手をつなごう。






並んで歩くにはどうしたらいいんだろう?





ある晴れた日の曜日のこと。

ランディは今日もまた、アンジェリークに誘いをかけていた。


もちろん返事はためらうことなくイエス。

普段は控えめなアンジェリークも、この時だけは素直に意志を伝える。

肯定の合図がこくりと小さく頷くだけであっても、それは充分にランディの心を満たした。

いつもとは違う、薄い桃色のリボンはまるで彼女の気持ちを表しているようで。


ランディは、しっぽがあるならちぎれる程振っているんじゃないかというほど嬉しそうだ。


嬉しくて仕方なくて、見るもの全てを会話に織り込んで。

話はそんなに得意ではなくても、彼女がいるなら口は勝手に動くのだ。


それは大人しいアンジェリークも同じこと。


二人はまだまだたっぷりある時間さえ惜しむように、ゆっくりと並んで歩いた。




しかし。

事件は起きた。




「それでさ、アンジェ・・・あ」

ランディがぴたりと立ち止まり、くるりと後ろを振り返る。

「は、はいっ・・・すみません、ランディ様」

アンジェリークが慌てて駆け寄る。

二人は並んで歩き出す。

「ふふっ、それで・・・・
 ・・・・・・・ランディ、様・・・・・?」

今度はアンジェリークが立ち止まり、くるりと後ろを振り返る。

「あ、アンジェ、ごめんごめん」

すると今度は、慌てたランディが駆け寄る。




なぜだろうか。

さっきから、どうしても歩幅が合わないのだ。





二人でしている会話自体はとても楽しいもののはずなのに、

隣りに相手がいなくなってしまうと、声は聞こえていても何か切ない。

ランディには、これまで意識したことのなかった壁が突然立ちはだかったようにも思えた。

当然、アンジェリークもこの違和感を感じていた。

「・・ランディ様、わたし、もう少し速く歩きますから気になさらないでくださいね・・・?」

少し不安そうな顔をして、アンジェリークはこちらを見上げてくる。

そんな表情を見るのは辛くて、ランディは苦し紛れに言葉を発した。

「お、俺が早く歩きすぎだったんだよな!ごめんな、アンジェリーク・・・」

ランディが謝ると、アンジェリークはもっと悲しそうな顔をして俯いてしまった。

けれど、ランディにはどうしていいかわからない。

上手い言葉も見あたらないまま、ただただ立っていることしかできない。


「ごめんな・・・君を悲しませる為に、誘ったわけじゃなかったのに。」


何より自分の無力さに対して、果てもないほど途方に暮れた。

今日のデートは見事に失敗だ。






「・・・で、この俺を朝早くから起こして相談したいことはそれか?ランディ」

次の日、ランディはオスカーのところまで来て昨日のことを考え中。

剣だけでなく、女性のことならオスカーだと本能的に思い込んでいるらしい。

「俺・・・どうしたら、彼女と並んで歩けますか?」

しゅんと項垂れて落ち込んでいる様子はまるで叱られた子犬のようだ。

さすがにちょっと可哀相になったので、オスカーは相談にのることにした。

「そうだな・・・俺は基本中の基本として、女性の歩幅に合わせて歩いているな」

男としての常識だ、と付け足されてランディはさらに落ち込んだようだ。


『そうか・・・常識なんだ・・・・・なんで俺考えなかったんだろう・・・・』


オスカーの言う「常識」をそのまま受け取るのは少し無理があるかもしれないが、

今のランディには、その言葉さえ心に鋭く突き刺さるものでしかなかった。

ふらふらと扉まで辿り着き、力なく「ありがとうございます」と告げると、

ランディは元気印の笑顔に戻れないままでオスカーのところを後にした。






なんとそれから3日間、ランディはずっとその調子でいたのだった。


「ランディ、どうしたの?なんだか元気ないよ?」

心配するマルセルの声など耳には掠りもせず、

「へっ!情けねーツラしやがって!バッカじゃねーの!」

「もう、ゼフェル!ランディが落ち込んでる時になんてこと言うのさ!」

ゼフェルの売ってくる喧嘩を買う気にもちろんなれなくて

「そうだよな・・・俺がバカだからあんなことになったんだよな・・・・」

こんなことまで口走る始末。

マルセルもゼフェルも驚いて、それ以上かける言葉が見当たらなかった。





気付けばもう木の曜日だ。

けれどその日も、色のない瞳をしたままランディは歩いた。

あの日、アンジェリークと二人で歩いていた道。

景色は変わりはしないというのに、何かが一つ足りないだけでこうも違うなんて。

足りないものは、そう、自分のせいで欠けてしまったんだ。

自分を責めても仕方がないけれど、責める相手は自分のみだ。

彼女は悪くなんかない。




そんなランディが吸い寄せられるように辿り着いたのは森の湖だった。

「俺、何してるんだろう。一人で来たってしょうがないのに・・・」

小さく小さく呟きながらも、足だけはまっすぐに滝の方へと進んでいく。

空は夕焼けへと衣装替えを始めていた。



「あ・・・ランディ様・・・・」

突如、ゆらりと浮かび上がった人影は声を発した。

オレンジ色に霞んでいた視界が透き通っていく。


不安げな顔のアンジェリークが、そこにいた。


「アンジェ・・・」


ああ、こんなときに力の抜けた声しか出ないなんて。

ランディは頭の隅でぼんやりとそんなことを考えた。

けれど、後に続く言葉さえ今は見つけられない。

憂いを帯びた彼女のあの瞳を、見つめ返すことができないのだ。


「・・・ランディ様・・・お会いできて、嬉しいです・・・っ」


その言葉でランディは目を見開いた。

自分の瞳に、顔を真っ赤に染め上げたアンジェリークが鮮明に映る。

「わたし、あれからランディ様にお会いできなくて・・・すみま・・・」

言いようのない感情が、喉の奥から一気に込み上げたように思えた。

「アンジェ、俺も・・・俺も、君に会えて嬉しいよ!
 だから・・謝らないで。アンジェが悪いんじゃないんだからさ・・・・」

自分の声でむりやりにアンジェリークの言葉を遮って、ランディは一気に捲くし立てた。

驚いたのか、大きな目とは対照的な小さい口をぱかっと開けているアンジェリーク。

けれどその口はすぐに閉じられ、両端がきゅっと、少し控えめに持ち上げられた。

「・・はいっ・・・わかりました・・・」

心底嬉しそうな表情と柔らかい笑顔が、アンジェリークから一度に零れる。

それを見て、3日ぶりの笑顔を見せたランディの瞳はとっくに色を取り戻していた。





気付けば空はオレンジ色の衣装をさらに着替えてしまっていた。

だんだん薄暗くなる辺りを見回して、ランディはアンジェリークに切り出す。

「もう遅いから、送って行くよ」

アンジェリークが自分の横まで歩いてくるのを待って、ランディは歩き出そうとした。

そこで思い出してしまう。

“歩幅が合わない”その問題が解決できていなかったことに―――


「う・・・・・」

しかも、立ち止まってしまった。

「・・・?ランディ様、どうかなさいましたか・・・?」


そもそも自分が落ち込んでいたのだってそれが理由だったのに、

なんだって忘れていたんだろうか。

このままではあの日の二の舞になる、ランディはそう確信していた。


「ランディ様・・・?」

今、すべてを話して解決しなければ。

「アンジェ・・・この前は、合わせられなくてごめんな。俺知らなくて・・・」

きょとんとするアンジェリーク。

「・・・急に、どうされたんですか・・・??」

「この前の日の曜日・・俺、恥ずかしいよ。常識知らずだったなんて・・・」

ランディはお構いなしに続ける。

「・・・・・・・・???」

一方で、頭上で疑問符を大量に浮かべるアンジェリーク。


「女の子の歩幅に合わせるってことが、どんなに大切か知らなくて・・・
 本当にごめんな。もしかして呆れちゃったかな・・・」


アンジェリークは俯いてしまう。

「ご、ごめんなアンジェ!泣かないで・・・・あれっ??」



「・・・っ、ランディ様ったら・・・・あははっ・・・」




慌てふためくランディをよそに、アンジェリークは笑っていたのだった。

「笑ったりしてごめんなさい・・・でも、わたし、気にしてませんよ・・・?」

固まるランディ。

「お、俺・・・・なんか変なこと言った・・・かな・・・」

「いいえ・・・変だなんて・・・そんなことないです。
 でも、わたし・・ランディ様に呆れたりなんて絶対、しませんから・・・っ」

最後の方は消え入りそうな声になりながらではあったが、

アンジェリークはしっかりと、ランディの瞳を見つめてそう言った。




ふとその時、ランディの頭にこの上なく良い考えが浮かんだ。




「・・・アンジェ!やっとわかったよ、歩幅を合わせられる方法が!」

その大声に驚きながらも、瞳を輝かせて次の言葉を待つアンジェリーク。


「こうすればよかったんだ!」






もう真っ暗になってしまって、星がちらちらと輝きだした夜の道。



照れながらも手を繋いで、きちんと並んで歩く二人を見守っていたのは

太陽と入れ替わりに顔を出した、優しい月の光だけだった。




                      ::::::the end.::::::