたら、即プロポーズしたくなったでしょうねぇ…。
キールも、ここまで思われて幸せですよね。
ほんと、まだプロポーズしてないなんて信じられません」
「ええ〜〜〜〜〜!?」
驚愕の叫びは、男性のものであった。
背後からあがった間延びしたその叫びに振り返ると、
そこにはお茶会のためにと自ら焼いたケーキを抱えた文官の姿があった。
「あ…アイシュ!?」
「キールってば、メイに何にも言ってないんですか〜!?
すみません〜メイ〜!弟の不始末、許してやってください〜!」
「ちょ、ちょっとアイシュ?落ち着いてよっ!」
いきなり床に手を突いて土下座をし始めたアイシュに、さしものメイも困惑する。
「キールは街にラボ用の家を借りる準備してたから、
僕はてっきり、とっくにメイにプロポーズしてるもんだと思ってたんです〜。
なのにメイになんにも言ってなかったなんて〜」
「え……」
「アイシュってば…今のは思いっきり余計なことでしたわよね」
「そうですね…。荒れないといいんですけど…」
心配そうにディアーナとシルフィスが見守る中、
言わんでいいことを言ってしまったことに気づいていないアイシュは、
ただひたすら不肖の弟のことを謝り続けていた。
メイはもうアイシュの言葉も耳に入らず、ただ呆然としていた。
拳をぎゅっと握ると、メイは友人ふたりを振り向いた。
「――ごめんっ!今日は帰るわ!」
メイは返事も待たず、ディアーナの部屋を飛び出した。
何故メイが飛び出して行ったのかわからず呆然とするアイシュと
ばたばたとうるさく足音をたてて廊下を走り去っていくメイに、
ディアーナとシルフィスは、深くため息をついた。
「キールっ!いるんでしょ!」
魔法研究院の寮に帰り着いたメイは、キールの部屋の前で大声で叫んでいた。
数秒の沈黙のあと、扉がギィッと耳障りな音を立てて開いた。
「そんなに叫ばなくても聞こえる。どうしたんだ?…何か用か?」
「どうもこうも無いわよ!
あんたっ、ラボ借りる準備進めてるんですって?」
キールは暫しの無言のあと、メイを部屋の中に招き入れた。
「…とにかく入れよ。廊下で叫ぶのは周りに迷惑だ」
キールの部屋に入ったメイは、キールの促しで椅子に座る。
キールはテーブルを挟んでもう一つの椅子に座るとメイと真っ向から向かい合った。
「…で、何の話だったかな」
「あんたがラボを借りるつもりだって話よ」
「…ああ、確かに準備を進めてるよ。…それがどうかしたか?
…俺がいずれ独立してラボを開こうと思ってる話は、以前しただろ」
「ええ、されたわ。だけどねっ!こんな急な話ないでしょ!
あたしはもっと先のことだと思ってたんだから!
それに…それに……」
ディアーナの部屋では、ぽかんとしたアイシュが、
ようやく我に返って、メイの友人に事の次第を尋ねていた。
「あの〜、どうしてメイは怒ってしまわれたんでしょう〜?」
「アイシュ…ほんとになぁんにもわかってませんの?」
「はぁ…なにがわかってないのかもわかりません〜」
ディアーナとシルフィスは何度目かのため息をつくと、
アイシュを手近の椅子に座らせた。
「アイシュ様、キールとメイはどういう関係ですか?」
「え…恋人同士…ですよね〜?」
「そうです。メイはまだ見習いですから、寮からは出られません。
対してキールは、ラボを借りる準備を進めてるってことは、
寮から出るつもりだってことですよね」
「そんな重大なこと、恋人からではなく他人から聞いて、
メイが面白いわけもありませんでしょう」
「ああああ〜〜〜〜〜…っ、すみません〜!」
「どうして…どーしてこんな大切なこと、人からの又聞きで知らなきゃいけないのよ!
キールにとってのあたしって、そんな程度のものなの?」
「おい、メイ…」
メイの口調が、怒りから哀しみに変わっていくのがわかり、キールは慌てる。
「……そーよね、はっきり『好き』って言ってもらったわけじゃないし…」
「ちょっと待て、メイ!」
「一人で勝手に自惚れて、騒いで、自爆しただけなのね。
……よくわかったわ。迷惑かけてごめん、さよならキール」
涙がにじんだ瞳を隠そうと片手で顔を覆い、
メイは唐突に席を立つと、キールの部屋から飛び出した。
「あんの…短絡娘がっ!」
キールは頭をがしがしと掻くと、メイを追いかけるために自室をあとにした。
メイのすぐ後に出てきたはずなのだが、キールはメイを見失っていた。
クラインは小さな国だ。だがそれでも王都は広い。
人ひとり隠れられるような場所はごまんとある。
特にメイは好奇心旺盛でいろんなところに遊びに行っていた。
「ったく…人の気も知らないで!」
メイの部屋は真っ先に探した。
シルフィスのいる騎士団には今日は顔も見せていない。
御茶会のあったディアーナの部屋をはじめとする王宮にもいない。
空が茜色に染まる時刻になっても、メイは見つからなかった。
広場を抜け、大通りを駆け回るキールを、人影が呼び止めた。
「キール?おーい、キール!」
「…シオン様ですか。
済みませんが急いでいますので、今はお相手できません。
用事があるなら、後日お願いします」
「ふーん。まぁ、いいけどよ。
さっきメイの様子がおかしかったようだったから、
嬢ちゃんになにかあったのかと思――」
「何処で見たんですか!?」
シオンの台詞を遮る形で、キールは詰め寄った。
彼の様子に、シオンは大体の事情を飲み込んだ。
「………ふ、ん。どうやら痴話喧嘩のたぐいの話らしいな。
ま、お前さんのような朴念仁が相手じゃ、お嬢ちゃんも苦労するだろうて」
「ほっといてください!それよりメイを何処で見たんですか!?」
シオンはからからと可笑しそうに笑って、
顔を真っ赤にしたキールの髪をくしゃくしゃと掻き回した。
「お前さん、色気づいてから人間味が出てきたじゃねーか。
――ま、何があったのかは聞かんがな。一つ忠告しておいてやるよ。
メイは、『女』じゃない。まだ『少女』だ。
少女ってやつはな、愛されていることに、自信よりも不安を持つんだぜ?
愛されていることに甘えるなよ。
相手が言ってくれるその10倍も100倍も、自分から愛してると言ってやれ」
「シオン様…」
「メイを見かけたのは、研究院。俺が言えるのはそこまでだ。
その何処にいるのかを見つけるのはお前の役目だ。
嬢ちゃん、泣いてたぜ。――早く行ってやりな」
キールは、シオンに深く頭を下げた。
落ち着いて考えれば、最初から分かってもよかった。
確かに隠れられる場所はごまんとあるが、
メイにとって、ここはどこまでも異界だ。
…………殆どないのだ。彼女が『泣ける場所』は。
慈しんでくれる親に縋り付くことも。
幼い頃の想い出の場所で心を癒すことも。
そのどれもが、彼女には叶わない。
キールは服の上から、自分の心臓の上をぎりっと鷲掴みにした。
彼女からそれを奪ったのは、他でもない彼自身。
泣く場所を奪った自分。
我が儘で、彼女をこの世界にとどめた自分。
言葉が足りないばかりに、彼女を泣かせた自分。
嫌気がさす。
だけど、彼女はそんな自分を好きになってくれた。
今、自分がやらなければいけないこと。
それは彼女にわびること。
それから――
キールは、魔法研究院の敷地の中にある、実験用の大ホールの扉を開いた。
この世界で、一番彼女の世界に近しいと思える場所。
彼女が訪れたときの接点となった場所。
――メイは、召還されたホールの魔法陣の上で、泣き疲れて眠っていた。
「………う……ん…?」
微かに揺れを感じたメイは、ゆっくりと目を開けた。
「気が付いたか?」
周りを見渡すと、研究院から寮の自室へと戻る道の途中。
俗に言う「お姫様抱っこ」をされ、至近距離にキールの顔を見たメイは、
自分の置かれている状況を把握すると、一気に意識を覚醒させた。
「キキキキキキキールっ!?」
「人の名前を猿の鳴き声のように呼ぶな。
起きたんなら、歩けるな?」
キールは顔を真っ赤にして、慌ててこくこくと頷くメイをおろした。
いつも冷静なこのキールが、どんな顔をして自分を抱いていてくれたのか。
メイはキールに負けないほど顔を真っ赤にしてしまった。
照れたように背を向けたキールは、ずかずかと歩き出す。
「…キール?」
「何だ?」
「…手、離して」
キールはメイをおろした後も、しっかりと手を握って離そうとしない。
「離したら、お前はまた逃げる」
「に…逃げないよ」
「いいから、そのままで聞け」
歩みを止めようともせず、メイに背を向けたままキールは言葉を続けた。
「……すまなかったな、不快な思いをさせて。
…ラボを開く準備を進めていたのは事実だが、隠していたわけじゃない。
準備が済んでから、正式にお前に言うつもりだったんだ」
「正式に…って、たかだかラボの準備に…」
「………プロポーズの内容を先に曝したくなかったからな」
「え…っ」
キールは、いきなり足を止め、メイを振り向いた。
メイは勢い余ってぶつかりそうになるが、とっさに避けると、キールを見上げた。
琥珀の瞳は微かに潤み、頬は上気する。
キールは掴んでいたメイの手の甲に、自分の唇を落とした。
「…一緒に、俺のラボに来てくれないか。
助手として……そして、俺の伴侶として」
「キール…キール、キールっ!」
大きな瞳に大粒の涙を湛えて、メイはキールに飛びついた。
抱きついたメイは、ボロボロと涙を零し、
キールは泣きながら抱きつくメイの背中に手を回し、
二人はしばらくその場で抱き合った。
「…一生に一度の貴重な台詞だぞ。よく覚えておけ」
キールはメイの耳元に唇を寄せると、そっと囁いた。
「――愛してる」
赤くなった瞳をこすりながら、メイはようやく笑顔を浮かべた。
「あたし…いいお嫁さんにはなれないかもしれないよ?
料理はともかく、お裁縫とか苦手だし、女らしくないし…」
「俺はお前が欲しいのであって、家政婦が欲しいわけじゃない。
お前が傍にいてくれたら………それでいい」
後日、王女の部屋で行われた恒例の御茶会では、
いつもより一人足りない人数で、おしゃべりに花が咲いていた。
「……………それで、ラボの助手として恥ずかしくないようにって、
メイは勉強に身を入れるようになったんですね」
「そうみたいですわ。それにしても、わたくし、
メイから御茶会の参加を断る理由に、
『勉強があるから』って嬉しそうに言われるとは思いませんでしたわ。
ほんっっっっっっっっっと――――――に、キールってば、幸せ者ですわねぇ」
お嫁さんという言葉から、連想される技能を挙げよと言われたら、何を挙げる?
やっぱりお料理。
それからお裁縫。
掃除洗濯は基本かなぁ。
だけど、そんなの頑張ってもしょーがないの。
あいつはそんなもの望んでないもん。
あいつにとって必要な女でいたいの。
あたしだけに出来ること、見つけた。
あいつの傍に相応しい女になること!
初のキルメイ創作でした。
書きたかったシーンがあって書き始めた話なんですが、
書き進めていくうちに肝心のそのシーンが盛り込めなくなったという、ちょいと情けない話です(笑)