ダンス・ステップ


太陽も地平線に沈みだす、夕刻の騎士団の訓練場。若い男たちの掛け声と、模擬剣による剣戟が響くそこへ、小柄な少女ひとり。
剣戟音が一際激しくなり、打ち合う剣の一つが甲高い金属音をたてて見習い騎士の手から飛び、訓練場の床に転がった。

「―――そこまで!各自、模擬剣を片付けろ。今日の訓練はここまでとする」
『ありがとうございましたッ!』

クレベール大尉の低い声を合図に、騎士見習いたちは、一斉に礼をとる。
一日の訓練で疲れ果てた彼らは、あるものは食事へ、あるものは宿舎へと、ぞろぞろと思い思いの場所へ散っていった。

訓練場からの人の流れが途絶えたのを見計らい、少女がひょいっと顔をのぞかせ、ひらひらと手を振りながら、居残っていた少年に声をかけると、笑顔で振り返った。

「あ、メイ。今日は早かったな」

「目の前に人参がぶら下がっていれば、全速力も二割増しってなもんよ!」

「あははは……で、今日の『ニンジン』は?」

「こないだの喫茶店の特製ビッグパフェ。明日のお昼にね」

「おっけー。じゃあ、今日もよろしく、センセイ。」

その日夜遅くまで、訓練場の灯りが消されることはなかった。





「ちっがーう!ふみ出す足と上げる手は同じほうを出さないって教えたでしょ!」
「足が揃ってるときは、腕は閉じないの!脇、もちっと意識的に開いて」
「足元見ない!目じゃなくて身体で覚えるのよ!胸を張る感じでやってみて」
「手の動きはなめらかに!指先までとはいかなくても、手首くらいまでは神経使いなさいよ」

シルフィスが、消灯の時刻を伝えに来るまで、メイの「指導」は続いた。




その夜。シルフィスの部屋のベッドに、寝っ転がり、メイはうーん、と伸びをする。
ふにゃ、と気を緩めたような声にシルフィスは微笑をこぼしながら、ベッド脇のサイドテーブルにティーカップを置いた。

「お疲れ様です。メイ」

「ありがと、シルフィス」

がば、と起き上がって、メイは湯気に頬をなでられながらゆっくりとシルフィスの淹れてくれたハーブティーを口に含む。
最近のメイは週に一度、シルフィスの休暇とあわせて(つまりお泊りが出来る日を狙って)、個人的に『指導』に当たっている。(指導料はその日によってパフェだったりケーキだったりする)

「でも、メイがダンスが出来るなんて、正直意外でした」

「はっきり言うわねー。ま、人に教えられるほど覚えているのは、実際あんまないんだけど。
これでも通っていたのがまがりなりにもおじょーさま学校だったから学課にあったし、身体を動かすのは基本的に嫌いじゃなかったしね。
むしろあたしには、シルフィスの飲み込みの速さのほうが驚きだったわよ」

「ふふ、メイと同じようなものですよ。
身体を動かすほうが得意で、ダンスとまではいかなくても、村祭りでは自分で踊る機会もなくもないんで。奏者もやりましたけどね」

「あ、なるほど」

納得したように何度もうなずくと、メイはハーブティーを飲むことに集中し、しばらくの間会話が途切れた。
くいっとカップを空けてハーブティーを飲み干したメイは、おもむろに真剣なまなざしでシルフィスを見る。

「ね、シルフィス。ちょっと訊きたいんだけど。」

「はい?」

「ディアーナが、お忍びで騎士団にきたこと、あるよね。夕方に来たことって、ある?」

「え?はあ……あんまり多くはありませんが、確かに何度かは……」

シルフィスの答えに、今日の『指導』のときに視界の端に桜色の髪を見かけたような気がしていたメイは、あちゃー、と頭を抱えた。

「そーよねー。あたしんとこに夜に泊まりに来たことだってあったもんなー。やっぱ、あれ、ディアーナだったんだ……」

メイの呟きに、シルフィスの動きも固まる。
シルフィスの知る限り、ディアーナがお忍びで騎士団に来て、ガゼルやシルフィスに声をかけずに帰ったことなどなかった。
うーん、と腕を組んでうなっていたメイが、シルフィスをちょいちょい、と手招きし、何事かをこしょこしょと打ち合わせる。

「ま、いちおう、フォローも『人参』代のうちってことで。シルフィス、悪いけど協力お願いね」

片目をつぶって言う友人に、シルフィスは笑って頷いた。




それから何日かたったある日。

「教会にこんな夜に、何の用事があるんだよ?」

「ちょっと頼まれごとでね。ガゼルの手を借りたいんだよ」

適当に言いくるめて、ガゼルを連れ出したシルフィスは、教会の扉を開ける。
普段は鍵が閉まっているのだが、事前にシルフィスが根回しして、あけておいてもらったものだ。
こういった無理を頼むとき、真面目な性格であるシルフィスの信用は絶大な威力を発揮する。

燭台の蝋燭には灯がともされ、天窓からは星が見え出している。
ステンドグラスからの日差しが彩る昼日中の色彩も見事だが、夜に蝋燭によって浮かび上がる祭壇も神秘さを弥増して目を奪われる。

そして、教会の壇上には、人影がふたつ。
そのうちの一人は、教会に勤める神官エルディーア。そしてもうひとりは……

「―――って、ディアーナっ!?」

ぷん、と軽く頬を膨らませて、ガゼルを軽く睨み付けてるその少女は、クライン国の王女ディアーナその人である。
心の準備をしていなかったガゼルはわたわたと焦るが、お構いなしにシルフィスは相棒の手を引っ張っていく。
引きずられるままディアーナの傍まで連れてこられて、漸く解放されたガゼルは、なんとか我を取り戻してディアーナを見る。
ガゼルをにらみ付けるディアーナだったが、元々の愛らしい顔立ちと、年を追うごとに開いていく身長差も手伝って、
上目使いににらむその表情は(怒るというより拗ねるに近いせいもあったが)、本人が意図するほど迫力のあるものにはならなかった。

(……ていうかむしろ可愛い……)

思わず、にらまれながらもそんなことを考えてしまう。
とはいえ、ガゼルとて愛しのディアーナの機嫌を損ねるのは本意ではない。

「えーと……よくわかんないだけど、なんか俺、怒らすようなことしたのかな。えっと……ごめん」

「分からないなら謝らないでくださいまし」

にべも無い。
おろおろと困惑するガゼルに、くすくすと笑いながらも救いの手を差し伸べたのは、ディアーナの隣に控えていたエルディーア。

「姫様は、ヤキモチをお妬きになってらっしゃるのよ」

「やきもち……?」

「きゃー!よ、余計なことはおっしゃらないで!」

慌ててディアーナは傍らの神官の口を手で押さえようとするが、なよやかな外見に似合わず俊敏な動きで、エルディーアはひょい、とディアーナの手を笑顔でかわしてしまう。
どのみち放たれた言葉は取り消しようが無い。
真っ赤になってガゼルを見るディアーナに、先ほどまでとは違った雰囲気を感じ取り、ガゼルはようやく困惑から落ち着いてきた。

「俺が好きなのは、ディアーナだけだぜ?」

「―――っ!」

率直過ぎるといえば率直すぎるストレートな言葉に、ディアーナの頬が怒り以外の感情で紅く染まる。
こうなればもうディアーナの負けだ。ふうっと降参のため息ひとつ。

「…………ダンスですわ」

「―――は?」

「ダンス。メイと踊っていらしたでしょう?」

「あ、うん。練習に付き合ってもらってた」

ここまで言っても分からない鈍い恋人に、ディアーナはふたたび拗ねたように頬を膨らます。

「わたくしもガゼルと踊ってないのにって、悔しかったんですわ。
わたくしもガゼルと踊りたい……いえ、ちょっと違いますわね。ガゼルと踊るのは、わたくしだけでいてほしいんですの」

恋人がご機嫌ななめな理由は、そんな可愛いヤキモチであることを知り、嬉しいような照れくさいような気持ちがガゼルの胸に溢れる。

「ディアーナ……」




「姫、いいことを教えましょうか。メイって、ああ見えて意外に厳しくて、失敗すると最初からやり直しさせるんですよ」

何を言い出すのか、と揃ってクエスチョンマークを飛ばす二人に、にっこりと微笑む金髪の騎士。

「だから、ガゼルは1曲を踊りきれたこと、ないんですよね」

―――だって、初めて1曲通して踊るときの相手があたしじゃ、役者不足ってもんでしょ?

一度、初心者にちょっと厳しすぎるのではないかと諫言したときに、悪戯っぽく笑って言ったメイの言葉。
今ならば、シルフィスにもその言葉が意図していたことがわかる。
シルフィスの言わんとすることを察した二人は、思わずお互いの顔を見合わせ、その後照れたように視線をそらした。



シルフィスが、教会の片隅に忍ばされていたリュートをエルディーアから受け取る。
それを構えてから目配せをすると、エルディーアは教会に備え付けられている大きなパイプオルガンの椅子に腰掛ける。
その白い指がパイプオルガンの鍵盤の上をすべらかに動き出し、シルフィスの指もリュートを爪弾いてゆく。

優雅で、かつ軽快なメロディが、教会中を満たしていく。

その音楽と、奏者以外は二人きりの教会の雰囲気に背中を押されるように、ガゼルは勇気を振り絞ってディアーナに無造作に手を差し伸べた。

「―――ヘタだぞ」

照れたようにそっぽを向きながら言うそんな仕草が、伸びた身長に似合わぬガゼルの子供らしさを覗かせて、
ディアーナは拗ねていたことも忘れて、思わずくすりと微笑んだ。

ディアーナは返事のかわりに、差し出された手に自分の手を重ね、そして二人はぎこちないながらもゆっくりと壇上を舞っていく。
奏者二人のほかに見る者も無く、お互い華やかな礼装でもなかったが、踊る二人には関係のないことだった。


荘厳な教会に満ち満ちる、二人の奏者によって奏でられる音楽は、メヌエット。
その曲にあわせて踊る二人が踏むのは、ダンスのステップか、はたまた恋のステップか。
その答えは、踊る二人の瞳の中に―――


拍手お礼創作 ガゼル×ディアーナ 100のお題N0.45「リズム」。

「メヌエット」は、仏語で「小さなステップ」という意味があります。