Desertificationplan
千尋が常世に嫁入りしてからというもの、中つ国に居残る面子には、千尋と会う機会が大幅に失われてしまった。
辛うじて機会を持てるのが、女王が帰国するのを待つか、中つ国の使者として常世を訪うかの二者択一。
とはいえ後者はそれなりに身分か地位がないと不可能だ。
現在は、そのどちらも併せ持つ葛城将軍が、主にその役目を担っていた。
そんな中、常日頃から首に下げてる勾玉に目をつけた狭井君が「あなたも王族」とか認定してしまったものだから、
使者に立つ顔ぶれに、また一人、新顔が追加されることになる。
そして、くだんの新顔たる少年―――那岐は、目の前の事態に困惑していた。
それはもう、おもいっきり。
うん、まあ、そりゃ千尋の顔がみたいとは思ってたし。
異国に嫁いだきりの千尋のことは心配だったし。
万が一千尋を悲しませてるようだったら問答無用で連れ帰ってやるとか思ってたのも認める。
こっちも私情入りまくりで引き受けたけどさ。
―――だけど、ちょっとこれは。
「…………………なんと言うか想定外」
「………千尋」
「なあに?那岐」
にこやかに答える少女の笑顔。
それは戦時にあったときよりも幸せそうだから、まあ、それはいいとしよう。
問題は少女のいる場所だ。
「………なんでそんなところから話してるのさ」
「だってアシュヴィンが離してくれないのだもの」
そう言いながらも千尋はどーみても嫌がっているようには見えなくて、
アシュヴィンの首に腕を絡め、その小さな肩を抱かれながら、夫の腿の上にちょこんとその小柄な身体を納めている。
だからまあ、その、つまり。
「………膝抱っこで使者を迎えるって謁見も前代未聞だよ」
「あら、執務のときだってこうよ?」
「―――げほっ!!」
当たり前のように返った返事に、那岐は盛大に噎せ返った。
「アシュヴィンたら、いっつも抱きしめていたがるの。
竹簡が読みにくいったらないのに」
「読みにくくても、読めはするだろう?」
「そうだけど、効率は悪いじゃない」
頬をぷーと膨らませて抗議しても迫力は出ずむしろ愛らしいばかりで、案の定アシュヴィンも堪えた様子はない。
人目を憚らず千尋の柔らかい髪を一房すくって愛しげに口付ける。
「そう言うな、お互いともに過ごせる時間など限られているのだからな。
日頃はお前に会いたくてたまらないのを堪えて執務に励んでいるんだ、
たまにそばにいられるときくらい、愛しい妃のぬくもりを堪能しても、罰は当たるまい?」
―――その「たまに」の条件に人目の有無は問題にならないのか。
謁見の間で―――もちろん、常世の文官やら武官やらが居並ぶ中で―――臆面もなく妃を愛でる皇に、
言っても無駄だろうと思われるそんなツッコミをいれる人物は誰もいなかった。
「―――まあ、お前が俺に抱かれているのが嫌だというのなら仕方ないが……」
落胆したような声音の夫の言葉に千尋は慌てて取り縋る。
「そんなわけないでしょう、私だって―――あっ」
「うん?『私だって』、なんだ?」
にやりと笑って促すアシュヴィンの様子に千尋は頬を真っ赤に染める。
「………も、もうっ、アシュヴィンのいぢわる……っ…」
拗ねたような甘えたような声音を零しながら夫の広い胸に指でのの字を書く妻の姿に、アシュヴィンの顔が愛しげに綻んだ。
―――くどいようだが衆人環視の中の膝抱っこのままだ。
「……………せめて人目は気にして欲しいんだけど」
那岐の口からげんなりと零されたツッコミは、当然のごとく夫妻の耳にゃ届かなかった。
「―――さて、中つ国の使者殿は知らぬ顔でもないのだからこんな堅苦しい場ばかりで話すこともあるまい。
わが宮を案内するとしよう。存分に見聞されるといい」
―――さんざ人前でいちゃつきかましやがりながらも、一応謁見という認識はあったのか、この色ボケ皇も。
口に出したらいっそ無礼討ちにされそうなことをつらっと考えながらも、
TPOをそれなりに弁えて胸のうちに留めておくのが、那岐の常識人たる所以かもしれない。
「じゃあおろして?アシュヴィン」
「…………抱いていってはダメか?」
「いいえ、自分で歩くわ。運動不足で太りたくはないもの。
いつまでも貴方に愛されるよう、綺麗でいる努力は惜しまないようにしないと」
「……理由はそれなの、千尋」
那岐の力ないツッコミに、うん、と当然のごとく首肯が返ったのは言うまでもない。
しぶしぶと膝の上の千尋を降ろすアシュヴィンを横目に捉えながら、
それでも顔ぶれは変わらずとも、いたたまれないこの場からようやく立ち去れると、
那岐は半ば安堵の気持ちで踵をかえしかけ―――
「あんっ、どこ触ってるのよっ」
―――がんっ!
……盛大に目測を誤り柱に頭突きをかました。
那岐は、腰だなやだ腰はもっと上でしょと耳を塞ぎたくなるような痴話喧嘩を背後に聞きながら、
それでも視界に彼らをおさめてなかったことを不幸中の幸いと自らの心を慰めるしかなかった。
「さあ、見るがいい、那岐。美しい光景だろう?これが本来の常世の姿だ」
先導されて訪れたのは、切立った崖の上にそびえる根宮のそのさらに最高峰にして最奥、皇の私室のバルコニー。
遮るもののないその高みからは、広い常世の国土が眼下に広がっている。
赤く枯れた大地が広がっていた戦時とは別世界のように、緑の沃野の広がるその光景は、確かに見事なものだ。
「この美しい光景を取り戻せたことには、中つ国にも感謝をしているぞ。
緑は満ち、花は咲き乱れ、降りそそぐうららかな陽光は大地を祝福しているかのようだ。実に美しい。
―――もっとも、我が妃の美しさに及ぶべくもないが」
「………豊葦原と常世の数十万の民の運命の帰趨が、ノロケで締め括られるのかよ」
「ははははは。我が妃が美しいのは事実だろう」
「やだ、アシュヴィンったら」
ばしばしと夫の背中を叩く千尋の頬は真っ赤に染め上がっている。
「はは、そう熟れた果実のように頬を染めるな。
―――食べてしまいたくなるだろう?」
もはや風景なんぞ見もしないで二人の世界を作り出してしまった夫妻。
ふたりの周りに、ピンクのオーラが見えるのは、はたして那岐の錯覚なのだろうか。
「アシュヴィン…………あなたになら、何度だって食べられたいわ……」
うっとりと夫の首に腕を絡めてとろけた眼差しをおくる愛らしい妃の姿に、
あっさりと心奪われ虜になったアシュヴィンは、早々に理性の手綱を手放した。
「千尋………っ」
「……ん…っ……」
びしりと硬直する那岐の目の前で………………えーと、なんというか。
それはもう濃厚な。
「………あ〜……そろそろですかね〜……」
常世の顔ぶれのなかで、比較的耐性のあるリブが、冷静に何かを測っていた。
さん、にー、いち。
ざ――――――――――――っ
「あー、やっぱり砂吐かれましたなー」
「そうですねー。でも一度目でこれならもったほうでしょう」
既に慣れっこになっている文官やら侍官やらたちは、微笑ましげに事態を見守っていた。
「―――ちったぁ止めろよ、あんたたち!」
辛うじて自己を取り戻し、思わず涙目で怒鳴った那岐の肩を、ぽん、と叩く手があった。
見上げると、宰相のリブが、穏やかな笑みを浮かべている。
「大丈夫ですよ、那岐さま」
「リブ………」
救いを求めて見上げた那岐に、リブは親指をびしっと立てて宣言した。
「十日も経てば慣れますから☆」
「慣れたくないよっ!!」
幸か不幸か、どこまでも常識の枠から飛び出ることのできない那岐の叫びが、常世にこだました。
ぐったりとした様子で帰国を果たした那岐を、葛城将軍が出迎えた。
その眼差しに同情の色が見えるのは、那岐の気のせいではないだろう。
「……………………君でも無理だったか」
その声音には、那岐に負わされていたであろうささやかな期待と、半ば覚悟していた諦めの色がじわりとにじみ出ていた。
「………なんかいろんな意味で限界点突破だよ。あんたよくこんな役目何度も出来てたな……」
「……………」
那岐の指摘に忍人はふ、と遠い目をして明後日の方角を見た。
近頃の忍人は戦時より穏やかになったと思っていたが、それは勘違いだったな、と那岐は自分の思い込みを訂正した。
―――穏やかになったんじゃない。脱力のあまりに精も根も尽き果てただけだ。
疲労した様子で何処か彼方を眺める忍人に、まさしく今の自分もそうなんだろうなと、那岐は心の底から同調した。
何もかも忘れて眠ってしまいたかったが、最後にひとつ仕事が残っている。
心底放り出したいが、そうもいかない。使者として常世に赴いた以上、公式の文書に記録を残さなくてはならないのだ。
常世の復興の様子や、軍備や政務のことを一通り書きとめたまではいい。
だが、皇夫妻の様子は両国の軍事・経済・内政すらをも左右する重要事項だ。触れないわけにはいかない。
さて、報告書にはなんと書くべきか。
こと細かに全てを書き連ねるのは、精神衛生上、実によろしくないので却下だ。
―――というか思い出したくもない。
那岐はしばらく竹簡を眺めて思案する。
そしておもむろに筆をとると、こう書き加えた。
「根宮砂漠化計画進行中」
終わっとけ。
なんつーかまず、何はさておき那岐ごめん。でも中つ国随一の常識人の那岐は動かしやすかった(笑)
某チャットで「いっそアシュの膝抱っこで仕事することに周りが慣れちゃえ」とかなんとか発言かましましてねー。
瑞葉さんが常日頃おっしゃる「砂吐くほど甘くしてやんよ!」とかいうフレーズが頭に残ってましてねー。
ふたつ合わせたらこんなんなっちゃいました。
あと記憶が確かなら使者巻き込みネタはカミさんアレンジだったような気がする。(うろおぼえ)
最後の一言はタイトルに使いたくて仕方なかったのですが、題だけでオチが分かってしまうのでタイトルは英文にしてみました(笑)
それにしてもこういうとき自分の力量が如実にわかります…。ばかっぷる書くのってこんなに難しかったんですね。書きたかったバカップル度の半分も表現できてないヨ!(涙)
それでもまあ自分の限界を目指して、書いてる自分がムズ痒いほどの甘さを目指してみましたよ!砂吐く通り越して砂糖吐きそうになりましたよ!わはははは!(どっかネジ飛んだ)
そして入れるか入れまいか迷いながらも入れてしまったセクハラシーン(笑)いやー某Nさんとこで騒いでたら尻に触れたくなって(ちったぁオブラートに包めや)
瑞葉さん主催のチャットで生まれたネタなので、瑞葉さんに捧げます☆返品可。というかあまりのバカっぷりに突っ返される気がする。