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女王試験は佳境に入っていた。
アンジェリークの成績はレイチェルと拮抗して、
どちらが女王になるか、誰も判断が付かない状態が続いていた。
だが『どちらが女王になっても、もう一人は補佐官として同行する』
と彼女らは明言しており、試験の終わりは、
…そのまま二人との別れを意味していた。
「もうすぐ、新宇宙にも、惑星が満ちるんですよ。
…レイチェルと一緒に創りあげた宇宙に…!」
アンジェリークは、オスカーの執務室で嬉しそうに話していた。
「…嬉しそうだな、お嬢ちゃん」
「私たちの創った宇宙が新しい命を生み出すんですもの、こんなに嬉しいことないです」
裏のない笑顔できっぱりと言われて、
オスカーは表情の選択に困ったような顔で相槌を打っていた。
「レイチェルと一緒に視察へ行く約束があるので、
今日はこれで失礼します。それじゃ、今日も育成お願いしますね」
「……ああ、お嬢ちゃんの期待を裏切るようなことはしないぜ」
「…オスカー様」
執務室の窓から、少女の後ろ姿を見送るオスカーに、
不意に話し掛けた人物がいた。
今まで様子を覗っていたのか、執務室の扉近くに佇んだまま、
ランディは言葉を継いだ。
「このままで…いいんですか?」
オスカーは窓の外の少女の姿が見えなくなってから、声の主に返事を返す。
「…何がだ?」
「俺が言わなくたって、わかってるんでしょう。
アンジェリークのことです!」
オスカーは片手をあげて、相手が言い募ろうとした台詞を途中で止めさせた。
「…それ以上、言うな、ランディ」
ランディは納得できないといった表情でオスカーを睨み付ける。
「俺は…オスカー様がアンジェリークを好きだから、
いえ…何より、アンジェリークはオスカー様を…」
「…言うなと言ったはずだ」
「…オスカー様!」
オスカーはランディと視線を合わさずに歩き出すと、
すれ違いざま、ランディに背を向けたまま、苦しげな声で答えた。
「お前に言われるまでもない。
それくらいのことは、俺だって知ってるんだ。
…だが、先刻も彼女に言った通り…、
俺は彼女の期待を裏切るような真似が出来る男じゃない」
オスカーは足を止め、言葉を継いだ。
「彼女が…決めることだ。
俺より新宇宙の女王の方を選ぶというのなら…
俺は全力で彼女の力になる。それだけのことだ」
オスカーはふっと表情をあらため、普段の不敵な瞳を浮かべると、
漸くランディの方を振り向いた。
「…それからな、坊や。
決めるのは、あくまでも彼女自身なんだ。
俺と想い人が同じだから諦める、なんて言葉は、何があっても使うな。
惚れた女の価値を、自分で貶めるような言葉は絶対に口にするな」
再びランディに背を向けると、オスカーはその場から立ち去った。
ランディも追いかけることが出来ず扉の前に立ち竦み、
歩きながらのオスカーの呟きを聞いたのは、本人以外に誰もいなかった。
「…そう、男が女性の価値を下げるような真似は…しちゃいけないのさ…」
実は、オスカーは一度アンジェリークに想いを伝えていた。
女王候補の立場を捨て、自分と共に生きてほしいと。
だが、返った返事は…。
『私も、オスカー様が誰よりも好きです。
でも、女王候補を降りる気は…ありません』
だから、決めたのだ。
自分の想いを知りつつ、そして彼女も自分を想ってくれた上で、
なお彼女がそれを望むのなら、力になると。
至高の存在になる手助けを、自らの手で行おうと。
それが、身を裂く苦痛を伴おうとも。
「もう少しだね、アンジェ」
「うん…、今日の育成で、たぶん…終わるわ」
レイチェルは、複雑な表情で、アンジェリークに話掛ける。
「…なんだか、オスカー様も気の毒な気もする」
アンジェリークは王立研究院から受け取ったデータに視線を落としながら、
共に新宇宙の視察を済ませた親友に言い返した。
「何言ってるの。レイチェルも同罪でしょ」
「まぁ…ね」
苦笑しながら、二人は寮までの道を連れ立って歩いた。
「アンジェリーク!!」
突然呼び止められた声に、アンジェリークは足を止める。
「…ランディ様」
その険しい表情に何かを察したアンジェリークは、
レイチェルを先に寮へと帰らせた。
しばらく二人で黙って歩みを進めていたが、ランディが足を止めて口を開いた。
「…俺、どうしても納得できない」
「…君も、オスカー様も、どうして黙って試験を続けてるんだ!
オスカー様の、君への視線の意味に、気づかない君じゃないはずだ!」
「…オスカー様が私を想って下さっているのは知っています」
「…だったらどうして…!?わかんないよ…!!」
言い募るランディとは対照的に、アンジェリークは静かに言葉を紡ぐ。
「…レイチェルにも、想い合う人がいることも…知っているんです」
「…!」
ランディは言葉を詰まらせる。
「…だから、私は女王候補を降りるわけにはいかないんです」
落ち着いた口調で、それが当然といった様子で話すアンジェリークに、
かえってランディは次第に苛立ちを感じ始めていた。
「…親友のために、お互いの気持ちを押し殺すの?
…レイチェルも…オスカー様も…君も…!?
…それで、誰が幸せになれるんだよ!!」
ランディのその言葉に、アンジェリークは打って変わって表情を明るくした。
それは、小さな悪戯を見つかった子供のような。
「…ランディ様、気に掛けて下さって嬉しいですけど、
私たちはそんなに殊勝な人間じゃないんですよ?」
アンジェリークのその笑顔の意味が、
その時のランディにはわからなかった。
女王試験は、終了した。
新宇宙の女王として選ばれたのは、アンジェリーク。
女王戴冠式を目前に控えて、女王候補二人…いや、新宇宙の女王と補佐官は、
与えられた最後の自由を、ただ二人で時間を過ごしていた。
ティーカップから立ち上る湯気を顎に当てながら、レイチェルが溜め息を吐いた。
「…アンジェ、いよいよ、明日だね。
…エルンスト…怒る、かな。オスカー様も…。
ねぇ、ほんとに、これでいいのかな…」
カチャ、と音を立てて、アンジェリークがティーカップをソーサーにおいた。
その視線は、真っ直ぐに前を見据えている。
「怒られても、詰られても…呆れられても構わないわ。
だって…。他にどうしようもないじゃない。
…レイチェルだって、それを承知で共犯になったんでしょ」
「…うん…そうだったね」
戴冠式前日、謁見の間へと召されたアンジェリークは、
女王に何事かを話していた。
一通り話し終えた後、アンジェリークは、
あっけに取られたような二人の顔を眺めていたが、
女王と補佐官が顔を見合わせて笑い出すと、安堵の溜め息を吐いた。
退出するアンジェリークを見送りながら、
女王は隣に立つ補佐官に笑いかけた。
「ロザリア、私たちが心配する必要なんて、なかったわね」
「えぇ、ほんと。私たちなんかより、ずうっとしっかりしているわ。
彼女たちに惚れてしまった方達は、苦労が絶えないでしょうけど」
謁見室に、再び笑い声が起こった。
女王戴冠式は、恙無く執り行われた。
オスカーは胸を裂かれるような苦痛に耐えながら、アンジェリークを見つめる。
そして、新宇宙の女王補佐官として歩みゆくレイチェルの姿を、
同じように辛そうな眼差しで見つめている人物がいた。
オスカーは、自分と同じ表情をした青年に気づき、歩み寄った。
「…ひょっとして、お前もか」
話掛けられた人物は、声の主を認めると、不意に表情を引き締め、
王立研究院の制服の襟を正し、眼鏡を押し上げた。
「…オスカー様。…何のことでしょう」
「…隠すなエルンスト。言ったろ?俺もお前と同じなんだ」
オスカーは、エルンストの隣に並ぶと、その肩に手を置いた。
「これは、彼女が望んだことだと…、
俺自身がそうすると決めたことだとわかっていても…。
…それでも、この滾る感情だけはどうにもならない。
抑えようとすればするほど…求めてやまない。…不様…だよな…」
その大きな手が震えているのを、エルンストは共感を持って見やった。
戴冠式も終わりに近づき、人々は厳かに新女王を見守る。
現女王の祝詞(のりと)を以って女王戴冠の儀の終幕となる。
全員が見守る中、新宇宙の女王アンジェリークは、
金の髪の女王の前に片膝をつき、祝詞を受けた。
「新宇宙の女王アンジェリークに栄光あれ…!」
誰かがあげた声に、追従の声が続く。
まだその歓声も収まらぬうち、女王補佐官ロザリアが、一歩歩み出た。
「これをもって、アンジェリークの戴冠の儀の終わりとします。
…続いて、陛下より皆様への宣旨を、私が述べ伝えさせて頂きます」
その言葉に続いてロザリアの述べた言葉は、人々の予想の外にあることだった。
「王立研究院主任、エルンスト。
今この場をもって、王立研究院主任の任を解きます。
それに伴い、聖地の王立研究院の研究員から除名いたします。
現在進行中の仕事もすべて、近日中に他の者に引き継ぐように」
「…!?」
出席者は、何事かとお互いの顔を見合わせる。
オスカーはエルンストの表情が蒼白になるのを看てとった。
オスカーはその場の誰よりエルンストの心情を察することができた。
自分が彼女のそばにいられぬのなら、
せめて新宇宙の発展をこの聖地から見守り続けるつもりであったのに。
この場でそれを否定されたのだ。
次の瞬間、オスカーは声を荒げてロザリアに詰め寄っていた。
「ちょっと待ってくれ、納得のいく説明をしてくれロザリア!」
ロザリアは、そのオスカーの様子を可笑しそうに見ていた。
「そうそう、オスカー。貴方にも。
期間は未定ですが、長期の出張命令が近々下りますわ。
いつでも出立できるよう、準備を進めておくように」
「…何?…どういうことなんだ」
ロザリアは笑みを浮かべると、直接には答えず、視線を移しながら言葉を続けた。
「…それにつきましては、新宇宙の女王補佐官より説明を行います」
全員の視線がレイチェルへと移る。
レイチェルは一歩前へ歩み出ると、照れくさそうに言葉を紡いだ。
「…王立研究院主任エルンスト、及び炎の守護聖オスカーの両名は、
新宇宙の女王アンジェリークを補佐するため、新宇宙へ赴くことを命じます。
エルンストは新宇宙に新設する研究院の総責任者として、
オスカーは女王の補佐兼助言役として、その統治を支えること。
両宇宙の安定のため、守護聖の職務として聖地から召還の命があった時のみ、
一時的に聖地への帰還を許可いたします。
…なお、これは女王陛下にすでに了承を得ています」
静寂が流れた。
ポカンと口を大きく開けて、呆れ返る者。
前代未聞のことに、驚きを隠せないでいる者。
この状況を、心から祝福し、暖かく見守る者。
その表情は様々であったが、誰一人として異論を唱える者はいなかった。
言い終わるとレイチェルは、すぐさまエルンストに駆け寄り、
両手を合わせて謝罪をしていた。
「エルンスト、黙っててゴメン!
ギリギリまで…女王陛下の許可がおりるかわかんなかったから…」
「…はぁ…。まったく、どうして私はこんな破天荒な人を
好きになってしまったんでしょうね…」
深く溜め息を吐きながらも、エルンストはレイチェルに笑いかけた。
その笑顔に安堵したレイチェルは、満面の笑顔で言い返した。
「愚痴らない愚痴らない♪それを言ったら私だって、
どうしてこんなど真面目人間好きになっちゃったのか、わかんないんだから!」
「アルフォンシアたちを捨てることなんて、できませんけど」
オスカーの傍に、アンジェリークが歩み寄り、オスカーに微笑みかけた。
「…だからって、私がオスカー様から離れるなんてこと、
本当に出来ると思ったんですか?」
放心していたオスカーは、アンジェリークに話掛けられて我に返る。
アンジェリークと暫く視線を合わせていたが、次の瞬間、大声で笑い始めた。
「ははは…!参った、参ったよ…!君は本当に最高のレディだ…!」
オスカーはアンジェリークに向き直ると、真面目な表情をする。
「…謹んで、今回の任務をお受けしよう。
…言っただろう?俺は、君の期待を裏切るようなことはしないと。
俺の力の限りを、君の治める宇宙のために」
オスカーはアンジェリークの手を取り、その甲に口付けた。
「そして、この身のすべては、ただ君のためだけに」
…えー…。『エル×レイ+ラン→アン+オス×アン創作』をお送りいたしました…。
ほんとにこれはオスアン創作か!?…なんだかなぁ…。洒落にならんよ、マジで…。
オスカーよりもランディの方が積極的だし…。アンジェよりレイチェルのが目立ってる気もするし…。
オスカーは今回終始受身のままでした。どうも藤之の書くオスカーは情けない傾向にあります。
なまじフェミニストだから、女性が望んだ道を力ずくで止める、ということの出来ない男だと思うので。
それにしたって…立場ないよねぇ…。ごめんよ、オスカー。