騎士の幸福



わたくしは、世間一般で言ういわゆる『お姫様』。
そしてわたくしの恋人は、騎士様。

騎士様はお姫様のために剣をとって戦う。
人々が胸躍らせる英雄詩(サーガ)の題材に好まれる取り合わせ。

だけど、英雄詩の姫は好きじゃない。

いつだって、剣士さまや勇者さまに護られて、悲鳴を上げたり泣いたりしてるだけ。
そんな足手まといな存在でいるのなんて、わたくしは嫌。
だからわたくしも剣を覚えたい、と騎士団まで押しかけて、一悶着起こした事もありましたわ。

「――その証明は、わたくしではなくて、シルフィスがしてくださいましたけど」

広場への道を歩きながらそう言うわたくしの傍らで、シルフィスは微笑った。
シルフィスは初の女騎士として、騎士団で話題になっている。
その実力は誰もが認めるところで、わたくしがかつて子供のように駄々をこねた、
『女だろうと男と対等に戦えること』を証明してくださった。

でも、やっぱり『お姫さま』なんてものは、足手まといな存在なのはそのまま。
――現実でも、それは変わらなくて。

ガゼルが強く逞しく格好良くなっていくたびに、わたくしは自分の非力さが嫌になる。


「――シルフィスのように、強い女性になりたいですわ。
せめてわたくし自身を守れるくらい。大好きな人のお荷物にならないですむくらい」


女性騎士となったシルフィスは、綺麗で、礼儀正しくて……とても強くて。
わたくしの自慢のお友達で――そして、憧れだった。

彼女は、恋人となったレオニスと共に、戦場を駈ける。
彼の傍らに立ち、彼の背中を守り、彼と肩を並べて戦う。

恋人の背中を護ることのできるシルフィスが、羨ましい。

わたくしも、剣を振るって戦うことができれば。
せめて、自分の身を自分で護れるだけの力があれば。

「――そうすれば、少なくともガゼルの足を引っ張るお姫様じゃなくなれますのに」

「私は……姫に剣を持って欲しくはありません」

わたくしのこぼした愚痴に、ぴたりと足を止めて、
シルフィスは困ったように微苦笑を浮かべてしまわれた。



「もしも、姫とあの人の、どちらかを護れと言われたら、私は姫を護ります。
仮にあの人が深手を負って自分の身を守ることが出来ない事態であったとしてもです。
そして、これが逆の立場であっても、あの人は姫を護るでしょう」

「――そんなこと、いけませんわ!」

「そうせねばならないのですよ、姫。――私たちは、騎士ですから」

シルフィスは、腰に帯びた剣に触れる。


警護の場で。
あるいは戦場で。

なにがしかの理由で傍を離れるたびに、シルフィスは覚悟をするのだと言った。

――これが、あの人を見る最後になるのかもしれない、と。

彼の強さを信頼していても、自分の鍛錬を怠らなくても、
いつ如何なるときにも命を落とす可能性を否定出来ない。それが『騎士』。

「それがわかった上で、私たちは騎士でいます。
だから、いつもその覚悟をして、戦場に立つのです。
――己が騎士であり、そして騎士を恋人に持つということは、
そういう覚悟を持ち、また相手にも覚悟を持たせるという事です」

「……シルフィス……」

「私も、あの人も、騎士以外のものにはなれません。
騎士であることに後悔もしていません。けれど、姫はそうあるべき必要はないのです」

シルフィスはわたくしの手をそっと取った。

「――姫のこの手は、剣をもつためにあるのではないのですから」


わたくしは、自分の手をじっと見つめる。

白くて、細く、美しいと誉めそやされる手。
優雅と言われるよう、見た目も仕草も整えられた指先。

――それは、傷つくことも、剣を持つことも知らぬ手。

では、わたくしの手はなんのために……。


そうこうするうちに、そもそもの目的地であった広場につくと、
噴水傍で待っていたガゼルに手を振りかえして、
釈然としないわたくしをよそに、シルフィスは立ち去っていってしまった。

笑顔で駆け寄るガゼルに、わたくしは笑顔を返す。

「シルフィスと一緒だったんだ?」

「ええ、お忍びを途中で見つかっちゃいましたの。
『どうせガゼルに会いに行くためでしょう』と、
呆れながらも護衛をかねて、付いてきてくださったんですわ」

そう言ってしまうと、わたくしもガゼルもお互い照れる。
わたくしのお忍びはここしばらく、全てガゼルに会うためなのが、
親しい人たちには筒抜け状態なのだと再確認してしまったから。

「――いこっか」

「ええ」




ガゼルは街中の人々と仲が良い。
一緒に歩いていると、少なからず挨拶の声が必ずかかる。
女の子を連れて歩いている事に、ひやかしやからかいの声もあがるけれど、
嫌味などではなく、親しみのある、どこか暖かな声。

ふと、わたくしは表情を翳らせる。

……もし、ガゼルの隣を歩くのが、ごく普通の街娘であったら。
そうでなくても、もっと自由の利く立場の女の子であったら。
そうしたら、ガゼルに不自由を強いたりしないですむでしょうに。

「……ガゼル。普通の女の子を好きになれば良かった、って思う事ありませんの?」

ガゼルは目をぱちくりさせる。
そして、不安げにわたくしを見返した。

「……なんでだよ」

「だって……わたくしが『お姫様』なんかじゃなければ、
ガゼルに会うことひとつとっても、こんなに面倒ではありませんのに」

「ああ……そういうことか。
ん〜……。ディアーナじゃない、普通の女の子をって意味なら、ごめんだね。
ディアーナが普通の女の子だったら、ってことなら、俺はそれでも全然構わないけど」

ガゼルはわたくしの手をぎゅっと握った。

「……でも……そうだな。俺は――お前が姫でよかったと思うときもあるよ。
だって、大手を振って、お前のために剣を振るう事が出来る。
胸を張って、お前を護るために戦うことが出来る。
剣の一振り、汗のひとしずく、すべてがお前を護る事に繋がるのが、すごく嬉しい」



「……シルフィスみたいに、好きな人の背中を護りたい、
せめてガゼルの足手まといにならないようになりたかったですわ。
……でも、シルフィスは、わたくしが剣を持つ必要はないって、そう言いますの。
わたくしの手は剣を持つためのものではないって」

繋がれたガゼルの手には、うっすらと今までの稽古や戦いで負った傷痕があり、
その手のひらの感触は剣をずっと握っているせいで少しかさついて強張った、
けれど……とても暖かな感触だった。

わたくしはガゼルのこの手がとても好き。
――けれど、自分の手は。

「わたくしは、自分のこの手が嫌いですわ。
人は美しいとおっしゃってくださいますけれど。
――だって、この手は、護られることしか知らない手。
騎士に――ガゼルやシルフィスに、戦いを強いる手ですのよ」

「……ディアーナの手、俺は好きだけど。
お前の手が綺麗なのは、俺がお前を護れている証でもあるから」

そういって、ガゼルはわたくしの手の甲にそっと口づけた。
時折みせる大人びたそんな仕草に、わたくしの胸は早鐘を打つ。


「ディアーナが剣を持つ必要はないって、俺も思うよ」

「……ガゼル」

「シルフィスが隊長の背中を守るために頑張れるのは、あいつが騎士だから。
だから、ディアーナがシルフィスと同じになる必要はないんだ」

「……よく分かりませんわ」

「騎士であること以外の責務を負ってないから、騎士としての鍛錬を積めるってこと。
でも、お前は違う。王女として。王族として。お前は負うべき責務を果たしている。
そのうえで自分の身を守る力をつけるのは、かなり無理な話だろ」

「――わたくしがガゼルのために戦いたいというのは、いけないこと?」

「いけないことってわけじゃないよ。
そこまで想ってくれてることが嬉しいさ。だけどな」

ガゼルは、わたくしをぎゅっと抱きしめて、
耳元で囁くように告げる。

「……お前は頑張ってると思うし、そんなお前が好きだ。
だけど、無理をさせたいのとは違うんだ」

ガゼルの言葉は、優しくわたくしの心に染み渡る。
けれど、それはわたくしの無力感を煽りもする。

「――でも、わたくしはガゼルのために、なにも出来ない。
戦わせて、護られて、ガゼルに傷を負わせてしまうだけ……!」


「何言ってんだ。そんなことないよ。
ディアーナは、ディアーナにしか出来ないこと、いつもしてくれてるよ」

「それって、なんですの?」

「なんだと思う?」

「――意地悪しないで教えてくださいまし」

ガゼルは悪戯っぽく笑った。

「ガゼルという騎士だけをみてくれるお姫様でいてくれること。
騎士が護るべき相手に恋をして、そして相手も自分を見てくれるって……
これ、ものすっごく幸せなことなんだぜ。分かってない?」

その答えは、わたくしの意表をついた。

「わたくし、王女であることでガゼルに幸せを差し上げられてますの?
騎士であるガゼルの、足をひっぱってはいませんの?」

ガゼルは照れくさそうに笑って、わたくしの髪をくしゃ、と軽くかき混ぜる。

「俺が好きになったのは『ディアーナ』で、王女の肩書きに惚れたわけじゃない。
お前が王女でも街娘でもなんでも、俺は構わないよ。それがディアーナなら。
……でも王女に恋した騎士を愛してくれた、それはディアーナがくれた幸せだ。
お前を護るためだけに剣を振るえる。護り抜いた先に、お前がいる。
それは、すごく幸せなことだと思う」

「――ガゼル!」

わたくしは、思わずガゼルの胸に抱きついて頬を寄せる。
ガゼルは抱きついたわたくしを受けとめて、優しく背を撫でる。

「……むしろ、俺のほうがお前に辛い想いをさせてるよ。
戦いに出るたびに、お前を泣かせてる。心配をかけてる」

「いいんですの。だって……ガゼルは帰ってきてくださいますもの。
わたくしの元へ帰ってくるという約束を、必ず守ってくださいますもの」

顔を上げると、涙で滲む視界に、ガゼルの笑顔が映る。

「ああ……騎士の誓いは絶対だからな」

それが惚れた女になら、なおさら破れっこないだろ、と笑って、
ガゼルは涙で濡れたわたくしの頬に唇を寄せた。



英雄詩の姫は好きじゃなかったけれど。
護られるだけのお姫様には変わりないのかもしれないのだけど。
――でも。
護ってくれる騎士様を幸せにできる喜びは、お姫様の特権かもしれませんわね。


fin.

勢い余ってガゼルディア創作!勢い余ったきっかけの凪さまに捧げます!(迷惑)
久々のファンタ1創作でしたが、楽しく書けました(笑)やっぱ好きですガゼルディア♪
レオシルは当初入らない予定でしたが、剣を持ちたがるディアーナをネタにしたためにシルフィスをいれ(シルフィスプレイのエピソードですし)、ディアーナの相手は当然のようにガゼルだったので、シルフィスのお相手も騎士にしないと話が繋がらなくなったために、レオニスも入れざるを得なくなりました(笑)
レオメイセイルシル好きな方への贈り物なのに、ごめんなさい、凪さま(笑)