伝えたい言葉



古き虚空に、再び星は満ちる。
生命溢れた新しき世界に、導きの女王が君臨する。

新たな世界の女王が、ここ聖地で。
光につつまれ、生まれいづる。
そして二人の天使は、その羽根を広げ、高く高く飛び去っていく──


女王試験が、終わる。
誰もが、暗黙のうちに女王就任の準備を整え始める。
そんな中、僕は学芸館の一室で、何をするでもなく、
ただ窓の外を眺めていた。緑溢れる、聖地の風景を。

爽やかな風と、暖かな日差しと、時折聞こえる、元気のいい笑い声。
変わらない。いつも変わらない。
昨日と同じ今日。今日と同じ明日。
いつまでもいつまでも、同じ風景が繰り返されていくのだろう。

僕が、この地を去った後も。


「セイラン、お前どうするんだ、試験が終わったら」

僕に声をかけた人物がいた。
赤錆色の髪をした、精神の教官、ヴィクトール。
生来の口の悪さに敬遠されがちな僕に、
なんの躊躇いも無く声をかけてくる数少ない人物のうちの一人だった。

「…別に。ここに来る前の生活に戻るだけだろうね。
好きな時に寝起きして、好きな時に絵を描いて…。それだけさ」

「──そうか。…俺は、もう一度、軍に戻ろうかと思っている。
このまま退役するつもりだったが…考えが変わった」

彼の表情は、試験の始まる前と比べ、随分と様変わりした。
以前は、何か負い目を持っているような、悲しみを懐に抱えているような、
どこか後ろ向きな雰囲気を持っていたが、今は別人のように晴れ晴れとしている。

彼の考えを変えさせたのは、きっと女王候補たち。
明るい笑顔と、不可視の羽根を持って聖地を駈けて行く、二人の天使達。


「ティムカも、故郷に戻って、本格的に王位を継ぐ準備を進めるらしい。
そうなったら…もう、三人ともバラバラだな」

「貴方らしくないね、ヴィクトール。随分と気弱な台詞だ。弱音かい?」

「弱音…のつもりはなかったが、そう聞こえたか。
やれやれ…どうやら試験も終わり近くになって、
感傷に浸りやすくなってるらしい」


「…感傷、か…」

僕は、一言退室の言葉を残して、
学芸館から外にでた。

晴れ渡る空。
吹きぬける風。
美しい聖地。

…もう、二度と訪れることのないであろう、不思議な空間。

僕は日差しに手を翳しながら、空を見上げた。


僕がこの地に来たのは、ただの偶然。
感性の導き手として、ただ僕に白羽の矢が立っただけのこと。
その点で言えば、条件を満たせば誰でもよかったのだろう。
…別にそれがどうとは思わない。
聖地に来たことは、別に後悔はしていない。
貴重な体験というのは、全ての創作活動にプラスになる。

でも、僕が後悔しているのは──



「アンジェリーク…」

そっと、愛しい少女の名を口の端にのせる。


君は光の中を進む人。

新しい宇宙に女王として君臨するのか、
補佐官として親友を見守っていくのか、
いずれにしても、君は新しい宇宙に行ってしまうのだろう。
僕は、君を繋ぎ止めておくことすら出来ない…。

出逢わなければよかった。
そうすれば、こんなに苦しむことはなかっただろうに。


僕が後悔してるのは、君と出逢ってしまったこと────



夜になっても、僕は学芸館の私室へ戻らなかった。
僕は、人気のなくなった庭園で、樹に凭れ座り込んで、星を見ていた。

ぶるっと身体が震える。
夜風が冷たい。

「…風邪、ひいてしまいますよ。セイラン様」

散歩にでも出てきて僕を見つけでもしたのだろうか、
視線を声の方へと向けると、目の前にアンジェリークがいた。
逢うつもりもないのに。…逢えば辛くなるだけなのに、
どうして…逢ってしまうのだろう。

「……物好きだね。僕なんかに構わないでいいよ」

無理矢理視線を引き剥がして、そう言い放った僕にアンジェリークは苦笑する。

「星…見てらしたんですね」

アンジェリークは、空へと視線を向けた。
その表情には、どこか淋しげなものを感じたような気がしたけれど、
それはきっと僕の気の所為だ。

「今日は、聖地で一番冷える日なんですって。
いくら気候の管理された聖地でも、夜の空気はお身体に障ります」

「…そうだね、寒い」

「ほら、もうお戻りになって下さい」

「いやだ」

「もう、セイラン様!」

アンジェリークは怒ったように声を荒げて、
僕を引っ張り起こそうと、腕を掴んだ。
でも、僕はその腕を掴み返すと、胸に引き寄せて抱きしめた。
「──!せ、セイラン様!」

動きを封じられて、アンジェリークは狼狽するが、
僕はただ抱きしめ続けた。

「…寒いんだ。寒くて寒くて…凍えそうなんだ」

「それなら、なおのこと、学芸館にお戻りに…」

その言葉を遮るように、僕はアンジェリークの口唇に自分のそれを重ねた。

「…!」

アンジェリークは目を瞠って、
必死に身を捩って僕の腕の中から逃れようとする。
僕は腕の力は緩めぬまま、アンジェリークから口唇をそっと離した。

「君の…せいなんだよ。
君に逢わなければ…こんな…、
失うことを恐れることもなかったのに…。
一人残されて…寂しさに凍えることもなかった…!」

掠れた声を絞り出しながらも、涙は出ない。瞳は潤みもしない。


今の僕には全てが空虚だ。

進むことも出来ず。
過去に時を還すことも叶わず。

ただ、なんの術も無く立ち尽くすだけ。

試験終了を目前にし、皆、自分の道を進み始めている。
新たな世界にその生涯を委ねる者。
逃げ出した場所に、再び立ち向かう者。
多くの民を導きながら、眼前に広がる険しい道を歩む者。

でも僕だけは、いつまでも中途半端なまま。

囚われて…心を君に奪い去られて、
そして、その君は…もはやこの手の届かぬところへ行って…。

そして僕はただ一人佇むのみ。



僕に、何が出来る?
君に、何を言える?
このままいけば、君は輝かしい未来を手にすることがわかってるのに。


「引き止めてすまなかったね…もう、お行きよ。
新しい宇宙が、君を待ってるんだから…」

僕はアンジェリークを腕から解放した。
アンジェリークは僕から少し身体を離したが、立ち去りはしなかった。
僕を静かに見据えたまま、口を開いた。

「…そうやって…何も言わないで。何もしないで…!
自分の気持ちを押し殺すことが美徳だとでも思ってらっしゃるんですか」

…何?アンジェリークは何を言ってる?

「いいですよもう!セイラン様のことなんて、忘れてあげる!
一方的に、想いだけをぶつけて、それだけで…!
私の心なんて、どうでも…!」

「ちょ…!アンジェリーク、君…」

「セイラン様は、いつだって肝心なことを言わないで、
相手にばかり言葉を求めてる!私がなんて言えば満足ですか!?
好きだって?愛してるって?…言って欲しければ言って差し上げます!
でも、じゃあ、セイラン様は?
一言だって、何も言ってはくれないのに…。私にどうしろって言うんですか…!」

最後はもう、言葉にするのが精一杯といった様子で、
アンジェリークはぽろぽろと大粒の涙を零し、泣き崩れてしまった。



──涙って、こんなに綺麗なものだったっけ…?

そんな場違いな事を考えながら、そっとアンジェリークを抱き起こした。

僕はアンジェリークの肩に手を置き、話し掛けようとした。
だが、アンジェリークは僕の手を振り払い、
背を向けると、無表情な声音で僕に告げた。

「…女王試験は終わらせます。
貴方が望んだ通り、…女王になって差し上げます」

アンジェリークはそれだけを言うと、
振り返ることすらしないまま、駈け去ってしまった。

「アンジェリーク…!」

引き止める暇(いとま)もなく、アンジェリークは庭園から姿を消した。
あとにはただ、呆然と立ち尽くす僕だけが残された。


僕は空を見上げて溜め息をついた。

脳裏に先刻のアンジェリークの言葉が甦る。

『セイラン様はいつだって肝心なことを言わないで──
──一言だって、何も言ってはくれないのに…!』

…そうだ、僕は彼女に何も言っていない。
好きだってことも。
傍にいて欲しいということも。

…怯えてた?何に?…拒絶されることに?
それとも、彼女の想いを知ってしまうことに?
彼女が新宇宙を選んで、離れてしまうかもしれないことに?

彼女が何を望むのか、なにも知らないくせに?


…それが、アンジェリークを傷つけた。




新宇宙に惑星が満ちたのは、その夜だった。
試験の結果は…僅差でアンジェリークの勝利。

あれは、アンジェリークがただの少女でいられる、最後の夜だったのか。

間を置かず、翌日には女王就任の儀式が行われた。

「女王アンジェリークの御代に幸あらんことを…」

創世の女王アンジェリークの誕生だと、みなが祝いの言葉を述べている。
「セイランさん?貴方の番ですよ。さあ、アンジェリークに祝辞を…」

ティムカが僕の服の袖を引っ張った。
我に返った僕は、俯いていた顔をきっと上げると、
アンジェリークの元へ歩みを進めた。


こつんこつん、と自分の足音がやけに響く。

…周りが、静かだ。

僕の目はアンジェリークしか映さず、
僕の耳はアンジェリークの声しか聞かない。

このまま、君が新宇宙へ行ってしまえば、
僕の世界は真っ暗な闇の中に閉ざされたまま、静寂に覆われる。
僕の心は永遠に眠りにつくことになるのだろう。

君が幸せになれるのなら、それは構わないんだ。
君が幸せに笑えるのなら、僕はこの身を消してしまってもいい。

…本当に、それで君が幸せになれるのなら。



こつん、と足音を立て、僕はアンジェリークの前に立つ。

何を言おう。どんな表情をしよう。
儀式の前はそんなことをずっと考えていたはずなのに、
今の僕の頭の中には君が佇むだけ。言葉も色も必要ないほど鮮やかに。

口を衝いて出たのは、僕の、たったひとつの真実。




「──愛してる」



唐突に、周りの世界に色が戻った。
みんなが僕の言葉にざわついている。

そのなかで、僕の言葉を平然と聴いてたのはただ一人。
君が幸せそうに笑ってくれた。
ああ、それだけで僕には充分。

周りの騒ぎは気にも留めず、僕は手を差し出した。


アンジェリークが服の裾を翻して、真っ直ぐ僕に向かって駈けてくる。
なんの迷いもなく、僕の腕に飛び込んできた天使を、僕は強く抱きしめた。


「アンジェリーク!」

女王陛下の声が響いた。
居並ぶ一同は、女王陛下へと視線を移した。
張り詰めた空気が流れたのも、ほんの一瞬のことだった。
女王陛下は少女の表情に戻って、にっこりと微笑んで言った。

「…お幸せにね」

女王陛下のその言葉によって、もはや反対を述べられる者はいなくなった。


僕はアンジェリークを掻き抱くと、深く口唇を重ねた。
アンジェリークもそれに精一杯応えてくれた。
僕が、ずっと言って欲しかった言葉を囁きながら。
「愛してます、セイラン様…」




「まったく、ほんっと、前代未聞よね!
女王就任式が、途中から結婚式に変わっちゃったんだもん!」

僕らの元を訪れたレイチェルのよく通る笑い声が響く。

「レイチェル…もうその話は…ね?」
アンジェリークが頬を染めて、レイチェルを止めに入る。
が、レイチェルは指をびしっと立てると、アンジェリークに反論する。

「アンジェ、甘い!言える限り言うわよ私は!
セイラン様をからかえるネタなんて滅多にないんだから。
それに…アンジェ、あなたも私になぁんにも言わなかった罰だよ!」

「あ〜ん、だからゴメンって何度も謝ったじゃない〜」

「いいじゃないかアンジェリーク。
言いたいなら言わせておけば。本当のことなんだし」

「セイラン様!」

「何を言われたところで、もう僕は君を離さないんだから」

言うなりアンジェリークの肩を抱き寄せると、
レイチェルは呆れたようにくるっと後ろを向いてくれた。


アンジェリークと、そっと口唇を重ねる。
そして耳元で、そっと彼女だけに聞こえるように囁きかけた。



暖かな日差しの中で、花のように笑う君に、
僕はいつまでも静かに寄り添う。

君がいてくれれば、僕は淋しさに凍えないでいられる。
僕がいることで、君は笑ってくれる。
もう離さない、離せない。
ずっと傍にいて。


ずっとずっと、伝えたい言葉はたったひとつ。


『愛してる──』

fin.

時期的にセイランの誕生日が近かったので、セイラン誕生日創作としてUPします。
うわー、姑息。人様に差し上げたものなのに。

それにしても、何故だ…。どうして藤之の書くセイランはこうも情けなくなるんだ…。
毒舌バリバリ皮肉チクチク嫌味ネチネチの話を書きたいわけではないが、もう少しかっこいいセイランを書けるようにならなくちゃねぇ。