つかの間の休息




ざわざわと聞こえる葉擦れの音に交じり、
聞き慣れた声の穏やかな寝息が聞こえる。
視線をそこにやれば、無防備な表情で自分に身を預けている少女の姿。
まるで本や絵画の一場面をみているようだが、
膝に感じる重みと暖かさは、それが現実であることを物語っている。

「俺にどーしろってんだ…」

自分に膝枕をする形ですやすやと眠るリリーの寝顔に、
俺は頬が熱いのを自覚しつつ、深いため息をついた。





いつものように採取にやってきたへーベル湖への道なりで、
彼女の様子が少々おかしいのに気づいたのは、
いつの間にか長くなった付き合いのなせる技か。
こちらの軽口におざなりの返事しか返さない。
なんというか、覇気というか、精気がないのだ。

俺は足を止め、リリーの顔を観察する。
だんだんと近づいて、まじまじと眺める。

「………ん…?…なあに、ヴェルナー…」

かなりのタイムラグの後に返った返事も、どこか弱々しい。

やはりおかしい。
いつもならじろじろ見るなとか、のぞき込むなとの声が飛ぶところだ。


うつろに瞼がおりかけた目。
微かにふらつく足元。
返事を返しつつもどこか心許ない声。
そして瞳の下に見える、微かな紫色の翳り。

ここまで条件をそろえていれば、いくら俺でも気が付く。


「…おいリリー。もしかしてお前寝てないんじゃないか」

「…ん~?…うん…。ここ一週間くらいかなぁ…。
急ぎの依頼が三つ重なっててね…徹夜で二つやっつけたとこ…。
へへ…でも水色真珠を切らしててねぇ~…」

「いっ…一週間だぁ!?お前なぁ、なんでそーゆー無茶をするんだ!
もっと要領よく、適当にやれ!」

無駄と思いつつも、つい怒鳴った。
リリーに適当にやれ、と言っても聞くわけがないのはよく知っている。
どんな些細な頼み事でも、いつもいつも全力で応えようとするのだ。こいつは。
そこまで熱心に心を傾けられる気質は羨ましいとも思うが、
それで体調を崩しては元も子もないではないか。


俺は足を止めると、荷物をその場にどっかと降ろした。

「……今日はもうここで野営をするぞ」

「ええ~?急げば明日にはへーベル湖に付くのに、
こんなところで野営しちゃったら、一日遅れちゃう~」

「今ぶっ倒れたら一日どころか一週間は遅れるぞ!
て言うかお前、もう少し自己管理をきちんとしろ!
俺に言われるようじゃ終わりだぞ!」

怒鳴りながらも、俺は野営の準備を始める。
リリーはというと、ぶちぶちと暫く口の中で文句を呟いていたが、
ようやく気が済んだのか、ようやく荷物を下ろし始める。




簡単な食事を済ませてしまうと、
パチパチと薪の爆ぜる音が焚き火から響くだけの、
静かな一時が、向かい合わせに座った俺とリリーとの間に流れる。

いつもなら、馬鹿話やたわいもない話をしているのだが、
今日ばかりは、リリーは眠たそうな目をして、頭はこくこくと船を漕ぐ。

日がすっかり落ちる頃、焚き火の火が弱くなったのに気が付く。
薪をとってくれ、とリリーについ言いかけたが、
眠たそうにしているなら眠らせようと思い直し、自分でとりに立つ。
リリーの隣に積んである薪を一抱え掴むと、
もう寝ろと言うためリリーを振り向こうとした。

すると、ふわりとリリーの影が倒れた。

「リリー…!」

とっさに、片腕を伸ばして抱き留める。

思っていたより、よほど疲れが溜まっていたのだろう。
俺の片腕にもたれかかるようにして、すやすやと眠ってしまっていた。



――さて、困ったのは俺の方だ。

いつまでもこの格好のままでいるわけにもいかない。
とりあえずはもう片方の手に抱えていた薪をその場に置き、
リリーを起こさないよう、そっと自分も地面に座った。

眠りやすいように、ゆっくりとリリーの身体を横たえる。
手の届く位置に枕代わりになるものが見つからず、
仕方なく、俺は自分の膝の上にリリーの頭を乗せた。



――――そして、膝枕の姿勢になって、今に至る。



「どうしたもんかな…」

膝枕にしたはいいものの、これでは俺が落ち着かない。


すうすうと寝息を立てるリリーの寝顔をそっとのぞき込んだ。
意外と長い睫が、寝息と夜風に微かに揺れる。
むにゃむにゃと、聞き取れないほどの小声で唇が動く。
俺は、少し悪戯心をおこして、そおっと、
リリーの髪を纏めているフードに指をかけて、ゆっくりと外した。

ぱさ…っ

足元に落ちたフードが、微かな音を立てる。
いつもは隠された髪が、俺の目の前で露わになった。

…どうせ落ち着かないのだ。
これくらいは役得として楽しんでも罰は当たるまい。


リリーは相変わらず眠っているが、零れた髪が幾筋か頬にかかり、
薪の火に照らされて、やけに艶っぽく見える。

「いつもそんな表情してれば、からかいもしないんだろうが…。
……いや、ダメだな。
こんなお前の表情、他の奴らに見せられるかよ」

自分の言葉に自分で突っ込みながら、俺はリリーの髪をそっと梳いた。


知ってるさ。自分でも。
からかいの言葉は、構って欲しがる子供の愛情の裏返し。

好きなヤツはからかいたがるし、好きなものは独り占めしたい。
与えられるのを待っているほど素直じゃねえし、
犠牲を畏れず手を伸ばせるほど、打算なしにも生きられねえ。

――けっ。なんか俺、まさに反抗期のガキを縦にのばしたみてぇだな。

ああ、俺は、根はガキだからよ。
好きだって素直に言えねぇんだ。

でも、気づいてないのは、お前だけだぜ?


「………リリー…、いつか、俺だけを見ろよな…」

俺は、そっとリリーの手を取ると、その甲に口付けた。
そして、いつまでも飽くことなく寝顔を見続けていた。


こんな日常と離れた休息も――悪くない。




翌日、すっきりとした顔のリリーと、
完徹で寝不足の俺がいたのは、言うまでもない。

fin.

智砂乃さんにお送りしたヴェルリリ創作。初のアトリエ創作です。
今回の創作は、「膝枕」とお題を頂いていました。………まーそれはいいとして。ヴェルナーを枕側にするか?普通(笑)。
当初、街の中(というか店の中)でにするつもりだったんですが、展開に無理がありすぎ、急遽街の外へ出かけてもらいました(笑)
メイドさんいるしね、雑貨屋…(笑)