守られない約束



細かく波打つ赤茶の髪を優しく撫でてやりながら、
おれは愛娘の寝顔を飽きもせず見つめていた。


「可愛いなぁ、グレタは」

我ながら親バカ発揮な発言だが、心底本気だ。
ヴォルフラムも相づちを打ちながら同意をしてくれる。

「ああ。利発だし、素直だし、良い子だしな」


「絶対絶対、大きくなったら、引く手あまたの美少女になること間違いなしっ!
ユーリのお嫁さんになるーって言ってくれるのも今のうちだよなー。
あと数年もしたら、『お父さま、私この人と結婚します』とか言い出すのかなぁ。
そんでもって、おれはその男に『お前に娘はやれーん!』とか言って殴ったりすんの。
……あう〜……想像したらなおさら手放したくなくなっちゃったよ、グレタ――っ」

眠る義娘の隣で、勝手な想像でじたばたし始めたおれを見ながら、
ヴォルフラムが呆れたような溜息を漏らす。

「なにを言ってるんだ、ユーリ……」

う、やっぱり大人げない?
でもお約束というか、男のロマンというか、男親の心理というか。
そういうのをちょっとくらい理解してくれたっていいじゃないか。

「殴るだけで済ますなんてとんでもない。
黒焦げにした上に僕の剣で三枚に下ろしてやる!」

………ヴォルフラムのほうが過激だった。



「でも子供の成長って、ほんとに早いもんな。
今のうちから多少は覚悟を決めておかないと、ほんとにやるよ、おれ。たぶん」

しかし、見知らぬ男を連れてくるならまだやりやすいが、
よりによって『伯父様と結婚したい』とか言い出したらどうしよう。
グウェンダルとか、今ここにはいないけどコンラッドとか。彼らを殴れるか?おれ。

……いや、いきなりヴォルフをひっぱたいた前科のあるおれの言う事でもないかもしれないが。


また勝手な想像でぐるぐるし始めたおれをよそに、
ヴォルフはグレタの寝顔を見ながらまたひとつ溜息をついた。

「……グレタはアニシナやギーゼラに憧れてるみたいだからな。
彼女たちと結婚したいと言い出さなければいいが」


さらりと爆弾投下。……………うぁ、そーか。それもアリか、眞魔国。





ヴォルフラムは、ベッドから身を起こすと、テーブルの水差しからグラスへ水を注ぐ。
ぐいっと一息に呷ると、ふうっと溜息をこぼす。
今日のヴォルフラムは溜息ばっかりだ。

「ユーリ」

「え?」

「もう一度確認するぞ。聖砂国行き。決意は変わらないんだな」

「……うん。グレタにも言ったしね」



聖砂国へ向かう使者であるギュンターに内緒で、
その船に密航して聖砂国へいくつもりだと、おれたちはグレタに打ち明けた。

舌の根が渇かぬうちにまたいなくなるのを許してくれと請うた。

絶対にかえってきてね、と請われて。
絶対に帰ってくるよ、と約束して。

幼いのに理解のありすぎる義娘は、困ったような笑顔で許してくれた。

おれはグレタの髪をもう一度くしゃりと撫でる。
ワガママな父親たちでごめんな、グレタ。



「ヴォルフも、いつもいつも付き合わせてごめん」

彼はいつでもおれに付き合ってくれる。
なんだかんだと文句を言いながらも、結局はおれの意志を汲んでくれる。

今更のような謝罪に、ヴォルフラムは、何をバカな事を、と言いたげに眉根を顰めた。
グラスを手にしたまま、彼は部屋の壁に背中を預け、腕を組んだ。

「僕以外の誰が、ユーリみたいなへなちょこを護れるというんだ」

「…………………へなちょこゆーな」

護らなくていいよ、とは言い出せなかった。



護ってくれなくてもいいから、生きていてほしい。

それは、王になってしまったおれが望むには、周りが許してはくれないこと。
付き合わせてしまってるおれが望むには、おこがましいこと。
地球の友人も言った。おれは護られることに慣れなくてはいけないと。

でも、そう願うのはやめられない。


正直にそう言ったら、ヴォルフはおれの自覚のなさを怒るだろうから、言わないでおくんだけど。

おれは、ベッドを離れヴォルフラムの傍までいくと、彼のその細い肩を組んだ。

「……うん、頼むよ。最後まで、傍にいてくれるんだろ。ヴォルフ」

「…………当たり前だ」



ちょっぴりくすぐったさを感じるような静寂が続く中、
ヴォルフラムは肩に廻されたおれの腕に、そっと白い指を添えた。
右手にはグラス、左手は腕に手を添えて、まるで酒場で口説かれてる女性みたいだ。
……………実際に見たことはないけどさ。



「……ユーリ」

天使の美貌で至近距離で見つめられ、不覚にもおれはちょっと狼狽える。
いやいや落ち着け自分。別に肩を抱いてるわけじゃなくて肩を組んでるんだ。
いつもいつでも一番傍にいる奴なのに、なんでこうドキドキしちゃうかな。

おれの狼狽をよそに、ヴォルフラムは真剣な眼差しで腕を掴む手に力を込めた。

強く射抜かれる視線に耐えかねて、視線を逸らそうとしたおれに、
ヴォルフラムは「逸らすな」と短くぴしゃりと言った。

「僕が生きている間は、僕から目を逸らす事は許さない」

「……ヴォルフ」

「だが、僕が死んだら……」

そこまで言って、ヴォルフは俯いた。
いくつかの逡巡のあと、キッと見上げたヴォルフラムの視線は、彼の操る炎のように苛烈に感じた。

「僕が死んだら、僕の事は忘れて、新しい伴侶を見つけろ」


そのとき、今日の御前会議で、彼の様子が重なって見えた。
――とうに覚悟は出来ている、と宣言したヴォルフラム。
何の冗談を、と笑い飛ばすには、彼の言葉は現実味を帯びすぎていた。



「ヴォルフ、でも……」

「――いいなっ!?」

反論は聞く耳持たず、約束を強制してくる三男坊。

……まっとうにいけば、平均寿命80年な地球産のおれのほうが、
確実に先に死ぬとは思うんですがー。

彼がこうなったら是という返事以外は聞き入れないのは、
長くなった付き合いでよく分かってる。

「――わかったよ。……でも」

「でも?」

「おれより先に死ぬのは許さないからな。
そんなことになったら、おれも約束を履行しない」

「――っ、それじゃあ意味が」

「命令」

「うっ」

命令なんて言葉を使うのは卑怯だってわかってる。
でももう、当たり前のように傍にいた人がいなくなるのは嫌だから。


おれの行方不明から始まったカロリアでの一件が、
ヴォルフに影響を与えたんだということもわかるけど、
おれも、何も感じないわけじゃないんだよ。ヴォルフ。



第一、守れるわけないじゃないか、そんな約束。
ヴォルフラムを忘れろなんて。
こんなキョーレツで印象的すぎる押し掛け婚約者を、どうやって忘れろっていうんだか。

「死んだら、許さないからな、ヴォルフ」

念を押すように言った言葉に、ヴォルフラムの苦笑混じりの溜息が返る。

「………僕は、死なない。だから、僕だけ見てろ」

それが、彼なりの最大限の譲歩。



甘えてるって、わかってる。
卑怯で臆病だってことも、わかってる。

彼がまっすぐに向けてくれる感情に、応えられてはいないけど。
でも、おれの胸のこの気持ちに、名前を付ける勇気はまだ持てないから。
――今は、まだ。


だから、卑怯なおれを許してほしい。
もう少しの、間だけ。

100のお題No.33「拒絶」でした。
グレタとの約束は守るけど、守れない約束もある、てのを書きたかったんですが……なんか失敗。
あ、グレタとの約束は捏造です(笑)
でもユーリ達出立の時にグレタ眞魔国にいたんだから、絶対話に上がったよなと。
つか何も言わずに出てきたら、最低の父親よーっ(笑)?
聖砂国編の話が進んで、グレタがこの話と矛盾するように関わってくるようだったら、この話、削除します。

にしても、三作目にしてようやくまるマ創作に主人公が出てきたよ…(笑)
ユーリが自分の気持ちに自覚持ちかけてます。
露骨にユヴォルじゃないつもりですが、ほんのりユヴォル。そんな感じでよろしく。