シラナイヒトだから



「アンジェ!新宇宙の視察に行くんでしょ!一緒に行こうよ!」

アンジェリークの部屋に、レイチェルのよく通る声が響く。
着替えを済ましたばかりのアンジェリークは、
手早く準備を終えて、部屋を後にし、
二人並んで王立研究院へと仲良く歩いていく。


「アンジェ、土の曜日って、視察終えたら暇でしょ?
カフェテラスに一緒に行かない?セイラン様とお茶の約束してるの。
ねぇ、アンジェ、一緒に行こうよ!」

「それは嬉しいけど…でも、お邪魔じゃない?
セイラン様、レイチェルだけを誘ったんじゃ…」


レイチェルは一瞬頬を微かに染めた。

「や、やーだ。そんなんじゃないってば!
あ、研究院に着いちゃった。は、話の続きは視察の後でね!」

照れ笑いを浮かべたレイチェルは、誤魔化すように手を振って、
一足先に王立研究院へ駆け込んだ。



──パシュッ

研究院の扉が開く。
アンジェリークは新宇宙への扉へと向かった。
扉の傍にいた研究院の主任──エルンストが、こちらに気づいて笑みを浮かべた。

「ようこそ、アンジェリーク。視察にいらしたのですね。
今、新宇宙へレイチェルが行っています。戻るまで少し待っていて頂けますか」

「はい、エルンストさん」


──エルンストさん、微笑んでくれるようになった…。

型どおりの返事をしつつ、アンジェリークは頬を赤らめる。
アンジェリークはこの生真面目な主任殿に特別な好意をもっているのだった。

アンジェリークの、エルンストとの初対面は実に堅苦しかった。
お互い名前を名乗るだけの自己紹介。
女王候補の立場を利用し──もとい、女王候補の義務を果たすため、
足繁く研究院を訪れているうちに、少しずつ、会話のきっかけを掴んでいった。


相変わらず型どおりにしか接してくれないけれど、
その言葉の片隅に、時折好意が見える気がするのは、自惚れだろうか。


アンジェリークはそこまで思いを馳せて、
自分がエルンストを凝視していることに気づき、カアッと紅潮する。

そこに、タイミング良く、レイチェルが戻ってきた。

「お待たせ、アンジェ!」


「あ、じゃ、じゃあ私もアルフォンシアの様子を見てきます!」

逃げるように慌てて時空の扉へと駆け出すアンジェリークを、
エルンストは訝しげに見送った。



「はぁ…、ダメね、私。こんなんじゃ、告白もできないわ…。
でも…やっぱり好きなんだもの。
ねぇ、アルフォンシア、私、女王にはならないかも知れないけど…許してくれる?」

アルフォンシアは、ふわりとアンジェリークの懐に飛び込み、
『応援するよ』とでも言うように、頬をペロリと舐めた。




「あっ、お帰りアンジェ!次は庭園だよ!早く行こう!」

「レイチェルったら…やっぱり私、お邪魔だと思うんだけど」

「だーいじょうぶ!エルンストも誘ったから!
2対2なら良いでしょ?」

そう言って、レイチェルはエルンストの肩を軽く叩いた。
当のエルンストといえば、半ば諦めたように苦笑を浮かべている。
アンジェリークが会話一つでも困惑してしまう相手を、
レイチェルは、いともあっさりと誘ってしまう。

『気心の知れた仲…そんな関係は、私には望むべくもないわ──』

「──そう、わかったわ。それじゃ、行きましょ」

微かな胸の痛みを自覚しながら、アンジェリークは研究院を後にした。



庭園のカフェテラスで、4人はテーブルを囲む。
セイランは隣に座っているレイチェルに向かって苦笑を零した。

「やれやれ、僕が誘ったのは一人だったと思うんだけどねぇ」

「ごめんなさい、セイラン様〜。
どうしても、アンジェ誘いたかったんです」

レイチェルが、軽く肩をすくめて、セイランに謝っていたが、
怒る方にも謝る方にも、今ひとつ緊迫感が欠けていた。

「いいさ、君を誘った時点でこうなることは半分予想してたから」

「ありがとうございます!セイラン様!」


アンジェリークはぽかんとして二人のやりとりを見ていた。

「…レイチェル、予想以上にセイラン様と仲が良くなってるのね…」

「やだな、そんなんじゃないってば!」

それを否定するレイチェルの顔は、台詞を裏切って赤く染まっている。
一方セイランは、なにもなかったかのようにティーカップに口を付けている。
だが、その口元に微妙に笑みが浮かんでいたのは、おそらく錯覚ではないだろう。

「わ…私はこのような席は不慣れで…」

一人、エルンストはそわそわと落ち着かない様子で、
カップに口を付けたり下ろしたりをせわしなく繰り返している。

「…エルンストは迷惑がってるみたいだよ、レイチェル」

わざと意地悪く言ったセイランのその言葉に、
エルンストは慌てて頭を横に振る。

「いえ…そのような意味ではなく…」

「いいじゃないですか、セイラン様っ!嫌なら断ればいいんです。
なのに断らなかったんだから、エルンストだって「迷惑」なんて思ってませんよ。
仮に思ってても、それは意志の弱い自分を恨んでもらいましょっ」


「…レイチェル…私は、その理屈はかなり強引だとおもうけど…」

「いえ…彼女の言うとおりですよ、アンジェリーク。
私が承諾したことですし、それに迷惑と思ってるわけでは…」


レイチェルが勝ち誇ったようにウインクをして、「ね♪」と笑う。

アンジェリークは大きなため息をひとつ。

「……………レイチェルとエルンストさん…ホントに解りあっちゃってるのね…」


ガッチャン☆

3人のそれぞれのティーカップが、非音楽的な音をたてて、ソーサーにぶつかる。

セイランは憮然として。
レイチェルはきょとんとして。
エルンストは呆然として。


まずいことを言った、とアンジェリークが後悔しても、時既に遅し。

「──ごめんなさいっ!」

アンジェリークはガタンと音をたてて椅子から立ち上がり、
その場から逃げだそうとする。
その腕を掴んで引き留めたのはセイランだった。

「はい、そこで逃げない」

「〜〜〜〜〜〜っ」



アンジェリークは観念して座り直したものの、黙りこくってしまう。
レイチェルが苦笑してティーカップに口を付ける。

「──別に分かり合ってるとかじゃないよ、私たち。
そりゃ、前から知ってるから性格の把握とか出来てるとこもあるけど…、
でも、それだけだってば。
相変わらず、何考えてるのかまでわかんないよ、この研究バカの主任はね」

セイランがレイチェルの後に続く形で言葉を続ける。

「こんな研究バカにレイチェルを譲る気はさらさらないね」



「──っ!ちょっと、二人とも酷い!
エルンストさんを『研究バカ』って言わないで!
エルンストさんは立派な人よ!」

アンジェリークはガタンと勢いよく立ち上がってテーブルを叩いた。

レイチェルとセイランはその勢いに気圧され──たわけではなかった。
お互い顔を見合わせ、にっと笑みを浮かべる。

「ほーら、エルンスト!ちゃんと今の言葉聞いてた!?」

レイチェルがエルンストの額を指でぴんっと弾く。

「──はっ!?」

エルンストは硬直していた身体をようやく動かす。
──どうやら先ほどの台詞で茫然自失状態に陥っていたようだ。

「じゃ、あとは二人で話すといいよ」

レイチェルとセイランは、揃って席を立つと、二人をおいて去っていこうとする。


「………あ〜っ!はめたわねレイチェル!」

最初からアンジェリークとエルンストを二人にするつもりで誘ったのだ、と
アンジェリークが気づいたのは、このときだった。
レイチェルは、振り向いてアンジェリークに笑いかける。

「ねぇ、アンジェ?あなたはエルンストのことをよく知らないこと、
なんだか引け目に思ってるみたいだけど。
最初から相手のことを一から十まで知ってる男女なんて、いったいどのくらいいる?」

セイランも肩をすくめて言葉を続けた。

「気心知れた仲、分かり合えた間柄、ってのも悪くないけどさ。
相手の、自分が知らない面を知って行くから、人生は楽しいんだって思わない?」


言うだけ言って、二人はすたすたと歩き去る。


「〜〜〜〜っ!お…覚えてなさいよ、レイチェル…」

顔を真っ赤に染めて、アンジェリークは椅子に座り直す。
エルンストはと言えば、話の展開についていくことが出来ずに、
ただ呆然とアンジェリークを見ていた。
しばらくして、ようやく事態を把握すると、ばばばばっと頬を染めた。
二人はしばらくの間お互い真っ赤になって俯き合っていたが、
意を決したように顔をあげて、言葉を紡いだ。


「あ…あの、エルンストさん…、私…貴方に言っておきたかったことが…」
「その…私もです、アンジェリーク」

……その日庭園では、出来立ての一組のカップルが
一日中テーブルを占領していたという。


初のエルンスト×アンジェ創作でした。そして、珍しくレイチェルのお相手がセイランです(笑)
めちゃくちゃスランプのときに書いたものですので、至らない点は大目に見て下さい〜〜っ