君のために死ねない
「『君のためなら死ねる』とか『お前のためなら命も惜しくない』って、やっぱり女の子なら憧れる台詞よね〜♪」
そんな突然の言葉に、ロザリアは飲んでいた紅茶を危うく吹き出しそうになる。
ロザリアの主君であり、同時に親友である金の髪をした少女は、仕事の合間のお茶の時間に、こうしておしゃべりを楽しむのが日課である。
その内容は宇宙の状態に対しての真剣な相談だったり、
聖地で起こった、微笑ましい些細なエピソードだったり、
――年頃の少女にありがちな恋愛沙汰のことだったりする。
そして、突然冒頭の台詞になるわけなのだが。
「だって、あの人は言ってくれないもの。そんな台詞。
でもやっぱり、女の子の夢でしょ、そういう台詞って。
ロザリアはたくさん言われてるんじゃない?なんたって相手がオスカーだもの」
金の髪の女王は、色恋には不器用な恋人を想って頬をうっすらと染めたあと、そう混ぜっ返して傍らの親友に問いかける。
ロザリアも頬を染める――かと思いきや。
「――ないわよ」
「え?」
「だから、そんな言葉言われたことないわって言ったの」
金の髪の女王――アンジェリークは、まじまじと親友の顔を見返してしまう。
「…ないの?あのオスカーが?」
「一度もないわね」
「…………」
黙りこくってしまった親友に、ロザリアは笑いかける。
「いやね、貴女がそんな顔をすることはないわ。
別に、そんな言葉を言ってほしくて付き合っているわけではないのですもの。
それは貴女だって同じでしょう?」
「だって、私の場合は…そういう人だもの。
…そういう人だって分かってて好きなんだから構わないんだけど。
でも、オスカーは絶対言いそうだって思ってたし…」
どこか納得しないアンジェリークを宥め賺しながら、ロザリアはその日のお茶の時間を過ごした。
その日の夜、明りの未だ消えぬ女王補佐官の執務室に、来訪者の影があった。
「今日も遅くまで仕事か」
「無理はしていませんわ。心配はなさらないで。
あともう少しで一段落しますから、申し訳ないですけれど、お待ちになっていただけます?」
「美しい女性を待つのは苦にならないさ」
彼らしい諒解の言葉に、ロザリアはくすりと微笑って、訪問した恋人にソファーを勧め、目の前の残務を片づけるべく意識を書類に向けた。
ロザリアは手早く書類をまとめてしまうと、自分を待っている恋人のために手早く飲み物を準備する。
お互いの執務の後、どちらかの執務室で逢うことが、いつのまにかふたりの間で暗黙の了解となりつつあった。
「今日、陛下へ謁見する機会があったんだが、そのときに少々仕事以外の話が出た」
自分好みの濃さにいれられたカプチーノを味わいながら、オスカーはそう切り出した。
カチャン、とカップとコースターに非音楽的な音を奏でたロザリアは、事情を察してふぅっとため息を落とした。
オスカーはくっくっと笑いをこぼす。
「その様子だと、どういうことを言われたか、大体察しはついているようだな。
…まぁ、咎められたわけじゃない。その点は気にしないでいい」
「まったく陛下ったら、思いついたら直球ね」
それが彼女の短所であり、同時に長所でもある。
そのことを知っているロザリアの口調は自然毒のないものになった。
たんにお茶の時間の話題だったはずの『君のためなら死ねる』という台詞に、アンジェリークはやけに拘っているようだった。
守護聖がそう簡単に死ぬような目には遭わない――と言い切れるほど、今の女王の御代は安穏としたものではなかった。
むろん常に危険が迫っていることもなく、その殆どはのちに笑い話で済ませられるが、外敵からの侵略で、あわやというところまでいったことだって確かにあるのだ。
「陛下は『ロザリアは拘っていないようだけど』とおっしゃっていたが……そうなのか?」
「ええ」
誤解のしようもないほどあまりにも簡潔に即答するロザリアに、オスカーはひるむでもなく、ただ小さな苦笑いを口の端に浮かべた。
同年代の少女より大人びた印象を周囲に与えるロザリアはオスカーの些か芝居がかった言葉の裏の真実を察するすべを、誰に教わるでもなく、自然に身につけていた。
それは、オスカーとロザリアが、お互いを愛しく思うようになったことが大きな一因であったであろう。
だからロザリアは、アンジェリークが言ったような、オスカーが女性に言いそうな台詞を自分に言わないことを気にしたことはない。
美辞麗句の嵐だろうと、一言の言葉もなかろうと、そんなことは関係ないのだ。
「わたくしは言葉がほしくて貴方を愛したわけではないもの。
…それはもちろん、言われれば嬉しいですわ。
ですけど、言われないことがそんなに問題とも思いませんの。
少なくとも、今わたくしは貴方に愛されていると信じていられますから。
大切なのはその一点だけではありませんこと?」
オスカーはその言葉に、満足そうに笑みを浮かべて、隣に座ったロザリアの肩を抱き、ゆっくりと顔を近づけると、唇を重ね合った。
お互いの唇が離れると、オスカーはロザリアを見つめたまま言葉を紡いだ。
「『君のためなら死ねる』なんて台詞。俺には言えんよ。
――君に嘘はつけないからな」
ロザリアは目を瞠ってオスカーを見つめ返す。
「むろん、ロザリアのために、俺の持つすべてを捧げられるさ。
だが、命は捨てられない。――理由を聞きたいか?」
言いながら、オスカーはソファーへロザリアをゆっくりと押し倒す。
ソファーにロザリアの蒼い豊かな髪が散る。
「護りぬいた君を抱きしめるのは、俺の腕でなくてはならないからさ。
護りぬいた君が見つめるのは俺の瞳でなくてはならない。
愛した女を泣かせる愛し方なんぞ、俺はしない。
ロザリアは護りぬく。そして俺も生き延びる。生き延びてみせる。
――それが俺の愛し方だ」
それはむしろ誰かのために死ぬ覚悟をすることよりも困難であるかもしれない。
だが、オスカーは当然のように力強くそう言い切った。
ロザリアは全身をぞくっとしたものが走るのを感じた。
それは恐怖ではなく、むしろ言うなれば恍惚であっただろうか。
全身全霊をかけてこんなにも愛してくる恋人に、どう応えれば自分の想いのたけを伝えられるだろう。
ソファーに押し倒された姿勢のロザリアは、
すっとその白く細い手を差し伸べると、オスカーの頬を包み込むように触れる。
「…わたくしのために生きてください。たとえ汚泥にまみれても」
オスカーは深い口づけによって、その言葉への返答とした。
もはや言葉はいらない二人の甘い夜は、まだ始まったばかりであった。
fin.
「甘いお話」とのリクエストで、どうにも甘さが微妙な話に仕上がってしまったお話です。
なんちゅーか、ココアを作ろうとしたらコーヒーになったような感じです(なんじゃその比喩は(笑))。
今回の話は、「とても相手を愛している」、のオスカーなりの形、ロザリアなりの形を表現したかったのですが、どうにも勇み足で失敗しているような気がします(笑)。