誰が為に風は吹く
風はいつも彼と共にあった。
いや、彼自身が風だった。
捕らわれることのないはずだった。
あの少女の笑顔を見るまでは。
『ランディ様』
いつも優しく微笑みかけてくれる。
その微笑みに風は心を奪われた。
女王試験中は、まだ形の見えない『好意』だった。
彼女の姿を見ることが出来なくなってから、自分の想いに気づいた。
無理に大人ぶって距離をおいていた自分の愚かさを、心から呪ったものだった。
だが、今はこんなにも近くにいる。
皮肉にも彼の守るべき宇宙の危機に、自分の身を擲って、駆けつけてくれたのだ。
想いを伝えるつもりだった。
何があっても、自分が彼女を守るつもりだった。
だが、『敵わない…』そう悟らざるをえなかった。
自分よりも、一歩も二歩も抜きん出て、「あいつ」がいつも彼女を守っていた。
それはあまりにも自然に。
アンジェリーク自身、旧来の友人のような、気安い口をきいている。
「あいつ」に…アリオスにだけは。
それは小さなことかもしれない。
アンジェリークにしてみれば、言い馴れた言葉づかいを変えられない、
という程度のことなのかもしれない。
だが、隔たりを感じてしまう。
『壁』の存在を意識してしまう。
『もはや、俺の存在価値なんて、君にはいらないのかもしれない』
そんな後ろ向きな思いに捕らわれる。
急激に精彩を欠いたランディの様子に気づかぬものはいなかった。
本人以外は。
「ちょっと時間をお貸し願いたいんですけどね」
ある日の夜、宿で皆が眠りに就いた頃、ランディに呼びかけたのは、
瑠璃色の髪の「皮肉屋」だった。
「外で話しましょうか」
星が瞬いている夜の、空気の冷たさにランディは身を竦める。
空気の冷たさを、そのまま舌鋒の鋭さとしたようにセイランは強い口調で話し始めた。
「単刀直入に言わせていただきますよ。
貴方はここしばらく、覇気と言うものがない。
やる気がないなら、聖地に戻って留守番でもしていたらどうです?」
普段なら、頭に血がのぼって、口喧嘩でも吹っかけるところなのだろうが、
指摘された通り、ランディは著しく生気に欠けていた。
何も言い返さないランディを見て、セイランは溜め息をついた。
『これは重傷だな…。まったく、なんだって僕がこんな役回りを…』
「この戦いは遊びじゃない。
そんなことは僕なんかより、貴方の方がずっとわかっているはずだ。
こんな気の抜けた「木偶の坊」を連れて歩いたりしてごらん、
危険が牙をむいて襲い掛かってくる。
貴方自身はともかく、僕はアンジェリークを危険な目に合わせる気は毛頭ないんだ」
その台詞の効果は劇的だった。その空色の瞳に強い光が戻る。
「俺だって…!アンジェリークは俺が…!俺はアンジェリークを守る…!」
その様子をみて、セイランは肩をすくめた。
「やっといつもの貴方になりましたね」
ランディは顔を上気させてセイランを見返す。
「アリオスに嫉妬するのもいいけど、
守るべきものを守れなければ話にならない…意味がない」
「嫉妬…俺そんなにあからさまに嫉妬してたように見えたんですか」
「してないとでも言うつもりですか。
貴方ほどわかりやすい人間を、僕はこれまで見たことがない」
ランディは恥じ入った。それは別に恥ではないはずだったが、
周囲に隠してるつもりが露骨にばれていたことに、恥ずかしくなったのだ。
アンジェリークも気づいてるのだろうか。
そう思いを馳せた時、身体中の血液が顔に集まったような錯覚を覚えた。
セイランは再び溜め息を吐くと、言葉を紡いだ。
「うじうじしていたければ、そうするがいいさ。
大切なものを失ってから後悔するしか能のない軟弱者に、成り下がればいい」
そう言うだけ言って、セイランは身を翻して、その場を立ち去った。
セイランの視界を人影がちらついた。
「損な役回りしてるな。…お前だって彼女に好意をもってるくせに」
セイランは苦笑して言葉を返す。
「アンジェリークの好きな奴が僕なら…いま少し強い想いになってただろうね。
好きな奴がアリオスなら…譲りやしないさ。でも…」
そこまで言うとセイランは口を閉ざした。相手も、何も言わなかった。
ランディは霆に打たれたように立ち尽くしていた。
何を悩んでいたんだろう。
俺が望むのはアンジェリークが幸せでいることではなかったか。
彼女の笑顔を守りたくて、傍にいるのではなかったか。
彼女を守りたくて、闘いに身を投じたのではなかったか。
たとえ、彼女が自分を振り向かなくても…。
ランディは夜の村の小道を歩き始めた。
相変わらず風は冷たいけれど、今はその冷たさが心地よい。
血の上った頭を冷やすにはちょうどいい。
火照った頬が冷やされて、心も清々しくなる。
昂ぶった感情も落ち着いた頃、村外れの小さな丘に、人影を見つけた。
月明かりに浮かんだその人影が誰だかを認識すると、
落ち着いていたはずの心臓が早鐘を打ち始めた。
それは先ほどまで思いを馳せていた当の本人、アンジェリークだった。
「なっ…なんでアンジェリークがここに…」
つい口に出して言ってしまった言葉に、アンジェリークが反応して振り向く。
「ラ、ランディ様!」
「な、なんでここに…!」
「ア、アンジェこそ…」
「えっと…」
「その…」
「「………」」
双方、取り乱して何も言えない状況のなか、
沈黙を破ったのは、アンジェリークの足元で動いていた小さな影。
キャンッ!と一声吠えると、アンジェリークの意識を呼び戻す。
ランディもその声に視線を向けると、そこにいたのは、一匹の仔犬。
「アンジェ…この仔犬…どうしたの?」
アンジェリークはじゃれついてくる仔犬を抱き上げると、
少し照れくさそうに話し始めた。
「この惑星に来たとき…村外れで捨てられてたのを見つけて…。
旅の途中の私じゃ飼ってあげられないけど…放っておけなくて」
「夜中にこっそりご飯をあげにきてたんだね」
アンジェリークはこくん、と肯いた。
「ごめんなさい、こんな大切な時期に…」
アンジェリークが力なく項垂れるのをみて、ランディは慌てる。
「あ、謝らないでいいんだよ、アンジェ。
俺、びっくりしただけだし、怒ってなんかいないし、
むしろ君のそんな優しいところが好きなんだし…」
アンジェリークが不意に顔をあげてランディを見つめる。
ランディは驚いて、『なにか変なこと言ったかな』と自分の言ったことを反芻し、
はた、と、あることに気づく。
今、自分はアンジェリークに向かって、はっきり『好き』と言わなかったか。
途端に顔が紅潮するのが自分でもわかった。
「あ…いや、アンジェ、今のは…」
あわててランディは言い訳しようとしたが、
アンジェリークの眼差しを受けて、言葉を続けられなくなった。
「…本当ですか…?」
「え…?」
「私のこと…お嫌いじゃなかったんですね…?」
アンジェリークは縋るようにランディをみつめる。
アンジェリークの台詞に、ランディは思い切り取り乱す。
「なっ!?お…俺がアンジェを嫌うだなんて…!なんでそんなっ!」
「だって…ランディ様、ここしばらく私を避けていらしたじゃないですか。
以前のような笑顔もみせてくれなくなったでしょう?」
避けていたのは事実だった。
アリオスとアンジェリークがあまりに自然に寄り添っているから、目を逸らしたくて。
笑顔を向けられなかったのは、ランディ自身が落ち込んでいたからだが、
それが、アンジェリークを不安にしていたなんて。
瞳を潤ませながら、それでもほっとした表情で、アンジェリークは呟いた。
「よかった…。ランディ様に嫌われてたんじゃないんですね…」
アンジェリークに抱き上げられていた仔犬は、
不意に腕の中から擦り抜け、夜の村に駆けていった。
それを見送ったアンジェリークは、いつもの静かな笑顔をランディに向けた。
「宿に戻りましょうか、ランディ様。」
そう言って、ランディに背を向けて歩き出した。
…彼女はきっと、今の「好き」は友人としての「好き」だと思っているんだろう。
そう、そういう少女だった。他の人のことは自分のことのように感じ取れるのに、
自分のことは周りが呆れるくらい鈍感で。
伝えなければ。
今、伝えなければ。
「待って…!アンジェリーク!!」
突然腕をランディに掴まれ、アンジェリークは驚いて振り向いた。
その視線の先には真剣な表情でアンジェリークを見つめるランディがいる。
「聞いてほしいことがあるんだ。
…君はいつもアリオスといたから…ずっと…言えなくて…。
…その、…俺は…、君のこと…」
言葉を続けられずにしどろもどろになるが、
ありったけの勇気を奮い立たせて、ランディは想いを打ち明けた。
「…君が好きだ。俺は…、君を愛してる!」
一息にそう言い終えると、緊張の糸が切れたのか、
ランディはぼぅっとした表情でアンジェリークを見つめていた。
ふとアンジェリークの腕を掴んだままの自分に気づくと慌てて手を離した。
…いや、離そうとした。
アンジェリークがランディの手を握り返した。
視線はランディから逸らさずに。
今度はランディが驚いた表情でアンジェリークを見返す。
「いつも私がアリオスといるのは、皆様が彼を避けているから…、
私しか彼の傍にいてあげられないからです。
アリオスは…大切な仲間です。でも、それ以上でもそれ以下でもないんです」
「…私も…ランディ様のことが好きです。女王試験の頃から…ずっと…。
この辛い旅も、ランディ様がいてくれるから…ランディ様が私を勇気づけてくれるから、
…だから逃げ出さずにいられるんです…」
ランディは今度こそ何も言えなかった。
本当に?本当に?本当に!?
これは自分に都合のいい夢じゃないのか?
ランディはアンジェリークの頬にそっと手を添える。
アンジェリークは静かに瞳を閉じた。
夢でないことを確かめたくて、ゆっくり口唇を重ねる。
静かな、優しい口づけ。
『壁』を作っていたのは、他ならぬ自分自身だった。
アンジェリークはいつでも想いを向けていてくれたのに。
自分から、目を逸らしていた。
『敵わないから』と言い訳して。
見えない結果に怯えて、想いを伝えることに臆病になって。
風が吹いた。
ランディの収まりの悪い栗色の髪を夜の風が嬲る。
アンジェリークはランディの胸に顔を寄せて、
幸せそうに瞳を閉じていた。
別れは遠からずやってくる。
互いに定められた「いるべき場所」が違うから。
だけど、いつか。そう、いつの日か。
互いの使命を終えたとき、迎えに行こう。
風は吹きつづけるから。君のために。君のためだけに。
再び風が吹いた。優しいそよ風が。
それはまるで、二人を祝福するように。
風はいつも彼と共にあった。
いや、彼自身が風だった。
捕らわれていた風は解き放たれた。
見えぬ羽根を持つ天使のために、風は吹きつづける…。
fin.
アリオスに嫉妬してるランディが書きたくて、天空を舞台に書きました。
ランディの言葉使いって、自分より年齢の上下できっちり別れるじゃないですか。
同じ守護聖でも年下にはタメ口で、教官でも年が上なら敬語をつかう。
セイランとか、1歳しか違わなくて初期相性値低くて、基本設定も仲悪いのにランディは敬語使うでしょ。
だけどアリオスは10も年上なのに敬語を使わない。だから「こりゃ妬いてるな」と。
『自分のことは周りが呆れるくらい鈍感で』のくだりで、「他人のこと言えんだろ」と突っ込みを入れてしまいました(笑)。
今回セイランが損な役回り。ごめんよセイラン。
もう一人でてますが、またもや誰だか明記しとりません。
別に伏せる必要もないんですけどね(笑)バレバレだし。
まぁ、言葉づかいである程度までは絞れるでしょうから、改めて書く必要もないかな、と。