青玉の姫、紅玉の騎士

きゅっと小気味良い音を立てて、礼服に合わせた手袋をはめる。
それから服装が代わっても手放せない剣の具合を確かめると、パートナーの待つ部屋へと足を向ける。
目を閉じると瞼に浮かぶのは、透きとおるような蒼い瞳をした少女の姿。
すうっと息を吸い込んで、自分らしくもなく浮き立った心を落ち着かせる。
コンコンと軽く叩きながら、返事も待たずに扉を開く。
「ロザリア」
名を呼べば、嬉しそうに振り向いてくれる。
いつのまにか、この心を捉えて離さなくなった少女。
きっかけはなんだっただろう?
その口唇の奏でる声に、心を奪われたのは。
その激しいほどに美しい生き様から、目が離せなくなったのは。
豊かに流れる髪を櫛で梳かし、礼服に合わせて髪を結い上げる。
キュッとルージュをひねると、唇に色を添える。
コンコンとノックの音が響いたと思うとキイッと扉が開く。
「ロザリア」
振り返るとそこにいるのは、燃えるような紅い髪をした青年の姿。
「オスカー様…」
名を呼べば、微笑んでくれる。
いつのまにか、傍にいることが当たり前のようになってしまった人。
意識したのはいつからだった?
その声で名を呼ばれるのが心地いいと知ったのは。
その瞳に見つめられることがこんなにも心を高鳴らせると知ったのは。
「支度は出来たようだな」
「ええ、参りましょう」
「ああ、パーティなんて、どこでも気疲れするものですわね」
パーティ会場から続きになっているテラスで、その手すりに身体を預けながら、ロザリアは呟いた。
その傍らには、オスカーが可笑しそうに笑みを浮かべている。
「まぁ、気楽なお茶会と同じようにはいかんさ。
だが、危なげなくこなしてたじゃないか」
「公式の礼儀作法くらいたしなみの一つとして、幼少から叩き込まれてますわ。
生家では珍しくもないことでしたし、それに……」
「ん?」
首を巡らせ、オスカーと視線を合わせると、ロザリアはにっこりと微笑んだ。
「それに、パートナーたる殿方に恥をかかせるようなことがあってはなりませんもの。
それが貴婦人としての最低条件だと思っておりますのよ」
オスカーはにっと笑うと、わざと仰々しく礼を取る。
「では、あなたの忠実なる騎士に、気高き貴婦人と踊る栄誉を下さいますか?
――この身があなたのお心に叶うなら、どうか、私と一曲お相手を……」
会場から流れる曲にあわせてすっと差し出された大きな手に、微笑みとともに、白く細い手が重なった。
ふわりとドレスの裾が宙を舞い、さながら蝶が舞うような、軽やかな足取り。
その華奢な身体は、少女と言うには大人びて、淑女と呼ぶには幼さが残る。
けれどその瞳は、心惑うことなく、唯一人の青年を見つめている。
その眼差しは、愛し愛されることを知った女性のそれであった。
「――あら、イヤリングがないわ…」
踊り終えて、再びテラスに戻ってから暫くのこと。
自分の片耳に手をあてて、ロザリアが困惑顔で呟いた。
「何かの拍子に落としたのかも知れないな。
出てこないようなら、俺が君に似合う宝石をあしらったイヤリングを贈ろう」
「そんなご迷惑は…」
「おっと、拒まないでいてくれる方が嬉しいんだが。
自分の手で女性を飾り立てるのも、男の喜びの一つさ」
なくしていない方のイヤリングを軽く爪で弾き、ウインクとともに囁かれた言葉に、ロザリアは、微苦笑を零した。
「飾らなくても美しいが、君ならどんな宝飾でも付けこなすだろうな。
イヤリングの次は、首元を飾るネックレスにしようか。
胸元を飾るブローチもいいな。――それから………」
オスカーはそっとロザリアの左手をとると、その薬指の付け根に些か強めにキスをした。
「……………っ…」
痺れるようなその感覚に、ロザリアは身を震わせる。
オスカーはゆっくりとその唇を離すと、不敵に笑った。
口付けを受けた薬指の付け根は、微かに赤く跡が残っていた。
「…この証が消える前に、この指を飾るものを贈ろう。
――――受けてくれるな?」
ロザリアは、頬を紅く染め、嬉しそうに頷いた。
「――そういえば、ご存じ?
わたくしたちが並び立つ姿、まるで一対の宝石みたいなのですって。
わたくしが青玉(サファイア)で、オスカー様が紅玉(ルビー)らしいですわ」
「ほう。俺にルビー、はともかく、君にサファイアはよく似合うな。
清らかさの象徴ともされる、蒼く透明感のある美しい石だ。君には相応しい」
ロザリアは、少し首を横に傾げ、くすくすと笑う。
「あら、サファイアの色は蒼だけと決まってはいませんのよ。
サファイアは、赤以外のあらゆる色がサファイアですもの。
…この多面性の豊かさは女性と同じ、とオスカー様なら言いそうですわね」
お株を先取りするように言われた台詞に、オスカーは心得たように笑う。
「それはどうかな。確かにサファイアのカラーバリエーションは豊かだが、逆に言えば、どんなに多くの色を持っていても、その本質は同じということさ。
それこそが、サファイアと女性との共通項だと思うが?」
「まぁ、おっしゃいますこと」
「サファイアといえば、こんな話を知っているか?
この石は、贈り主の心変わりを己の色の変化で持ち主に伝えるそうだ。
『清らかさ』の象徴たる宝石は、恋人の心変わりを許せないんだろう。
さて、青玉の姫たるロザリアは……どんな色に変わるんだろうな」
ロザリアはふっと目を細めると艶然と微笑んだ。
「それは、貴方次第ですわ。わたくしはあなたのものですもの。
わたくしが変わるとしたら、それはすべて貴方次第」
ロザリアの頬に、オスカーの節張った手が触れる。
さらりと零れた髪が、オスカーの手にかかる。
「それは、永遠に俺のために輝いてくれるということだな」
頬に添えられた手に、ロザリアの白く細い手が重なる。
「オスカー様が、そう望んでくださる限り。
貴方が望むなら、路傍の石にも、至高の宝石にもなりましょう。
そのかわり、貴方はお変わりにならないで。あなたの何が変わったとしても、わたくしを愛してると言って下さった、そのお心だけは変わらずにいて」
「変わらない。――変われるものか。
一度囚われてしまえば二度と離れられない甘やかな茨の檻に、俺を閉じこめてしまったのは、君だからな。
ロザリアが俺のために輝いてくれる青玉であるなら、俺も君のために輝く紅玉で在ろう。
変わらぬ君への思いの証に、この手を血で染めてでも君を護ることを誓おう」
紅玉は、血の色に己を染める。
青玉と同じ鉱石でありながらけして同じ色ではあり得ない。
常に深紅の血の色を己に課した宿業の石。
「サファイアが清らかさの象徴なら、ルビーは慈愛の象徴…でしたわね。
己が身を血の色に染めて、それでも相手を愛し護る石。
――もしかすると、これ以上貴方に相応しい宝石はないのかも知れませんわ」
オスカーは、誓いの証をつけたロザリアの薬指に、再びそっと口付けを贈る。
「…ここに飾られる指輪の宝石は、二つの宝石を並べたい。…いいだろう?」
サファイアは、赤くは在れない。
ルビーは紅以外の色にはなれない。
けれど、これほど近しい宝石もあるまい。
「わたくしの心も輝きも、すべては貴方のために」
青玉よ。紅玉のために蒼く在れ。
「俺の想いも情熱も、すべては君のために」
紅玉よ。青玉のために紅く在れ。
fin.
この話はオスロザ部屋のタイトルの由来をそのまま表してます。
サファイアもルビーも、Al2O3、硬度9のコランダムという鉱石なんですよね。赤いものをルビーと呼んでいるだけで、サファイアと同じ物。ピンクはサファイアになるので、ほんとーに「赤」だけがルビー。
ぜひオスカーとロザリアの話に使いたかったんですよ。
ルビーは産出地や含有率が限られるため、そのメジャーさのわりに希少な石らしいです。
5カラットを越えることはまれなんだそうで。
ルビーもサファイアのように、その色の変化で厄災(疫病)の訪れを持ち主に警告する石らしいのですが、『色の変化など見えもしない位の大きさの石が大半と思う』とは友人の談です(笑)。
リクエストは「パーティで!」ということだったのですが、どうも話の内容はパーティと関係ないような(笑)。
何のパーティなのかも書いた本人もわかってないし(笑)