海



僕はずっと一人だった。


一人になる前は、『半分』と、それこそ永い間一緒だったのだけれど、
『半分』が僕の元を去ってからは、ずっとずっと、一人だったのだ。
深くて暗い、静かな海の底に。




『半分』が去ってから、海はさびしくて。
一人待ち続けている間も、人は愚かに世界を壊していく。

かつて僕らと世界の歓びを謳ったモノたちは今、
辛いと嘆きの歌を謳う。
人が憎いと怨嗟を紡ぐ。

海の底には、つらい思い出がいっぱいだった。



だから、君に言ったんだ。
僕が『名前』を覚え、僕に『名前』をつけた君に。
『人』の中でただ一人、僕にもう少しの間だけ人を信じてみようかと思わせた君に。

僕と一緒に、君が潰えるまで、あの水底につき合えるかと。



君は、笑って、良いですよと言った。



僕が、あのとき世界を壊すのをやめると言ったとき。
君の――笑顔を見た。


思えば、再会してから、悲しい顔ばかりさせていたような気がする。

そう、させていたのは、僕なのだけれど。
今、君を微笑わせてあげられたのは、僕なのだと……

――何故か、そのことに心が弾んだ。



初めて、人を信じてみようと思った。
君がいる人の世界を、信じたいと思った。


……だから、君を連れて行かなかったんだ。

僕が恨んだ『人』の中で、ただ一人、僕の心を動かした君を、
あの寂しい水底に、連れて行くわけにはいかなかった。

あの哀しい場所に、君が行くと言う事が悲しくて。
君が笑えなくなることが、分かりすぎるほど分かっているから、切なくて。



君を『大切』だと思っている自分に驚きながらも、
僕のわがままで、君をまた置いていった。



季節が一巡りする間、君を待たせたけれど、僕は君に会いに行った。



『神』と呼ばれる力を捨てて、幾千年積み重ねた記憶に封をして、現身を求めた。
かつて、『半分』がそうしたように。



記憶を封じたのは、それは、僕にとっての、もう一つの小さな賭けだった。

全てを忘れても、君に出逢えるか。
出逢えた君は約束を守ってくれるか。守って、くれているか。
僕は、『しあわせ』に、なれるのか。



記憶を封じてなにも分からなくなった僕を、君は何くれとなく世話をしてくれて、
親しくなるのにそう時間はかからなかった。

君が寄せてくれる好意を、僕は嬉しく感じたし、
僕も君を憎からず想っていた。


けれど君は誰にでも優しくて、それは僕の心をざわつかせた。

ちくりと痛む心を悟られないためにほんの少しだけ努力して、笑顔を作る。
無意識に作った壁を感じるのか、君は少し寂しげで。
だけど僕は、君の好意を自惚れるのが怖かった。
強引なことをして、君のささやかな好意さえも失うのが、怖かった。



幾ヶ月か経って、僕がようやく国での暮らしにも慣れた頃、
散策に行こうと誘われるまま、海に向かった。

ふたりきりの散策は、まるで密やかな逢瀬のようで、
どこかくすぐったくて、好きだった。




寄せては返す波に濡れる砂浜を、素足で歩く。
いたずらな潮風に髪を乱されながら、潮騒の声に耳を楽しませ、
海は好きだと、君は笑った。

島で生まれた自分は、海に守られて育ったのだと言って。
この国から見る、美しい海が好きだと。

海の、美しい青が好きだと、笑った。


「ブルーさんのような、綺麗な青ですもの」


そのとき、僕のなかで、何かの殻がパリンと割れた気がした。


その瞬間、何もかもを、思い出した。
封じた記憶が、渦潮のように荒れ狂い、あふれ出して止まらなかった。

その勢いに流されたように、眦からも雫が零れる。


――海は美しいのだと、いつから忘れてしまっていたのだろう。


ずっと、僕にとって海は寂しいものだった。
一人残された淋しさに、心を閉ざして、目を伏せて。


日差しに揺らめく水面も、
寄せては返し、飛沫を煌めかす波も、
潮に乗って力強く泳ぐ魚たちも。

僕も、とてもとても、大好きなものだったのに。

いつだって、海は美しさを残していたのに。



ぽろぽろと涙をこぼすのを見て、何があったのかと気遣う君に、
僕はただ首を横に振った。


幸せで流す涙もあるのだと、僕はこの時初めて知った。



この世界を愛している君がいる。
かつては『僕』だった海を愛してくれる君がいる。

――『僕』を愛してくれる、君がいる。


かつて壊そうとした世界が、愛しく思えた。
そして君が、とても愛おしかった。
殻を破ってあふれ出した想いは、君で一杯で。


ねぇ、マリン。君を好きだと伝えても、いいだろうか?



僕は――僕の、『しあわせ』に出逢えた。


fin.

100のお題、No.85「海」でした。

私的にブルーが必ずマリンのことを忘れてるのが納得いかんので自力で補完小説。
……と、書いてみたはいいが、しかしあっさり思い出しすぎ、と自分でツッコミ。(だめじゃん。)

最初は三人称で書こうとして、見事に挫折しました。
やっぱりブルマリ好きです。書いていて気分盛り上がっちゃって、ついファンタ2のマリンのブルーED直前データやり直しちゃったし(笑)

三人称で挫折したあまり、二人称ばっかりにこだわってみました。『ブルー』と『マリン』は一度ずつだけ、と。
そういえば、ブルーの声で「マリン」って呼ぶことって無いですよね?マリンプレイだと名前は無声だし。つか、アクアも葵もないか?『半分』くらいか声つきは。
……聴きたいなぁ。ブルーバージョンで、もう一枚ドラマCD出してくれんかなぁ(笑)