驟雨来たりなば



日暮れから降りだした雨は、夜半になってもいまだやむことを知らずざあざあと地面を強く打つ。
常ならば月明かりに照らされるはずの廊も、厚い雨雲に月光を遮られ燭台なしでは足元も覚束ない。

外を眺めたところで見えるのは降り続ける雨の軌跡だけ。
だが、総司は廊の柱に身を凭れ掛け、長いことそれを眺め続けていた。


灯りを手にしても闇を振り払うことなど叶わず、すべての道を覆い隠してしまう夜の雨。

―――この闇は、まるでわたしの迷いのようだ。





「ひー、降られた降られたー」

どかどかとやや乱暴に廊下を歩く音が耳朶を打つ。
今夜の巡察当番だった十番隊の面々だろう。
左之助が、隊士たちを風呂に追いやる声が遠くに聞こえる。


そのまま副長室へ赴き巡察の報告を済ませ、隊士部屋へと戻る道程で、
廊に陣取る総司と出くわす形になった左之助は、あきれた表情で総司を見る。

「―――俺たちが巡察に出る前からそこにいなかったか?」

「いましたねぇ。かれこれ二時になりますか」

「何やってんだ、お前……神谷はどうし―――ああ、例の居続けか」

「ええまあ。そんなわけで構ってくれる人もいなくて手持ち無沙汰なんです」

親とはぐれた童かよ、と悪態をつかれても、気にした風情もなく総司は笑う。
いっそ本当に童ならどれだけ気楽なことだろうか。



「それにしても原田さん、すっかり濡れ鼠ですねぇ」

「おう、おまさが縫ってくれた黒羽織が台無しだぜ」

言いながら、袴や長着の裾を絞るとじゃっと水が滴る。
どやされるかなーと言いながら頭を掻く左之助は口とは裏腹に幸せそうだ。


「―――原田さんは、強いですね」

「なんでえ?藪から棒に」

「愛しい人を持ってなお戦場に立つことなんて、私にはできそうにない……」



ぼそりと呟かれた言葉は、ともすればいまだ激しい雨音にかき消されそうなほど小さく。
けれど総司の心に巣食うその恐怖は、己の恋情を自覚したときからじわじわと広がっている。


委細は分からずとも、なんとはなしに総司の屈託を察した左之助は、どっかと総司の隣に胡坐をかいた。

「―――惚れた女ができたか」

単刀直入に切り込んできた左之助の言葉に、総司はかっと頬を染め上げた。
ぶんぶんと頭を強く振って否定しようとするが、隠し切れない動揺は左之助の目にも明らかで。

「わ、わたしには恋なんて必要ないんですっ。
わたしは、恋より誠を選ぶと、遙か昔に決めたんです。
………決めた、はずなのに」

最後は消え入りそうに力弱く呟かれたその言葉は、切捨てようにも切り捨てきれない総司の本音を吐露する。




「俺にはよくわかんねぇな。なんでその二つをわざわざ天秤にかけるんだ?」

誰に惚れたかは訊かねぇけどよ、と左之助は頭の後ろで手を組んで、自らも壁に寄りかかる。

「惚れちまったら、もう心の一部だろ。
選ぶとか選ばねぇとか、そんな段階すっとんじまってるじゃねぇか。
そんなん、右腕あれば左腕いらねぇって言ってるのと、どこが違うんだ」

「……わたしは、そんなに強くないんです。
守ると決めたたったひとつ、それを抱えることで手一杯で、他に心を割く余裕なんてない」

「ほう、割けないつってる端から千々に乱れてるよーに見えるのは、俺の気のせいか?」

うっ、と詰まった総司の肩に腕を乗せて、左之助はにやにやと笑う。
反論するべき言葉を見つけられずに、総司は視線を泳がせる。


「……原田さん、肩が冷たいです」

「お?」

苦し紛れの抗弁に腕を持ち上げれば、雨に濡れたままの羽織の水が総司の肩をじっとりと湿らせている。

「いっけねえ、風呂風呂」

濡れ鼠の自分の現状を思い出し、慌てて立ち上がる。
数歩行きかけたところで左之助は足を止め、肩越しに振り返った。

「―――総司」

「はい?」

「俺もお前も、頭使うのは向いてねぇんだしよ、悩むだけ無駄ってもんだ。
ならまずは死に物狂いで足掻いてみろや?
心が強くねぇってんなら、強くなりゃいい。遺して逝くのが嫌なら、遺さずに済むよう腕磨け。
はなから努力を放棄するなんざ、どんなに言い繕ってもただの逃げ口上だろ。
俺より年下の分際で、自分の限界悟ったようなことほざくのは三十年ばかし早ぇぞ」

びしりと指をさして突きつけられた言葉に総司は虚を突かれたように目を瞬いた。
次の瞬間には、思わずくすくすと笑いがこぼれる。
左之助らしい単純な、だが一本筋の通った論理は、総司の胸にも清々しさを呼んだ。


「―――原田さん、格好いい」

「おう、今更気づいたか。惚れても無駄だぞ、俺の心はもうおまさのもんだ」

けらけらと笑って、手を振る後姿が、とても大きく見える。




空を見上げれば、いつの間にか雨はあがり、雲間から月が顔を覗かせている。

突き進むにはまだ頼りないその一条の光は、けれど間違いなく闇を切り開く光明で。



いちばん大事なものは揺るがない。けれど欲張ってみてもいいんだろうか。


雨上がりの夜空を見上げる総司の瞳には、陽だまりのような笑顔の少女の面差しが浮かぶ。



―――驟雨来たりなば、幸遠からじ。


胸に凝った澱みは雨に洗い流され、風は再び、日輪を求めてそよぎはじめる。



終

タイトル、語感で選んだけど1行目で否定してら。降り続けてる時点で驟雨じゃないよね(台無し)。