右手の薬指
いつからだったかは、もう忘れた。
街を歩いていると感じる視線。
あたしを通り越し、あたしの隣の男に注がれる視線。
それは羨望だったり。
それは純粋な賞賛だったり。
それは嫉妬だったり。
あたしは隣を歩く男の顔をのぞき込む。
黒くて長い艶のある髪。
髪とは対照的に白い肌。
それは人を模した物。
線対称に整った顔。
サングラスの向こうにはルビーの瞳。
それは人が持ち得ぬもの。
「黙って立ってりゃ、掛け値なしのいい男よねぇ」
「……なんだ突然」
自分の見かけにとんとこだわりのない彼は、言われた意味も分からず
――いや、意味は分かっているのだろうが、意図がわからずに、
訝しげに問いかける。
「…別に」
あたしのにべもない返答に、彼は憮然とした表情になるが、
数秒の沈黙の後、視線を逸らした。
再び、あたしは彼の様子をうかがう。
艶やかに流れる、長い黒髪を一つに纏め、
その人のものではあり得ない瞳を隠すためにサングラスをかけて、
そしてごてごてとした装飾のない、実にシンプルな服装をしている。
これで、両手にどっさりと抱えた大荷物が無ければ、
ちょっと「怖いお兄さん」系だ。
ほんとうに…人間でないなんて、言われてもわからない。
あたしたち、周りからどう見られているんだろう?
――あんたは、あたしといることをどう思ってるだろう?
「おいクリス。まだ買うつもりか。荷物を持たされる方の身にもなれ」
あたしの買い物につき合わされている彼――パルスは、
両手に抱えた二桁近い荷物を示しながら、
ずんずん進んでいくあたしを呼び止める。
「なによ、だらしないわね。たかがそれくらい、
あんたなら重くもないでしょ」
「重くなくても、かさばるものはかさばるのだ。邪魔でたまらん」
「あーはいはい、わかったわよ。それじゃ、次で最後にするから!
アクセサリーが欲しかったから、それを買って…」
あたしは、街並みを歩きながら、視線をあるお店の前で止める。
ジュエリーショップ…それも、指輪を専門的に扱う店だった。
一流とは言わないものの、良質の品物を扱っているらしいのが、
ウィンドウごしの品物の陳列から伺える。
価値や美しさよりも、それに込められる意味に乙女が心騒がすそれ。
隣の朴念仁には期待するだけ無駄だけど、やはり無関心ではいられないあたり、
あたしも普通の少女なところがあるんだな、と変なところで感心してしまった。
「…決めた。指輪がいいわ」
「指輪なんぞ、ロボット工学者のつけるものではなかろう。
機器を扱うときに危険だぞ」
理路整然と理屈を並べる朴念仁に、ベッと舌を出してみせる。
「いーのっ!あたしは指輪が欲しいのよ!
チェーン通してペンダントヘッドにするわ」
パルスは、ふむ、としばし考え込むと、
ウィンドウに飾られている沢山の指輪のうち、一つを指し示した。
「………あれがよかろう」
パルスが指さしたのは、銀のフレームに小さなルビーの納まった、
奇抜さはない、だがフォルムの美しいシンプルなデザインの指輪。
その宝石(いし)の紅い輝きは、……傍らの誰かの瞳を思わせる。
「――そうね、それがいいわ」
あたしはパルスを連れ立って店に入ると、先ほどの指輪を注文する。
店員は、品物の在庫をとりに奥へ引っ込んだ。
「それにしても、あんたも意外とセンスいいじゃない。
指輪選びの審美眼があるとは思わなかったわ」
「……お前の髪と揃いで、似合うだろうと思っただけだ」
パルスは憮然とした表情で視線を逸らす。
付き合いも長くなるからわかる。
これは彼なりの照れ隠し。
あたしは、自分の髪を一房掴んでしばし眺める。
あたしの…多少は艶やかな紅い髪。
パルスの、美しく輝く紅い瞳。
ちょっとだけ…ちょっとだけ期待してもいいかな。
店員が、包装された指輪を持って戻ってくる。
あたしは、何も言わずにそれを受け取ると、無造作に包装を破る。
あっけにとられている店員とパルスを無視し、
自分の右手の薬指に、その指輪をはめた。
「同じヤツもう一個追加ね。こいつの指に合うサイズのを」
パルスを指さしてそう言うと、店員は慌てて再び奥に引っ込んだ。
「……おい、私は金の持ち合わせなどないぞ」
「最初から期待なんてしてないわ。
あたしが言いだしといて、あんたに金払えなんて言わないわよ。
荷物持ちの礼だと思って受け取っておけばいいでしょ」
ああもう、ほんとニブチンなんだから!
再び戻ってきた店員が寄こした指輪を、
パルスの手をむんずと掴んで、やはり右手の薬指にはめる。
彼にとっては邪魔なことこの上ないんだろうが。
「私は装飾品のことは詳しくないが…、
こういう物は左手にはめるものではないのか?」
「はめたきゃはめてもいいけど。左手の薬指だと
『婚約してます』とか『結婚してます』の意味になるわよ」
「では右手の薬指はなんなのだ」
「教えたげない。調べてみなさいよ」
パルスは再び憮然とした表情になるが、
普段からクールな面をしているので、さほど気にならない。
「さ、行きましょ!」
あたしは、パルスの腕を掴むと、再び街に繰り出した。
――もちろん、指輪ははめたままで。
ちなみに、右手の薬指の意味は――――「恋人がいます」
余談だが、その後パルスはあたしと出かけるたびに、
その指輪をしてくれるようになった。
あたしも、外出の時は指にはめ直している。
端から見たら、ペアのリングをはめているカップルに見えるだろう。
その内情は…?
それはもちろん、ひ・み・つ♪
fin.
カレンさんのお誕生日に」お贈りしました、初のTS創作でございました。
リクエストを受けたのは、ちょーど私がTS熱が再燃していた頃(笑)もちろん今も好き。
内容は「人間とロボットって感じさせないくらい、自然にデートしてる二人」というものでした。
いや、これがまた難しいんだ(笑)パルス君、無口だからー(笑)
主導権はクリスに握られてるしー、指輪は買って貰ってるしー、それでいいのかパルス?(笑)