甘くて切ない秘密の日
「フェアー、卵とってきたよー」
「果実も一通り採取してきた。好きなだけ使ってくれ。足りなければまた採ってくる」
「ありがとう、アカネ、アロエリ。じゃ、果物はあっちのお皿にうつしておいてくれるかな。
あっ、ざっと水で洗ってからね。卵はそっちのボウルに」
「了解だ」
「はいよーっ」
とんとんとんとん。
ことことこと。
しゅんしゅんしゅん。
まな板の上で、包丁が軽やかに音を立てて果物が刻まれていく。
沸いたお湯は湯煎用の器にうつし、ケーキを焼く竈の準備も忘れずに。
作る量にあわせて使うトッピングの種類も確認し、分量を量って材料を取り分ける。
「うわぁ〜。甘くて美味しそうな香りがするねぇ」
いつもは料理の匂いが立ち込める厨房に、今日ばかりはお菓子特有の甘い香りが満ち、ミルリーフの嬉しそうな声も一段と弾む。
「ほんと、差し上げるのがもったいないくらいですわね……ってきゃあ!?」
「ほら、リビエルちゃん。湯気のたつところに眼鏡をかけたままじゃ、曇っちゃうよ」
湯煎の具合を確かめようと覗き込み、視界が白く染まって驚きの声を上げた。
ミントがくすくすと笑いながら湯煎用の器を受け取って、落ち着いた手つきで湯の熱を確かめていく。
ぱたぱたと足音を立てて、メイド姿の……もとい、正真正銘メイドのポムニットが嬉しそうに現れる。
「ただいまもどりました、お嬢さま。ラッピング用の包装用品、ありったけ持ってまいりました♪」
「さんきゅー、ポムニット」
厳しい冬の寒さも少し和らぎを見せる昼下がり。
厨房に女ばかりがそろってのお菓子作りは、満ちる甘い匂いも相俟って一種特有の空気を生み出している。
「しかし、去年まではフェアと二人だけでやってたのが、大勢になったもんよねぇ」
ボウルの中にチョコを割り入れながら、しみじみとリシェルが呟く。
この短い期間にどかどかと人口密度のあがった『忘れじの面影亭』。リシェルの述懐もある意味妥当といえよう。
トレイユに在住していたという意味ではミントもいたのだが、ミントは去年のこのお菓子作りには参加をしていない。
「セクター先生にホの字って分かってれば、もっと早く誘ってたけどね〜♪」
「リ、リシェルちゃん!……もう……からかわないで。
でも、私だってフェアちゃんに誘ってもらって初めてこんなのあるって知ったんだもの」
「そうなんだ?私は例によってうちのバカ親父から聞いたクチなんだけど」
「ああ、でも実際さ、リィンバウムの習慣じゃないらしいんだよね。これ」
アカネが器用にシュルシュルと果物の皮をむきながら話の尻馬に乗ってくる。
「サイジェントにいるアタシの知り合いにもこの時期こういう事してる子たちがいるんだけどさ。
最初にやり始めたのは、仲間の内である世界から召喚されてきた女の子だって話」
「ま、こーゆーのは、由来なんてどーでもいいのよ。
過程の楽しさと、そこに込められた意味と、渡す瞬間のときめきに価値があんのよ」
「リシェルはどーせ毎年テイラーさんとルシアンにしか渡さないくせに」
「―――ほっといてっ!それに、今年はルシアンにはあげないわよ。そこの眼鏡の誰かさんからもらえるみたいだし?」
にやにやと笑いながら湯煎と格闘しているリビエルに視線を流すと、湯気以外の熱に、リビエルの顔が染まる。
必死にそんなつもりじゃ、だとか、ただみなさんに日々のお礼で、だとか言い繕おうとしているが、
挑戦しているレシピはルシアン好みのものばかりな時点で誰の目にもあからさまではあった。
からかい合い、手伝いあい、わいわいと楽しく作業を進めている中で、フェアは自分の手元に視線を落とす。
お酒もそこそこ嗜むが、辛いものも甘いものも好き嫌いなく美味しそうに食べてくれる彼のために毎年腕によりをかけて菓子を作る。
今年はブランデーを使ってボンボンショコラ。
型に流したチョコレートが、固まりきる前にボウルに傾け中身に空洞を作る。
ガナッシュの作成も同時に進めながら、仲間たちの作業にもアドバイスを入れていく。
(………あいかわらず、なんで今日だけチョコ菓子を差し入れるのか、
わかってないんだろうなぁ、グラッド兄ちゃん)
普段は弁当や軽食を差し入れするのだが、毎年、今日この日だけは、チョコ菓子だ。
フェア自身説明もしてないし、リシェルは彼にチョコを渡さないので、
わかってないと言うよりも、知る由もない、というのが正しいだろう。
今日だけ、チョコ菓子を贈るその意味を。
今日だけは、彼以外の誰にもお菓子をあげないその意味を。
アカネの言ったとおり、リィンバウムはおろか帝国にも、いや、トレイユにすら広まっていない、自分たちだけの恒例行事。
それでもたしかに、年に一度の特別な日。
彼が美味しそうに食べてくれるその瞬間だけのために今年も、小さくて、でも自分にとっては大きな贈り物。
「………」
ショコラが固まったのを確認してラッピングしようと、包装紙に伸ばしかけた手を、フェアは一瞬止める。
「……これくらいの悪戯は、許されるよね」
箱に詰めたショコラをひとつだけ取り出して、軽く唇に触れるだけのバード・キス。
濡れたり痕がついたりしてないのを確認して、えへ、と心で舌を出しながら箱に戻す。
悪戯を仕込むと変に肝が据わるのか、さっきまでのちょっと切ない気持ちはどこかへ鳴りを潜めて、なんだか少しだけ愉快になる。
……もし、もしもだけど。お兄ちゃんが最初に摘んだのがこれだったら、ちょっとだけ勇気を出してみようかな。
からかい混じりに、それを食べたら私と間接キスだね、って言ったら、どんな顔するだろう?
このときのフェアは、サイジェントから送られてきた荷物を受け取って、その中身にひどく照れていたとある少年騎士を見咎めた青年が、少年を問い詰めて『今日』の『チョコ菓子』の理由を知ったことを―――そしてその『意味』を知って駐在所の机に真っ赤になって突っ伏していたことを、まだ、知らないでいた。
時間軸めっちゃ不明なグラフェバレンタイン創作でした。
ええと、昨日(2/13深夜)に某グラフェサイトさんの絵茶にお邪魔させていただきまして。
日付変わってバレンタインになったときに「毎年チョコもらってるのに理由しらずに何も考えずぼりぼり喰ってるといい」とか自分で発言したことに自分で触発されて文章にしてしまったブツです。
あっはっは!1日で書き上げたよ!短文だけど!しかも結局理由知ったことにしちゃったけど。
グラフェといいつつルシリビも入っています。そして少年騎士はアルバで、荷物送ってきたのはフィズです。
―――思いっきり趣味の代物ですね(笑)!
ちなみに、参加面子のお菓子の行き先は、ポムニットはカサスさんに。アカネはシオンとシンゲンに義理(多分)で。アロエリは兄者クラウレに。ミルリーフは大好きなママと半分こです。(いやほんと時間軸いつだ)