誕生日
常々疑問に思っている事がある。
レオニスはそう頭の中でだけ呟きながら、目の前の少女達を見ている。
レオニスの目の前には、桜色の豊かな髪を背中に流している王女と、
枯葉色の髪を肩口で切りそろえた、気っぷのいい少女のふたりが、
レオニスの執務机の前で詰め寄っていた。
「きーてますのっ!?レオニスっ!」
「聞いております、姫」
「じゃあ、協力してくれるよね、隊長さん」
詰め寄るディアーナに半ば反射的に答えたものの、
メイの確認においそれとうなずくわけにも行かない。
「…そうおっしゃられましても、その日のシフトはもう決定事項です。
いくら姫のご要望とは申しましても、私の一存で決められることではございません」
「そちらの根回しはわたくし達がしますわ。
けれどレオニスがその気になって下さらないと意味がありませんのよ。
レオニスはただ頷いてくださればいいんですの」
「シルフィスの喜ぶ顔、見たくないのっ?」
――シルフィスのため。
この一言にレオニスが弱い事を、メイもディアーナももはや熟知していた。
「――――………………………………………わかりました」
いささか長い沈黙の後、二人はレオニスから望む答えを引き出した。
「やった――っ!」
「やりましたわね、メイ!」
「よーっし、そうと決まれば早速準備よ!」
「はいですわ!」
歓声を上げてレオニスの部屋を出て行く二人の後ろ姿を、
レオニスは半ば呆然と見送る。
――常々疑問に思っていることがある。
クライン一のおてんば王女と台風娘。このお祭り好きコンビが、いかにして、
騎士見習いの中でも模範的なシルフィスと仲むつまじくなったのだろうと。
二人はレオニスの部屋を出ると、目的を果たすべく、勇んで駆け出した。
二人は王宮の奥深く、セイリオスの私室のドアをノックする。
「でーんか、いるっ?」
「お兄様、折り入ってお願いがありますの」
「なんだい?メイ、ディアーナ」
可愛い想い人と、可愛い妹からのお願いに、
セイリオスは顔をほころばせながら聞き返す。
「いっとくけど、ディアーナの家庭教師を減らしてくれとかいうお願いは却下だよ」
――…一応、釘をさすのも忘れずに。
「違いますわよっ、お兄様ってば、どういう目でわたくしを見てるんですのっ。
…その、今度の視察予定を、一日でもいいですから、ずらして頂きたくて…」
「…うーん……」
セイリオスは考え込む。
一応、どうしても聞けないというお願いではない。
だが、理由もナシに動かせるほど、皇太子の身分は好き勝手に出来るものでもない。
「…私もスケジュールを組んで分単位で動く立場だからね。
――何もいわずに、はいそうですかとは聞けないお願いだね」
理由を話せ、とせっつかれている。
秘密にしたまま事を運ぶのはムリのようだ。
メイとディアーナは顔を見合わせ、仕方ない、とうなずき合う。
「……その…シルフィスのためなの」
「…………………って、メイと相談しましたの。
公私混同をしていることはわかってますの。でも、どうしてもその日だけは」
一通り聞き終えたセイリオスは、友人思いの少女二人を微笑ましく見つめ返した。
そして、おもむろにぴっと指を一本立てる。
「――条件がひとつ」
「なあに?」
「…なんですの?」
「その日の私のスケジュールが空いてしまうから、メイに付き合って欲しいな」
二人はしばし考えその意味に思い当たると、
メイはぽっと頬を染め、ディアーナはあきれ顔でため息をついた。
つまり、『メイとの一日デート権』。
――皇太子も立派に公私混同の人でしたとさ。
さてさて、予定の日が差し迫った一月後。
――コンコンッ
「ガゼル、いますの?」
「あっ、ディアーナ♪よく来たな!」
桜のお姫様にご執心の騎士見習いくんは、突然の来訪にも嫌な顔一つせず、
ディアーナを部屋に招き入れてくれる。
「このあいだ、街で新しいお店が出来ているのを見つけましたの。
それで、ぜひガゼルと一緒にって思いまして、お誘いに来ましたのよ。
ね、ガゼル、今度の日曜、街にご一緒しません?」
「日曜?――あ、俺その日巡回の当番が入ってるんだよな…」
ものすごく、とっても残念そうにガゼルは呟いた。
ディアーナは、いいことを思いついたと言うように手をぱんっと合わせる。
「今度の木曜にお茶会をするんですけど、
シルフィスが、仕事の都合で出られない、と残念がっておりましたの。
――シルフィスと変わっていただいたらどうかしら」
「ああ、それなら…うん、頼んでみるよ」
「約束ですわよ、ガゼル♪」
ディアーナは当初の目的を果たしつつ、ちゃっかりデートの約束まで取り付けた。
「おーい、出てこい不良魔導師〜」
「呼んだか、ノーコン魔導師見習い」
シオンが花たちの世話を焼いてる王宮の庭園にて、
メイのとんでもない呼びかけにさらっとこれまたとんでもない返事が返る。
「おっ、いたわね、たらし庭師」
「おういるぞ。わざわざのお呼びはなにかな嬢ちゃん?
デートのお誘いなら年中無休で受け付けておりますぜ」
「いらん。コマシ庭師っ」
けんもほろろなメイの返答に、別に怒った様子もなく、
シオンは明るい笑い声をあげる。
「ちょっと頼みがあって。――お膳立て、手伝ってくんない?」
シルフィスは、なんだかメイとディアーナに
隠し事をされているような気がしてならなかった。
ガゼルに勤務の交代を頼まれ、お茶会に出られそうだと伝えに行くと、
ディアーナは申し訳なさそうに『中止にした』という。
その足で研究院に足をのばすと、メイもそれを承知していて、
なおかつ何故か『その日は出かけないで』と頼まれる。
断る理由も特になかったので頷いたが、
釈然としない気持ちのまま、シルフィスは帰路についた。
帰る前に訓練場で剣の鍛錬をしようと騎士団宿舎へと足を向けると、
シオンとレオニスが問答している様子が見えた。
後ろ暗いことはないはずなのに、
何故か立ち聞きのような気がして、つい物陰に隠れてしまう。
「…どうしてこの件にあなたが関わってくるんです」
「嬢ちゃんに頼まれたし、それに…面白そうだったからな♪」
絶対に後者がメインだなとレオニスは思ったが、それは口に出さない。
「まあ、そういうわけだから、木曜日には俺のところに顔出してくれ」
レオニスの返事を待たずに、シオンは楽しそうに手を振りながら去っていった。
ふうっとため息をひとつつくと、レオニスはシルフィスの方を見た。
「――いるのだろう?出てきなさい、シルフィス」
…やはりこの人をごまかせるはずもなかったか、と観念して物陰から出る。
「どのあたりから聞こえていた?」
「…えっと…どうしてシオン様が関わるのか、というあたりからです…」
「そうか。それならいい」
それだけ言って、レオニスはシルフィスに背を向けて歩きだす。
そのことにシルフィスが少々寂しさを感じていると、
ふとレオニスは足を止めて、シルフィスを振り返る。
「…夕食はまだだろう?お前さえよければ、一緒にどうだ?」
「――はいっ!」
心底嬉しそうにシルフィスは即答する。
それを見てレオニスは、いかに自分がこの笑顔に心囚われているのか、
甘さを含んだ自覚を深めるのだった。
さて問題の木曜日。
ガゼルから頼まれた交代は急な話だったので、特に今日は用事もない。
シルフィスはメイとの約束通り、出かけることはせずに、
自室で読書でもしてすごそう、と書棚からめぼしい本を探していた。
書棚で本を探る指が、ふとある本の背表紙の前で止まる。
「あ、去年、隊長にいただいた本だ」
見習いとして入隊したてのころ、この本をもらったのだ。
あれは…と思い出そうとして、シルフィスはあることに気付いた。
たしかそれは一年前の今日ではなかっただろうか。
木曜日木曜日とディアーナもメイもシオンも言っていたので気付かなかったが、
そういえば今日は……と、カレンダーに目をやる。
コンコン――
シルフィスの部屋にノックの音が響き、シルフィスは思考を中断する。
「俺だ、シルフィス」
「――シオン様!?」
意外な人物の来訪に、シルフィスは驚く。
今日は王宮でレオニスの訪問を受けているはずではなかったのか。
だが、今の声は確かにシオンの声だ。
慌ててドアを開けると、たしかにそこにシオンはいたが。
理由を問う前に――というかドアを開けた途端、少女二人の明るい声が響いた。
「シルフィス、たんじょーび、おっめでとーっ♪」
「おめでとうございますですわ♪」
「おめでとさん♪」
メイとディアーナに一拍遅れて、シオンの祝辞が続く。
「えっと…あの……あ、ありがとうございます」
律儀にお礼を返したシルフィスは、はっと我に返ってシオンに問うた。
「…あの、今日は隊長と御用だったのでは?」
シオンはにかっと笑って「もちろん」と返す。
ますます分からなくなって、シルフィスは首を傾げる。
そんなシルフィスに、メイとディアーナが受けとって、とばかりにリボンを差し出す。
シルフィスが端を受けとった、鮮やかな紅い色の細くて綺麗なそのリボンは、
そのもう片方の端を目で辿ると、ドアの向こう、廊下のほうまで繋がっている。
頭の中を???で一杯にして、シルフィスがくいっとそれを引っ張ると、
少々重い手応えとともに、もう一人の人影がシルフィスの前に現れた。
「――――――!?」
シルフィスは予想外の状況に言葉を失う。
いや、まぁ、ここは騎士団なのだし、
その人物がここにいる事自体は不自然でもなんでもないし、
シオンがここにいる以上、確かにあり得ないことでもない。
だが、この状況は。
想像してみてほしい。
いつも寡黙で毅然とした小隊長が頬を染めて。
両手一杯に、それはそれは見事な花束を抱えて。
あまつさえ、リボンの端がその人物の身体に蝶々結びされてる姿を。
「えへへ。あたしたちからのプレゼント♪」
…人一人をプレゼントって言われても。
「花束、綺麗だろ?俺が丹誠込めて育てた箱入り娘達ばかりだからな♪
俺らがお膳立てしてやらねーと、一日中剣や任務の話ばかりしてそうだし」
…もしかしてこのためだけに隊長を呼び出したんですか。
「お兄様に頼んで視察をずらしてもらって、
今日だけはレオニスの勤務も空けて頂きましたの♪」
…ガゼルが交代を頼んできた裏の理由はこれですか。
シルフィスは半ば呆れながらも、それでも自分の顔が綻んでいくのを自覚した。
上目遣いにレオニスを見やると、うっすらと染めた頬をさらに赤くする。
「……その、お前と一日一緒に過ごすのが一番の贈り物だと、姫達に言われてな…」
そういえば、いつもならシフトが空いても、執務室で書類と向き合う人だ。
その人が、照れながらも、私のために一日を過ごしてくれるとおっしゃって下さる。
――ここは、素直に好意に甘えるのが、一番皆に報いる事にもなるだろう。
「ありがとうございます。――嬉しいです。本当に」
ディアーナたちが意気揚々と引き上げていった後、
レオニスはシルフィスの部屋でお茶を飲んでいた。
肩口で可愛らしく結ばれた蝶々結びのリボンはすでにはずしていたが
その顔はまだ赤く、よほど先ほどのアレが恥ずかしかったと見える。
シルフィスも思いだし笑いをしながら、カップにお茶を注ぐ。
「よくご承知なさいましたね、隊長」
「――折衷案でな」
「は?」
シルフィスの問い返しに、レオニスは苦笑で誤魔化す。
本当は頭の上に蝶々結びされそうになったとは――さすがに言えない。
レオニスはそっと自分のポケットに手を忍ばせると、
中に入っているものの手応えを確かめる。
だが、まぁ、これはあとで渡すとしよう。
今日を共に過ごすのはあくまで『姫やメイから』の贈り物だ。s
レオニスは、自分からの本当の贈り物を受けとって、
シルフィスが一番の笑顔を見せてくれる事を期待しながら、
もう一度、シルフィスのいれてくれたお茶を口に含んだ。
翌日、シルフィスの左手の薬指になにやら輝くものが、あったとかなかったとか。
fin.
久々に。本当に久々にひょいっとファンタサイトを巡っていたときの事。とあるサイトで。
「シルフィスの誕生日まで365日」。――365日?今日じゃん!
とまぁ、ちょっとした運命のようなものを感じて、レオシル創作書く事を決意。うわ単純。
その日の内には書き上がらなかったのが痛恨だったのですが、以前から気になっていた「100のお題」に挑戦してみるいい機会だと思いまして、本日アップと相成りました。
さてさて、100のお題、初の創作はレオシルでございましたが、制覇出来る日は来るのでしょうか(笑)。