奥様はお転婆少女



中央広場に一人の少女が楽しそうに買い物をしていた。

「え〜っと後は…あ、それからそのリンゴも一山くださいな」

「へい、まいど!ちょっとした量だが、大丈夫かい?」

「だーいじょーぶですよ!こう見えてもそんなにやわじゃないですから」

少女の腕には少し大きい袋に、買った品物を沢山入れて、
店の主人に手を振りながら、少女は中央広場を後にする。

その少女は、一見どこにでもいそうな町娘風の服を着て、
家事に携わるほとんどの少女がするように、髪をスカーフでまとめていた。
だが特徴的なのはその髪の色。
桜の花を濃くしたような珍しい薄紅の髪は、遠目にもそうとわかる。



その姿は、いい意味でも悪い意味でも人の目を引く。
すれ違いざまに肩がぶつかった男の腕が、乱暴に少女を引き留めた。

「よぅよぅねーちゃん。人にぶつかっておいて挨拶もなしかい?」

典型的な破落戸である。
少女は無駄と思いつつも、一応笑顔を浮かべて男に謝罪してみることにした。

「ごめんなさい、急いでいましたから。非礼はお詫びします」

むろん…これくらいで解放してくれるような輩なら、
最初から因縁なんぞつけはしない。
男は下品としかいいようのない笑いを浮かべた。

「へんっ、口先だけの言葉じゃ足りないなぁ。
ちょっとばっかり俺とつきあってくれたら、許してやってもいいけどよ」

あんまりといえばあんまりにも型にはまった展開に、少女はため息をついた。

その男が少し王都の情勢に詳しければ、わかったはずだった。
年の頃なら16、7で薄紅の髪の少女といえば、王都ではただ一人。
赤炎騎士団長、レオン=デュランダールの妻、アシャンティだと。




一方、こちらは騎卿宮。

響いたノックの音に、赤炎騎士団長レオンは「入れ」と返事を返す。


「…団長、今し方、巡回兵から連絡が入りまして…その……」

「なんだ?早く言え」

歯切れの悪い部下の様子に、レオンは先を促す。

「はぁ…その…奥方様が…」

「!!アシャンがどうかしたのか!?」

突然叫ぶように執務机から立ち上がったレオンに
気圧された騎士団の青年は、数歩後ずさる。


「は、はい、その…奥方様が、街で破落戸にからまれて…」

「何だと!それで、アシャンは無事なのか!?」

「それがその……」

「何だ!はっきり言え!」

「奥方様は……その破落戸を返り討ちにして、巡回の者に引き渡したそうで…」

「な……んだってぇ!?」




「治安のいいアルバレアの王都でも…
貴方みたいなのっていつまでたってもいなくならないのね。
最後に、選択肢をあげます。
素直に立ち去るか、この場で成敗されるか。好きな方を選びなさい」

「んだとう!?このアマっ…!」

アシャンティは買ったばかりのリンゴを一つ掴むと、
掴みかかろうとした男の顔面めがけて勢いよく投げつける。
男は慌てて身をかわすが、アシャンティはその隙を狙い澄まし、
素早く身を屈めて、足払いをかける。
いきなりバランスを崩された男は、つんのめった体を立て直すこともできず、
そのまま地面にその身を打ち付ける。

「『フラム・ベルジュ』!」

男が起きあがろうと上半身を起こした直後、
その脇を掠めるように魔力弾が地面を撃つ。

ゴウッ!という音とともに、地面の焼けこげた匂いがその場に広がる。

たらっ…

男の頬に、冷や汗が落ちる。

「選択肢は、もうあげましたからね?」

髪を纏めているスカーフをシュルッと解き、少女の豊かな髪が風になびく。
少女の掌に新たな魔力光が宿ってるのを目にし、男はがたがたとふるえだし、
いかに自分が因縁つける相手を誤ったのかということを思い知っていた。

「ひ…ひぃっ!」

這々の体で逃げ出そうと少女に背を向けて駆け出そうとした男の首筋に、
素早く追いついた少女の手刀が強かに入った。
男が再び地面に倒れ、意識を失ったのを確認し、少女は苦笑いを浮かべた。

「……本当に魔法で撃つわけないじゃない」


剣術・武術・魔術・法術…。
聖騎士から直々に指導を受けていたアシャンティの腕は、
聖騎士のそれには及ばないものの、そこらの新米兵士の腕を軽く凌駕している。

おそらく候補生の中でもアシャンティの実力は群を抜いていただろう。

アシャンティ自身が聖乙女よりもレオンを選んだため候補生ではなくなり、
聖乙女としての魔法こそ使えなくなったが、それを差し引いてなお、
アシャンティの強さは、聖騎士たちが嘆息するほどであった。

――街の破落戸程度、たとえ1ダース集まったとしても、
アシャンティ一人に、敵うものではなかった。




「君が強いのは認める。だからと言って、
一人で破落戸を相手にするなんて真似しないでくれ!」

騎卿宮へ連絡が入ってすぐ、レオンは可能な限りの早さで執務を片づけ
(ぶっちゃけて言ってしまえば、後回しにできるものはほったらかして)
街外れにある自分の家へと大急ぎで戻り、
なにもなかったように食事の用意をしているアシャンティに声を荒げていた。


「相手と自分の力量くらい見極めることくらいできます。
無茶な争いなんてしませんから、大丈夫ですよ、レオン様」

「そういう問題じゃない!」

間髪入れずに怒鳴られ、流石にアシャンティはびくっと身を竦める。
レオンは怒鳴ったあと、ふうっと息を吐くと両手をアシャンティの肩に乗せ、
アシャンティの肩に自分の頭を乗せるようにして深くうつむいた。


「…頼むから、心配させないでくれ…」


「ごめんなさい、レオン様…。だけど…。
レオン様はアルバレアを護るために頑張っていらっしゃるでしょう?
私も、ほんの少しでいいから、そのお手伝いをしたいんです。
戦場へついていくことはもうできませんから…」

「…だから、街の治安の向上の手伝い……ってことか?」

藪をつついて蛇を出した。
その言葉は「これからも破落戸相手に喧嘩します」と宣言したようなものである。

「はい。…いけませんか?」

アシャンティの瞳が潤んでいく。

――まずい。

レオンの脳裏に警鐘が鳴る。
泣いている女性はとんと苦手なレオン。
それがアシャンティともなれば、困惑も最高潮である。


「…………………………………………絶対に無茶はしないでくれよ」

「はいっ!絶対に無茶はしませんっ!」


嬉しそうにアシャンティはレオンに抱きついた。
レオンの腕に自分の腕を絡ませて、楽しそうに笑う。

「1個ダメにしちゃったんですけど美味しいリンゴ買ったんですよ。
甘さを押さえたアップルパイの作り方教わりましたから、
夕食のあとで食べてみてくださいねっ♪」


にっこりと、アシャンティが笑顔を浮かべる。

女性の涙にも弱い。
アシャンティの涙にはもっと弱い。
だが結局のところレオンは、アシャンティのこの笑顔に一番弱いのだった。




――その後、街からは破落戸が陰を潜めたことだけ、追記しておこう。

fin.


つばささんにいただいたアルバレアイラストを眺めているうちに書きたくなって、
勢いに任せて書き上げた創作です。
本当は中央広場あたりでデートしてる二人を書く予定だったのに、どこでこーなった(笑)?
はっきりいってコメディですね、これ(笑)ああ、シリアスなアルバレア創作を書ける日はくるのだろうか(笑)