眩い宝



今日、リュートがダリスへと旅立つ。
一連の騒動の真実は一部の人間の記憶の中に残されて。

寮に残されていた僅かな荷物を引き取りに、騎士院を訪れたのは先日の事。
船の手配、騎士院や神殿の雑多な手続き、全てを片づけて、今日の夕方の船で、リュートはアロランディアを去る。

「…行かぬのか、見送りに」

自室のベッドでおとなしく養生しているアークの傍らで、
黒髪を一括りにした異国風の少女が、そう問うた。
アークは物憂げに首を動かし、ベッドの隣で椅子に腰掛けた少女へ視線を動かす。

――過日、彼女の天然さというこの上なく手強い壁を乗り越えて、ようやく手にした、かけがえのない恋人だ。
だが、彼女の言葉でも聞ける言葉と聞けない言葉がある。
…もっとも、アーク自身、以前から素直に聞くことのほうが少なかったが。

「………行けねーよ」

「何故じゃ。もはや蟠りのひとつもなかろうに」

子供の我が儘のような言葉では、葵は誤魔化されてはくれない。
彼女は良くも悪くも容赦のない気性だ。
嘘と怠惰と欺瞞は、彼女が最も嫌うところだ。
――それは、先頃恋人となったアークに対しても、微塵も手加減はされない。

「…こわいんだ」

「アーク?」

「…俺は、あいつを傷つけた。傷つけていたことすら、知らなかった。
憎まれていることにも気付かないまま、あいつに甘えきっていたんだ。
――今は、それを分かっているけど、それで過去の罪が消えてなくなるわけじゃない」

「――アーク……」

葵は、椅子から腰を上げ……

ぽかっ☆

妙にいい音を立てて、葵の拳がアークの頭を殴る。
加害者は腰に手をあて胸を反らし、被害者をにらみつけた。

「たわけもの!」

突然の暴力行為に抗議する前に、葵の怒声が飛んだ。

「何がたわけだよ」

「たわけで悪ければうつけじゃ。おおうつけじゃ!
アーク、おぬしもう少しリュートを信用せんか」

「信用って…お前ね。俺がリュートを信頼してなかったことがあると思ってんのか?」

「現に今信頼しておらぬではないか。
あやつがそんなに弱い人間ではないこと、おぬしが一番知っておるであろうが」


葵は椅子に座り直すとアークの脇腹のあたりに手を伸ばし、ぽんぽんと軽く叩く。

「…痛むか?」

主語を省いた言葉だが、それが何を指しているのかは言われずともわかる。
葵の手が触れているところには、リュートから受けた刺傷がある。

「…いや、もうあんまり。薬と治癒魔法のおかげでだいぶ塞がってきたし」

アークの返答に、葵は我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべる。

「そうであろう?――傷というものは、癒えるものじゃ。
いつまでも生(き)のままの傷などはないということよ。
傷痕が残ろうとも、ときに疼くことがあろうとも、傷ついたそのときの痛みが甦るわけではない」

慈しむようにアークの傷を服の上から一撫ですると、
そこから手を離し、葵は居住まいを正した。

「おぬしたちは私にとってよき友であったし、私自身もぬしらにとってよき友であろうと努力してきた。
そして、おぬしたち同士もそうであったであろう?
ただ、互いに求める世界の姿は違ったが――言うてみれば、それだけのことじゃ」

「…お前、簡単に言ってくれるね」

「突き詰めれば、すべてのことは単純にできているものじゃぞ。
おぬしの過去の振る舞いや、あやつのした行いは罪であるやもしれぬが、――罪は贖えばよいだけのこと。
アーク。おぬしの友は、おぬしが誇るにたる人物じゃ。
それは変わらぬ。誰にはばかることなく、誇るがよい。
口さがない者達の言葉は気に留めるな。むしろおぬしの得意技であろうが」

葵にそうきっぱりと言い切られてしまうと、本当にひどく単純なことに思えてくる。
そう、きっと、リュートへの信頼は、ずっと変わってなんていなかった。
くつくつと笑いながら、アークは少しだけ軽くなった心を感じていた。
ひとしきり笑いが収まると、静かに瞼を伏せる。
もう一度目を開けたとき、心は決まっていた。

「――やっぱり、今は会えない。
今は、会う事だけでも、あいつに負担になっちまう。
…それくらいは、わかるようになったから」

「アーク…」

「…だから、お前に頼んで…いいか?」





夕暮れに染まり出す港で、リュートはしきりに周囲を見渡す。
見渡して――そして苦笑を零して目を伏せる。
それを何度も何度も繰り返している。

「…来るはずないって、わかってるのになぁ」

迫りくる出航の時間に背を押されるように、リュートは足下に置いた荷物を手にとって、ダリス行きの船に向かおうとした。


「――リュート!」

自分を呼ぶ声に、リュートは慌てて振り向く。
呼ばれた声の先には、こちらへ駈けてくる少女の姿。

「葵…さん?」

「…はぁ…ま、間に合ったか…はぁ…し、しばし待て…」

葵は、走ったことで乱れた息を懸命に整えようとする。

「…見送りに来てくれたの?…ありがとう。
――アークは…来ないよね。当たり前か」

「うむ…今は、会えぬと。今は会うだけでおぬしを傷つけるからと。
私はアークの名代じゃ。私から、おぬしに伝えくれと頼まれてな」

葵はリュートを正面から見据えた。

「おぬしは最高の友であった。そして、これからもそうだと。
おぬしに恥ずかしくないだけの人間になるよう努めるゆえに、――必ず、帰ってこいと。
…よいな、リュート。しかと伝えたぞ」

「葵さん……アーク…」

「おぬしからあやつへ伝えることがあるなら、請け負うぞ。
何も言う事はないのならば、それはそれで構わぬが」

「…あるよ。伝えたい事はいっぱいあるよ。
…でも、いつか、僕の口から直接伝えるから。…それだけ伝えて」

作った笑みではなく、自然な笑みで、リュートはそういった。
それを聞いた葵も、嬉しそうに頷いた。

「――うむ!何年かかろうと、直接伝えに来るがよいぞ!
アークへの伝言、確かに承った」

「うん。――じゃあ、そろそろ出航の時間だから、行くね」

リュートは船に向かいながら、一度振り返り、変わらずそこで見送ってくれている葵に、大きく手を振った。
手を振り返す葵に、少しだけ切ない気持ちを感じながら、それでも、共にあって燻っていた日々よりは、清々しい思いで。


彼女は、アークを支えてくれるだろう。
僕より優しく、僕より厳しく。

大事な大事な、たからもの、ふたつ。
僕が壊しかけた、宝箱の中に。
宝箱は僕の手から離れたけれど、箱は壊れず、宝物はまたきらきらと輝きを取り戻そうとしている。

今は輝きが眩しくて見ることができないけれど、きっと彼らに負けない輝きを手に入れるから。
輝く二人を、穏やかな気持ちで見つめられるようになるから。
――いつか。



アーク×葵なんだか葵←リュートなんだか。
アーク×葵告白直後のフォローイベントのつもりで(笑)…だって、アーク×葵の後って、仲直りエピソードが語られないんだもん(笑)リュート×葵EDにはそれらしいのあるのに(笑)
…まぁ、それを言うと、リュート×アクアもアークの事にはちっとも触れてくれないんだけどね(笑)