moratorium




きっかけは小さなこと。

たとえば不意に見せた笑顔に心惹かれたり。
たとえばちょっとした言葉に意表を突かれたり。
たとえば一瞬の情景に、目を離せなくなったり。

きっとそんな小さな事の積み重ね。


いつからなんて覚えてなくて。

僕に笑いかけてくれることが嬉しくて。
君との何でもない会話が楽しくて。

いつしか『特別』になっていることに気づくのも、
そんな他愛もないことからで。


気が付けば、君はすんなりと僕の中に馴染んでる。

なんとなく、わかってる。
きっと君の中にも僕が馴染んでる。


言葉のない、微かな心の交流を楽しめる贅沢なとき。

執着も、独占欲も何もかも。
今このひとときだけは、流れる水にさらわれて洗われる。

今が、とても心地いい。


――ほら、君がわらった。






きっかけはささやかなこと。

たとえば不意に見せた仕草に心惹かれたり。
たとえばちょっとした優しさに胸をときめかせたり。
たとえばとるに足らない言葉が頭を離れなかったり。

きっとそんなささやかな思いの成長で。


いつからなんて覚えてなくて。

私に見せてくれる笑顔が優しくて。
貴方との何でもない会話に一喜一憂して。

いつしか『特別』になっていることに気づくのも、
そんな他愛もないことからで。


気が付けば、貴方はすんなりと私の中にとけ込んでいる。

なんとなく、感じてる。
きっと貴方の中にも私がとけ込んでる。


棘を知らずに花を愛でるように、ただ安らげるとき。

嫉妬も虚栄心も何もかも。
今このひとときだけは、風にながされて洗われる。

今が、とても気持ちいい。


――ほら、貴方が笑った。





囁けば囁き返してくれるだろう。だけど言わない。
手を伸ばせば触れられる。だけど触れない。

触れあわない距離で、ただ言葉を交わして。
視線を交わして、微笑みあって。


そんな曖昧な距離と位置。

それが、今の二人のスタンス。



ねえ、もう少しだけ、このままいよう?

もうすぐ二人は変わってしまうから。

それはきっと幸せの領域の出来事なのだろうけど。

踏み出してしまえば、もう戻れないから。
踏み出すのは怖くない。
だけど、戻れないのは、なんとなく怖い。



今はまだ、臆病でいさせてほしい。
傷つくことを畏れる子供でいさせてほしい。


恋の優しさに、甘えさせていて。
愛の激しさを知る前に。


暖かな泉の源泉に、しばらくたゆたっていよう。
風の声に耳を澄ませて、日だまりで穏やかな眠りを貪ろう。
乳飲み子がただ安らぎを求めるように、暖かな腕の中で微睡もう。
心地よいそよ風の吹く中、羽を休めていよう。


嵐から守られた巣から飛び立つ勇気を持てるまで。
ともに肩を並べて歩けると、自分に自信を持てるまで。



今の曖昧な関係を楽しむ猶予期間(モラトリアム)はあと少し。



だから、今だけは。
今だけはこのままで――。



fin.

茉莉さんのお誕生日にお贈りしました。
期日間近になってもプロットがまとまらなくて、8日前くらいには諦めかけ、5日前にネタを考え、3日前に形をつくり、そして日付変更とともに贈った、というなんとも慌ただしいものでありました。
恋人同士になる一歩手前の二人のモノローグです。
今回は珍しくタイトルの方が先に決まりました。私の創作にしては短いです。
まとまってるのか、それとも単に話が続かないだけなのか…多分後者。