生涯好敵手





「………で、新婦は父と腕を組んで、
祭壇の前で待つ新郎のもとに連れて行ってもらうもの、と教わったのじゃが。
あいにく私にはこちらに父はおらんでな。……それで」

俺と向かい合い、葵はそう切り出した。


「……頼みたいと思う者が……おるのじゃが」



アロランディアの常識を知らないに等しい葵に、
マリンや俺がこちら風の結婚式を事細かに教えていたさなかの事だ。

「……誰だよ」

いささか不機嫌な声で促して聞き出したその名前に、
俺は複雑な気持ちをさらに深めるはめになった。





式当日。

異様に熱意あふれるマリンとアクアのタッグに、
半ば引きずられるように控え室に着替えのために葵が連れて行かれ、
廊下で顔をつきあわせる羽目になったその人物に、俺は言葉をかけた。


「――あんたが引き受けるとは、正直思いませんでしたよ」


俺の言葉に、目の前の人物の、元々凄みのある顔が余計に厳しくなる。


『……幼少の頃より、私を陰に日向に護ってくれたのじゃ。
いっそ実の父より、相応しかろう?』

そう言って、葵が父役に選んだのは、
アロランディアで彼以上に怖れられてる人はいないだろう、と言い切れる、
――この国最高位の騎士だった。


「元候補の依頼を、無碍に断るつもりはない」

慈悲という言葉に縁がなさそうなこの人に言われても説得力に欠けていると思うが、
――俺が引き受けないと思った理由は、別にあった。


葵とソロイ様が作り出す雰囲気は、どこか別世界だ。
色恋という言葉では片づけられない何かが、そこにはあった。
そう、まるで互いを昔から知っているような。


「若造だからって、あんまなめないで下さいよ。
惚れた女と、自分以外の男が妙な雰囲気作ってるつーのに、
それに気付かないほど、ぼんくらじゃないつもりっすから」


途端、俺はソロイ様の射抜くような視線に曝される。


誰かがその場に居合わせていたのなら、一気に冷えた空気を感じ取ったかも知れない。
それほど、ソロイ様の発した視線は冷たく鋭く――かつ、真摯だった。



「一言だけ言っておく」


その言葉の直後、しゃらりという金属音が響いたかと思うと、
白銀に煌めく光が俺の首筋に当てられていた。



「――もし葵殿の瞳が涙で曇ることがあらば、即刻、首と胴体が生き別れになるものと思え」


俺の首筋に当てられた、剣の切っ先の冷たさ以上に、
その眼差しの鋭さに背筋に冷や汗が流れる。



ソロイ様は本気だ。

それがすとんと俺の心の中に落ちてくると、むしろそれに安堵した。



――ようやく、本音を見せたな。


俺と葵との結婚式当日にもなってこう思うのも妙なものだが、
まるで他人を歯牙にもかけないような態度に、俺は焦りに近いものを感じていたのだ。


『幼少のころより護ってくれた』と、葵は言った。

どこの国とも知れぬ場所から来た葵と、過去がはっきりしない、ソロイ様。
彼らの口からはっきりとは聞いたことこそないが、二人の間には、少なからぬ因縁があるのだろう。
二人の世界に入ってはいけない俺は、隔絶される。

幾度葵を抱いても、それだけは消えなかった。



だからこのとき、ようやくこの人と対等の立場に立てたような、
そんな不思議な安堵感があった。


俺はソロイ様のその射抜くような視線に真っ向から立ち向かう。


「肝に銘じておきますよ、ソロイ様。
もし俺が葵を裏切ったなら――どうぞこの首、刎ねてやってください」

ソロイ様は無言で俺とにらみ合っていたが、ややあって、剣をぱちん、と鞘に収める。
踵を返してその場を立ち去ろうとする後ろ姿に、俺は問いかけた。


「――失礼ついでに。……理由、訊いてもいいですかね」

「理由だと?」

「……あんたが本気で葵を口説き落とそうと思ったなら、
俺は分が悪かったかもしれねーって、今でも思ってますよ。
もちろん、今更あいつを手放すつもりはさらさらありませんが」


「……愚問だな」

「そうかもしれませんけどね。俺はあんたの口から聞いておきたい」

「……………」

ソロイ様は、振り返らなかった。
振り返らぬまま、再び歩を進めだす。

「………葵殿が、お前を選んだからだ」


ソロイ様のその言葉の重みを胸に刻んで、俺は後ろ姿を見送った。




厳かに、式は始まった。


神殿の窓から差し込む、気持ちよいほど晴れ渡った空から降り注ぐ光を受けながら、
祭壇の前で、花嫁がくるのを待つ。


扉が開かれ、白いドレスに身を包んだ葵が、ソロイ様に手を引かれ、ゆっくりと歩いてくる。


白いドレスによく映える黒い髪を美しく結い上げた葵の手を引く黒髪の神官の姿は、
まるで本当の親子のようにも、長年連れ添った恋人のようにも見えた。


祭壇前の俺の元に辿り着き、ソロイ様の手から俺の手へと、
葵の繋ぐ手がゆっくりと移される。

俺の手に自分の手を重ねながら、葵はソロイ様を見上げて微笑んだ。

ソロイ様は何も言わずに僅かに瞳を細めたが、
葵が俺のほうへと身体の向きを変えたとき、
ソロイ様の唇が声なく動いたのを、俺の目は見逃さなかった。




葵に気付かれないように、そっと、口の端に昇らせた声なき言葉。


多分、ソロイ様は、二度とそれを口にする事はないだろう。

――仮に葵が俺と別れたときには変わるかも知れないが――
俺が葵を裏切ることも、葵が俺を裏切ることもあり得ないから。


一度腹の中に飲み込んだ事はちょっとやそっとでは表に出さない。
言わないと決めた事は、墓場まで持っていく。

――この人の棺桶は、さぞかし重いことだろうよ。



改めて、この手の中にある存在の重さと大切さと、
――俺の傍にいることを選んでくれた幸せをかみしめた。



俺には珍しく厳粛な気持ちで誓いの儀式も滞りなく終え、
神殿入り口で友人知人の祝福(や一部妬み)を受けながら、
俺は傍らの葵の肩を抱き寄せると、そっと言葉を紡いだ。


「俺、お前の事、絶対幸せにするから」


我ながら、らしくないほどまじめに言ったその言葉に、
葵は苦笑を零して、レースの手袋をはめたその手で俺の頭を軽く小突いた。

「うつけもの」

「――って、なんだよそれ。せっかく俺が真剣に」

「何をおぬし一人で気負っている。
私の幸福も、おぬしの幸福も――人生は、二人で紡ぐものじゃぞ」

俺の頭を小突いた手を、今度は俺の腕に絡めてきた。
自然、より近くに寄り添う形になる。


「私が互いの人生の紡ぎ手に選んだのは、おぬしじゃ」


そういって、葵は優しく笑んだ。


冴え渡る銀の月のような凛々しさに、暖かい太陽のような柔らかさが加わって、
――俺はいっそう葵に魅せられる。



とろけるような空気は、続いた葵の言葉で凍り付いた。

「もっとも、おぬしの行動が目に余るようなら、即刻離縁するからの!
ちょうど実家になる場所もできたことだし」


「……は?」


「なんじゃ。あやつから聞いておらんかったのか。
結婚する前に、アロランディアに戸籍を作る必要があると言われてな」

………なんか、悪い予感がするぞ。


「……もともと、あやつとは浅からぬ縁もあることだしの。
必要な手続きはもう全部あやつが済ませおったゆえに、
今は戸籍上も、私の義父じゃぞ、ソロイ殿は」

――――はぁっ!?


「聞いてないぞ!そんな大事なこと、なんで俺に言わないんだよ!」

「ソロイ殿が、アークには自分から話しておく、と言っておったのでな。
……忘れておったのか?あやつ」

群衆の中に視線を走らせると、不敵に笑う長身の神官と目が合う。

――わざとだ。絶対わざとだあんにゃろう!


恋敵なら、俺が葵を手に入れた時点で勝利宣言だけど、
父親に娘を愛するのをやめろと言うわけにもいかない。
――永遠のライバルだ。


「――上等だ!」

受けて立ってやろうじゃないか。
葵をめぐってなら、一生をかけるに相応しい。



「――葵」

俺は葵の肩を抱きなおす。
訝しげに見上げてくる葵に、不敵に笑った。



「言い直しだ。――俺の生涯かけて、俺の本気を見せてやる」

100のお題、No,7「負けられん」でした。

結婚式って、新郎新婦が一緒に入場してくるパターンと、新郎の元へ新婦の父親が新婦を連れ添ってくるパターンと、二通り見るんですよねー。
で、今回は後者のパターンで。「知ってるのと違う!」と思われても抗議してこないで下さいー(笑)

葵の父親に、ちゃっかりとおさまるソロイ(笑)
浮気なんてもってのほかですが、そうでなくても、葵さん怒らせられませんね(笑)アーク!
葵さん怒らせたら、必然的にソロイが一緒に敵に回ります(笑)
アロランディアで一番容赦のないタッグだ(笑)……怖い(笑)

ライバルな話なのにリュートじゃないのは、個人的にリュートはマリン推奨だからです(笑)
たぶん、式場ではマリンの隣にちゃっかり陣取ってることでしょう(笑)
にしても、アークが幸せなアーク葵創作って、初めてに近いですね(笑)「慟哭」は思い切り悲恋だし「眩い宝」は微妙にアークが落ち込んでるので(笑)