妻問い大作戦
「………美しいな」
アシュヴィンは、根宮から見える国土を見下ろした。
常世は、かつての美しい風景を取り戻している。
枯れた樹々、荒れた土地、恵みの欠片も消えてなくなったかつての荒廃は、見る影もない。
そして、目を閉じれば、遠くに聞こえる声がある。
庭ではしゃぐ無邪気な弟の声と―――それに答える父の声。
荒魂となった父皇の生存は望めない、と悲痛な思いで臨んだ戦の果てに、奇跡が起きた。
皆が生きて帰れるようにと、希望に満ちた日記を書いたのだと決戦の前に息を切らして伝えにきた弟の思いと。
それに応え、禍日神に呑まれゆく父を、最後まであきらめずにその御手に掴み闇の狭間から救い出してくれた、中つ国の姫と。
自分一人では叶わなかった最上の結果が、目の前にある。
こうして今の幸福に浸っていると、ふとした拍子にあの稲穂の髪の姫を思い出す。
敵として出会い、仲間として肩を並べ、そして自分に最高の形で常世を取り戻してくれた、心捉えて離さない姫。
戦を終えてのちは女王の御位に正式につき、その即位式を最後に会ってはいないが、今頃は懸命に国を導いているだろう。
窮地にあっても失われなかった、あのまっすぐな眼差しで。
夢心地の空想は、背後からの側近の声にかき消される。
「殿下――――あ、いえ、陛下」
振り向けば、自分を呼びにきたリブが、うっかりと呼び間違えたことにぽりぽりと頭を掻いていた。
「いい加減、慣れろ」
「や、そうは言いましても。スーリヤ様がご健在でいらっしゃるとつい昔のくせで」
「はは、まあわからんでもない。俺もこうなる未来は予測していなかったからな」
生還後、もはや時代は我が御代にあらずと、父皇はアシュヴィンに皇の地位を与えた。
本来ならば皇の地位を継ぐのは長兄であるナーサティヤのはずであったが、その長兄は先の戦で行方知れずだ。
それだけがこの幸せに影を落としているが、中つ国から時折届く書簡の中に、彼に似た人物の目撃情報があり、ささやかながら希望も生まれていた。
譲位後の父は、上皇として穏やかで平和な暮らしをしながら、その身体を休めている。
「スーリヤ様と、シャニ様がお呼びでいらっしゃいます。お時間が許すなら、共に昼餉をと」
「ああ、わかった。すぐに行こう」
暖かな陽射しの降り注ぐ庭に食卓を持ち出して、思いのほか楽しい昼食の時間を過ごす。
食後の茶をリブが淹れて回ると、朗らかだった時間が、ゆったりとした時間に姿を変える。
「そなたの日頃の活躍、我の耳にも届いておるぞ。もう立派な皇じゃな、アシュヴィン。
この分では、我が本格的に楽隠居できる日も近いと見える」
「―――いえ、若輩者の域をでるにはまだまだかかります。父上に教わることは数多くありますよ」
どこかくすぐったい親子の会話。
もう、遠い昔にあきらめた、幸せの残滓が蘇る。
「まあ、あとは良き伴侶を娶ることも、大切な務めじゃな」
「それは……まあ、そのうちに」
アシュヴィンの脳裏に、春の日差しのような暖かな笑顔を浮かべる少女の姿が浮かぶ。
まだまだ両国とも復興に忙しく、互いに時間もないだろうが、もしもいつか逢いに行けたそのときに、彼女がまだ独り身なら―――
「ふむ、我も第2の人生を共に歩む後妻を探してみるか」
突然の爆弾発言に、思わずぶっと茶を噴き出す。
「え、新しい義母様ができるの?楽しみだなぁ!」
まったく動揺を見せず父に相槌をうつシャニは、意外に大物かもしれぬと、げほげほと咽た呼吸を必死に整えながらアシュヴィンはちらりと考えた。
「おおそうじゃ。シャニは母になるならどのような女性がよいと思う」
「僕?そうだなあ、千尋お姉ちゃんみたいに、優しくてきれいな人がいいな!」
「そうかそうか、千尋姫のような女人がよいか」
なにやら、ある意味恐ろしい方向にどんどん話が進んでいく。
「―――申し訳ありませんが、御前失礼します、父上!」
ガタン、と派手に音をたててアシュヴィンは席を立ち、脱兎の如くその場を去った。
「あれ、殿……陛下?」
リブの言葉に返事も返さず、アシュヴィンは真剣な表情で私室に駆け戻る。
衣装部屋を乱雑にひっくり返し、軍服と外套をひっつかむと大急ぎで着替え、露台に黒麒麟を呼び出した。
――――数刻後。
「―――よし、これで結婚成立だな!」
「えっ?」
笹百合の香る中つ国の土地の片隅で、アシュヴィンは、ようやく満面の笑顔を綻ばせた。
のちに皇妃が「ちょっと強引で、格好つけてたわね」と嬉しそうに語る妻問いのその裏に、ものすごく私的な事情があったことを知る者は少ない。
大団円の妻問いイベントを盛大に茶化してみた。
サティの天秤も傾けて、ムドガラも助けて、シャニ&皇EDを迎えたあとの大団円の章と思ってくだされば。
それにしてもアシュヴィンの敬語って書き慣れなくてすごくむず痒い。(笑