祈誓





――――俺はずっと、お前のことが好きだった。




触れた唇が、そっと離れる。

透けるように白い肌と、真白な装束。
春の日差しの中に舞い降りた白き比売神は、頬を染めあげてその一面の純白の中に薄紅を添えた。

この先の生涯を共に歩んでほしいと請えば、控え目に、けれど確かに是の答えを返してくれる。

「そのつもりがなければ、結婚式のやり直しにだって頷かないわ」

やや素直でない、けれど隠しようもなく好意の見え隠れするその返答に、ふっと笑いがこぼれる。
額が触れそうなほど顔を近づけてその顔をのぞきこめば、花嫁も上目づかいに見返してくる。
くすくすと互いに笑いあって、くすぐったい空気が、あたりを包み込む。


「―――式を挙げてから求婚するのも、おかしな話ではあるな」

「私たちの結婚からしてどうせ順番なんてめちゃくちゃだったじゃないの。
ひとつ順番を間違えたのが加わったって、今更よ」

「なんだ、それをずっと気にしていたのか?」

「別に」

つん、と逸らした顔に虚勢を張ってるのが透けて見えて、また笑いを誘われる。

「俺にとっては、それなりに順番どおりだったのだがな」

「……え?」

少し拗ねた様子を見せる千尋を宥めるように、アシュヴィンは髪をひと房すくって口付けた。







荒野で一輪の花を見つけたような鮮烈な出逢いは、今も記憶に強く刻まれている。

美しい、とは思った。
けれど美しいだけの郎女など、掃いて捨てるほどに見てきた。
皇子という身分、支配者という立場に媚びる女たちとはまったく違うのはその瞳。

臆することなく敵刃の前に身を晒し、向けられた凛とした眼差しは、アシュヴィンの心を強く惹いた。
覇気と戦意に満ちた彼女の視線は、不可視の矢としてアシュヴィンの心を鋭く射抜いていったのだ。


出逢いの地が戦場、互いに敵国の人間なのだという事実を鑑みれば、あるいはそれもけして特異な出来事ではなかったのかもしれない。
けれど幾たびかの邂逅を経て、内面を知れば知るほどに、少女の存在はアシュヴィンを惹きつけていく。
そして気まぐれに連れ出した笹百合の谷で、ひとりの男として、ひとりの女として、ひととき心の交流を得た。

好意がひとたび形を持ってしまえば、恋に落ちるのも時間の問題で。
皮肉なことに、互いを阻む障壁となる王族の身分が、切れゆくはずであった数奇な運命の糸を結びつけた。



「一目で心惹かれた女を、深く知るにつれて恋に変わった。
恋した相手を娶って、共に生死の狭間をくぐり抜けて……それは愛になった。
―――どうだ?実に順を追った恋だろう」


話すにつれて、目の前の少女が顔を紅潮させていく様を楽しげに見つめながら、アシュヴィンはそう結んだ。
改めて赤裸々に自分への思いを聴かされて、千尋は頬が熱を持つのを押さえられない。


「お前は、違うのか?」

「……違…わない……けど」

言いよどみ、俯く花嫁の顔は、俯いた拍子にふわりと降りた紗の向こうに隠される。
無粋な紗布を再び暴けば、露わになった花嫁の表情は、幾許かの恥じらいと、それ以外の何かに彩られている。

「……けど、なんだ?」

答えを促せば、千尋はちらりとアシュヴィンを見てはすぐに視線を逸らす、といった仕草を繰り返す。
幾度目かのそれを経て、千尋は漸うそれを口の端に乗せた。

「……やっぱり、順番どおりじゃないわ。だって、あなたの心が見えなかった。
アシュヴィンが私を好きだと知っていたら、あんなに哀しい結婚式にはならなかったわ」



あのときの千尋が、アシュヴィンに恋をしていたかと訊かれれば言葉を濁すほかはない。
けれど笹百合の谷の逢瀬に心をときめかせたのは千尋とて同じこと。
想い想われて結婚するのではなく、互いの意志の在り処も知らぬまま政治的な思惑で嫁がされることは、千尋の心をひどく重くさせた。
それでも彼がはっきりと千尋に好意を伝えてくれていたのなら、あの儀式で彼の掌に自らの手を重ねることにあれほどの躊躇いは生まれなかったはずだ。

だからこそのこの結婚式のやり直しなのだということは理解できるし、それは嬉しいと思う。
けれど、恨み事とは言わぬまでも、少々拗ねたくなるのは我儘だろうか。

呆れてしまっただろうか、とアシュヴィンを見るのが怖くて、千尋はまた顔を俯かせてしまう。

「……そうだな、俺もその点については、思うところがないわけじゃない」

耳にその言葉が届いたかと思うと、千尋は腕を掴まれ、倒れこむようにアシュヴィンの腕の中に引きずり込まれる。
抗議しようと顔を上げて口を開けば、すぐさまその桃色の唇は目の前の男の熱いそれに奪われた。




「――――愛してる」

唐突な口付けのあと告げられた言葉に、千尋の頬がかっと熱を持つ。

「好きだ」

頬に口付けが降る。

「生涯、俺の妃はお前ひとりだ」

「ちょ……なんなの、もう」

降るほどに与えられる甘い言葉と、熱っぽく見つめる瞳。
優しくふれる右手と、有無を言わさず引き寄せ拘束する傲慢な左腕。
与えられるそれに翻弄されて、思わず視線を逸らしてしまう。


「俺はあのとき―――儀式に臨むお前が、この婚儀に乗り気でないと察していた」

だってそれは、と抗弁しようとする千尋を、まあ聞け、と指先ひとつで千尋の唇を封じる。

「婚儀の折のお前の沈んだ顔は、そう考えさせるに十分だったということさ。
迷いがあるのか憂いているのか、それとも俺を疎んじているか。―――今となっては答えもでるが。
俺自身は願ったり叶ったりの展開ではあったが、お前にとってもそうだというわけではないのだということくらいは、考えていた」

「アシュヴィン………」

見上げるような姿勢で気遣わしげな視線を送ってくる妃に、アシュヴィンは優しく頬を撫でる。

「―――だから、その時に決めたことがある」

「決めた、こと?」

「ああ。まずはこの婚姻で得られる益を最大限に利用すること。それがひとつ。
この道を選択したことを、過ちだったなどと後悔させぬように、最大限に意味を持たせてやる、と。
……まあ、意気込むあまりに、肝心の花嫁殿の不興を買ったがな」

混ぜっ返すアシュヴィンに、千尋はかつての扉越しの会話を思い出し、照れくささに「馬鹿」と悪態をついて視線を逸らす。
同じ罵倒の言葉でも、岩戸の向こうに籠もられたときと今とでは随分と意味を変えたものだ。


「………もうひとつは?」

ちらりと視線を投げながら、うずうずと先を聞きたがる妃の様子が可愛らしくて、アシュヴィンは抱き寄せる腕に力をこめる。
自然、より近くに引き寄せられた千尋のその顔に吐息が触れるほど近くに顔を寄せて、その瞳を至近で覗き込む。

「もうひとつは―――」

そしてその答えとともに、再び熱い口付けが千尋に与えられた。




真白き太陽の下で、純白の比売神に誓いの口付けを捧げれば、甘い抱擁が返る。
凪いでいた空が気まぐれに涼やかな風を生んで二人を包んでいくが、触れあったぬくもりは、熱くなるばかりで冷めることを知らない。




―――すべてが終わったら、俺自身の意思で、お前が欲しいのだと伝えよう。


今ひと時だけの仮初めの関係で終わらせはすまい。
千尋の心に俺がいないというのであれば、向けてみせるまで。
もしもこの戦を生き抜くことが叶ったならば、今度こそ。
俺の心の内を余すところなく伝えて、誰はばかることなく愛して、その頑なな心を溶かして見せよう。


あの日心に誓ったことは、今もこの胸に息づいている。




そして今、蒼穹の空の下で、また。

―――終生変わらぬ愛を誓う。


EDの二度目の結婚式の会話をいろいろと捏造してみた。
ぶっちゃけアシュヴィンは他のメンツよりよっぽど段階を踏んだ恋愛してると思うんだ。