幸せのために



ぱたぱたと、軽やかな足音が、カシオペア邸に響く。

顔をみなくたって、俺様には分かる。
これはユーロパの足音だ。

「アトランダム〜?」

よく澄んだ声が、俺様以外のヤツの名前を呼ぶ。
ああ気に喰わん。


「ここだ、ユーロパ」


真夏に見るには暑苦しい黒い皮の質感のあるコートを
四六時中着用している――まあ、アタッチメントだからしかたあるまいが――、
長身の男、アトランダムが箒の手を止め、庭先から返事を返す。

「どうした」

「カシオペアおばあさまが、お茶にしましょうって」

「そうか」

そう返事を返したアトランダムは、
近くに置いてあったちりとりを取ると、掃いたものをザカザカと集めた。
箒を建物に立てかけ、振り返ると穏やかな微笑を浮かべる。

…強面で黒ずくめの男が庭掃除をしている情景も、いいかげん見慣れた。


「行くか」

「ええ♪」

そしてユーロパはアトランダムの腕に手を絡ませて、
俺様の視界から歩き去った。


「覗き見は感心いたしませんわ、にいさま」

「っ!!」

背後からかかった声に、不覚にも驚き、とっさに振り向く。
振り向く前に誰かは分かっていたのだが。

「エレクトラっ」

そう、背後の声の主は俺様の最初の妹、エレクトラだった。
ネオングリーンの髪をサイドだけ長く伸ばし、
左頬に大きくEの文字が鮮やかに浮かんでいる。
優しい緑色の瞳と愛らしい顔立ちが、ユーロパとよく似ている。


「このディスプレイは覗き見用ではありませんわよ」

エレクトラはくすくすと笑いながらも、俺様に注意する。
現実空間では実体を持たない仮想少女(バーチャルガール)の
エレクトラは、ここカシオペア邸のセキュリティも管理している。
普段は電脳空間に遊びに出ているのだが、
俺様がユーロパに気を取られている間に戻ってきていたようだ。
――まったく不覚。

「ユーロパさんとアトランダムさんをご覧になっていらしたのですね。
仲がよろしいようで、大変素晴らしいことですわ」

「――俺様は、気に喰わん」

「あら、アトランダムさんは、良い方ですわ。
カシオペアおばあさまのお相手も楽しそうにされていらっしゃいますし、
なにより、ユーロパさんが幸せそうに微笑っていらっしゃいますもの」

エレクトラは、嬉しそうに笑う。

「…ふん」

そして、俺様はぷいっと顔を逸らして、
その場から電脳空間へと飛び去った。



カシオペア邸のネットから出て、電脳空間を飛ぶ。
グリッドの浮かぶ空間をしばし行くと、
見慣れた白亜の図書館――OLACLE――が見える。


「邪魔するぞ」

俺様の声に、ネットOLACLEの主、オラクルと、
そのガーディアンのオラトリオが揃って顔を上げる。

「やぁコード。ようこそOLACLEへ」

「おや師匠。えらく早いっすね。
今日はカシオペア博士のところにご用だったんじゃないんすか?」

「もう済んだ。また戻るがな。それよりオラトリオ、
アトランダムの今の公式登録はどうなっている?」

「アトランダムの?一般公開出来るほうの情報ですか。
まだ変更されていやしませんぜ。
リュケイオンのゴタゴタが酷かったですからね。
公式登録まで片づくのは当分先でしょう」

その手に書物の形で視覚化したデータを開き、
オラトリオの台詞を引き継ぐ形で、オラクルが言葉を繋ぐ。

「『A−A(ダブルエー)ATRANDOM。
シンクタンクアトランダム制作の初のロボット。
ただし制作途中に問題が多発したため、未完成――』
まだ公式には制作放棄された未稼働ロボットってことになっているよ」

「そうか。いっそ当分このままの方が都合がいいかもしれんな」

一人頷いた俺様に、オラクルが茶を勧めながら、にこりと笑った。

「――アトランダムとユーロパは、元気だった?」

二人の名前を出され、自分でも分かるほど無愛想になる。
それは多分に前者の名前のせいで。
いきなり何を聞くんだとオラクルの隣でオラトリオが慌てている。

俺様は差し出された茶を一気に飲み干すと、
突っ返すようにしてティーカップをオラクルに戻す。

「…ああ、リュケイオンで会ったときより余程元気にしている」

「そうか、よかったね」

オラクルはティーカップを受け取りながらにこにこと笑顔を浮かべる。

――そもそもカップもデータ構築され作り出したものであるから、
片づける必要性もないのだが、このネットOLACLEの主は、
律儀に現実空間に準えた行動をとる。
現実空間と電脳空間を行き来するオラトリオのストレスを低くするため。
また――エレクトラと同じく現実空間を知ることのないオラクルが、
現実空間のことを少しでも知ろうとするがゆえ。


「エモーションがよく二人の事を話してくれるから、
なんだか他人事に思えなくてね。うん、ほんとによかった」

オラクルから今度はエレクトラの名前を出され、俺様の眉間の皺はさらに深くなる。
オラクルが皮肉やからかいでなく、心から喜んでいるのは分かっているのだ。
だが、それでも気に喰わんものは気に喰わん!
一人、オラトリオだけが冷や汗をかきながら、事の成り行きを見ていた。

「――ふん」

再び、俺様は電脳空間を渡るべくOLACLEを飛び立った。
今度は、エレクトラにつく虫を心配せねばならないなと思いながら。



カシオペア博士のネットに戻ると、
どうやらまた遊びに飛び出しているらしくエレクトラの姿はなかった。


カシオペア邸の随所にあるディスプレイから、ヤツの姿を探す。
そして、落ち始めた夕日の色に薄く染まりつつある2階の一室にて、
眠っているように床に座り込んでいるアトランダムを見つけた。
ユーロパに聞いた話だと、アトランダムはたまに
こうやって物思いにふけることがあるらしい。


「――コードか」

俺様が呼びかける前に、アトランダムが口を開いた。
別段驚くほどのことでもない。
ディスプレイのカリキュレーションノイズは、静かな部屋には十分な騒音だ。

「すまないな、コード。余計な仕事を頼んで」

「まったくだ。俺様を使いっぱしりにしようなどどは、いい度胸だ。
妹のためでもなければ、誰がこんなことするものか」

俺様は苦々しくそう答える。


――そう、先ほどOLACLEで俺様が尋ねたことは、
本来アトランダムからの質問だったのだ。
カシオペア博士に直接聞くのも、ユーロパに聞くのも、
余計な心身の負担をかけかねないと、アトランダムが俺様に確認を頼んだのだ。
むろん、カシオペア博士のコンピュータからならば
直接OLACLEにアクセスすることも可能だが、
内容を博士に言いにくい以上、コンピュータを借りることもし難い。


「お前の公式登録は、まだ未稼働の――未完成ロボットとなっている。
できれば、このままのほうが都合が良かろうな。
A−Aが稼働していることが世間に知れれば、
この邸はテロの対象になる可能性が跳ね上がる」


アトランダムはその表情を引き締めると、
両の手をぎりっときつく握りしめる。

「私は、カシオペア博士のご厚意に甘えてここにいる身だ。
私がここにいることで博士に迷惑がかかるようなら…」


「かかるようならなんだ?
今更、ここを出ていくなんぞとぬかすなよ」

アトランダムは驚き、次いで興味を引かれたように、俺様を見返した。
まぁ、無理もない。俺様自身、こんな台詞を言うとは思わなかったからな。

俺様はディスプレイ越しにアトランダムを睨み付ける。

「俺様は、いつでもユーロパの味方だ。なにがあってもな。
お前がどうしようが、さほど興味もない。
だが、お前がいなくなると、ユーロパが笑わなくなる。
お前の身勝手で一方的に遠ざけられるのを、あの子は望まん」

そうだ、俺様は、いつでも妹たちの味方。
ユーロパが幸せなら、それでいい。
また間違った方向へ行きそうになったら俺様が正してやる。

ユーロパの、花が綻ぶようなあの笑顔を、
本当の意味で守れるのは、俺様じゃない。――それが些か、悔しいがな。

「この俺様が、お前にユーロパを託してやると言ってやっているんだ。
お前の全責任と全力を持って、守り通して見せろよ」



アトランダムは、2,3度瞳をまばたかせると、
フッと不敵に笑みを浮かべた。


「――ああ、そうだな。ユーロパから笑顔が消えるのは、
何より堪えるからな…」

アトランダムは穏やかな表情で、茜色に染まりだした空を窓越しに見上げた。
俺様も、ディスプレイ中で頬杖をつきながら、同じ空を見上げる。

茜色の空は、すでに秋の高さを見せていた。

fin.


深雪さんのお誕生日におおくりしました、アトランダム×ユーロパでした!
At×Euでコード兄様を絡ませて、というリクエストだったのですが、正直リタイヤしかけました。
――だぁって、コード兄様動いてくれないんだもんっ(笑)
そんなに妹とられるの嫌かっ(いや、それがなくちゃコードじゃないけど)。
ほんのちょ〜っぴり(ほんとに少し)だけOc×Emテイストなのは私の趣味です(笑)
それから、ひとつ嘘設定つくってます。ディスプレイに現れることが出来るのはエモーションであって、コードにそーゆー芸当ができるのか、知りません(笑)