数え年
うららかな日差しに暖かい風。
窓の外に見える風景は、一足早い春の歌を歌っている。
窓際に置かれたベッドにその身を横たえた少女は、
遠く近く聞こえる風と光の奏でる調べに、そっと耳を傾けていた。
微かに香る潮の香と、遠くに聞こえる波の音は、島育ちのマリンを落ち着かせてくれる。
コンコン、と扉にノックの音が響く。
「――マリン殿、私じゃ」
「あっ、葵さん。どうぞ、お入りになって下さい」
「うむ、では失礼する」
かちゃ、とノブが廻され、マリンの部屋の扉が開かれる。
立ちあがろうとしたマリンを手で制し、葵はベッド脇の椅子に腰掛けた。
「……どうじゃ、身体のほうは」
「やですよー、そんな病人みたいに」
「うむ、わかってはおるのじゃが、そう床に就いているのを見ると、ついな」
照れくさそうに笑う葵に、マリンはふふ、と頬を染めて自分の腹部に手を添える。
「順調、ですよ。………もう臨月ですし」
その言葉に、葵の顔が笑みで綻ぶ。
「マリン殿も、もうすぐ母君じゃのう……」
その手が添えられた腹部は、シーツ越しにもふっくらと明らかな丸みが分かる。
マリン自身も、それまであった少女らしい幼さは少しずつ影を潜め、
女性らしい柔らかさが強くなり、少女から母の顔へと移り変わろうとしていた。
「ほんとは、身体を動かしてる方がいいんですけど、
ここ最近は家事をやろうとする度に『僕がやるから安静にしてて』って、
ベッドに逆戻りさせられちゃうんです」
こんな格好で出迎えちゃってごめんなさい、と謝るマリンに、
葵は、気にするでない、と笑う。
「おぬしの亭主は心配性じゃのう。
ま、夫の慣れぬ家事も、愛情の現われと思って受けとっておけ」
「――はい」
「来年は、『誕生日』とやらを祝ってやる者が一人増えるの。
めでたいことこの上ないな」
「ありがとうございます」
「――『誕生日』を言祝ぐというのは、ほんによい風習じゃのう。
こういう形で近しい者に、生まれた事を言祝いでやれるのは、嬉しいぞ」
「あ、そっか。葵さんの故郷では違うんでしたっけ?」
「うむ、年を改めるごとに一歳を足してゆく数え方なのじゃ。
四十や五十になったを、長生きをしたなという事で祝うことはあるが、
個々人の生まれた日そのものを祝うという習慣はない」
「……なんだか、それってちょっぴり淋しいですね」
「こちらの風習に慣れておる者はそうであろうな。
だが、日本では生まれた日を明かさぬのは呪い避けの意味もあるゆえ、仕方のないことじゃ」
「そうなんですか。ちゃんと理由があるんですね。
でもやっぱり葵さんの誕生日がはっきりしないのは、ちょっと残念です。
……私も孤児院に拾われたクチですから、本当の誕生日は、わかんないんですけどね」
ふと葵は指を口元にあて、何かを考えるような仕草をする。
訝しげにマリンが葵を見上げると、その視線に気付いた葵は可笑しそうに笑った。
「――そういえば、こちら風にあわせると、私はマリン殿と同い年、ということになるのぅ」
「――――え?同い年?私と、葵さんがですか?」
葵はマリンに向き合い、うむ、と頷く。
「私の故郷ではな、生まれたばかりの赤子は一歳とするのじゃ。
ゆえに、こちらの者たちより一つ多く歳を数えておる。
こちらでは零歳から始めると聞いて、最初は戸惑うたものよ」
「…へぇ、じゃ、ほんとに同い年なんですね!
ふふっ、葵さんと同い年なんて、なんだか嬉しいです〜。
でも、生まれたときが一歳なんて、それもちょっと変わってますよね」
マリンの言葉に、葵はきょとんとして、首を傾げた。
「……そうかのう?母親の胎の内におるときも、命は命じゃろう?」
「あ――」
「母親の中で、一年かけて生まれ出る準備をしているだけじゃ。
母に護られて、息づいている命にかわりはあるまい。違うか?」
――母に護られて――
その言葉が、マリンの胸にふわりと沁みた。
胸の内に暖かいものが広がって、瞼の裏が熱くなる。
マリンは瞳を閉じると、その眦に雫を光らせた。
「マ、マリン殿?」
友人の突然の涙に、葵は慌てる。
葵は椅子から立ち上がり、マリンの肩に手を添えて、
寄り添うような姿勢でマリンの様子を窺う。
「私は、なにかまずい事を言うてしもうたか?」
「……違いますよ。凄く、嬉しい事を言ってくださったんです」
マリンは自分の腹部に添えた手を、愛撫するように優しく動かす。
そこには、愛しい人から繋がる命が宿っている。
彼の分身ともいうべき、愛おしい存在が、生まれ出る日を待っている。
「そう、ですよね。子供って、お母さんに護られて、生まれてくるんですよね。
………私も、そうやって護られて、生まれてきたんですよね…?」
「――そうじゃとも。母に護られずして生まれる命のあるものか」
「……――っ」
葵の言葉に、マリンは葵にすがりついた。
寄り添うような姿勢で居たため、胸でマリンを受けとめることになった葵は、
その様子に何事かを察し、母に縋る童を包むように、マリンの頭を優しく撫でる。
マリンは、顔も知らぬ母の事を思って泣いているのだろう。
顔も名前も、捨てられた理由も分からない自分の親。
けれど、自分が母になろうとして、初めて思う、母の愛。
自分がいることそのものが母の愛なのだと、それを思って泣いているのだろう。
「――私、いっぱいいっぱい子供を愛してあげます。
私が今凄く幸せを感じているように、子供にもいっぱい幸せをあげるんです」
「うむ、マリン殿なら、きっと良い母親になるであろう」
微かな嗚咽と涙の中で呟かれたマリンの言葉に、葵は優しく囁いた。
嬉し涙の流れる中、葵はしばらくの間マリンの頭を優しく撫で続けていた。
「母の愛もいいけれど、父親にも愛させてね、マリン」
「おばの愛だって、あるわよ」
扉の影から突如聞こえたその声に、マリンは吃驚して葵から身体を離す。
そこにはマリンの夫と、その彼を兄だという少女がこちらを眺めていた。
「ブルーさん、アクアさんっ!?」
ブルーは肩をすくめると、傍らのアクアに愚痴をこぼす。
「なんだか、僕といるより夫婦みたいだよ」
「きにしちゃだめよ。葵といるときのマリンはいつでもこんなふう」
「ちょっと、夫の立場ないよね」
「よしよし、かわいそうなおにいちゃん。でもわたしなんて、さらにかやのそと」
ブルーの頭を撫でながら、しみじみというアクアに、
マリンは慌てて取り繕う。
「そんなことないですっ!
ブルーさんもアクアさんも、私のとってもと〜っても大切な人ですよ!」
『どうだか』
「あ〜ん、ハモって言わないでくださいよぉ〜。
葵さんは、頼れて、かっこよくって、尊敬できて、
なんてゆーか、私の心の母って感じなんです!
だからつい甘えちゃうっていうか、その、安心しちゃうっていうか!」
力説するマリンの言葉に、葵は苦笑する。
「――それはそれは。でかい娘よのう」
「葵、もーすぐはつまごね。おめでとう」
ぽん、と肩を叩きながらアクアに言われた言葉に、
葵もしみじみとしながら頷く。
「うーむ、一気に老け込んだ気分じゃ」
「わわわ〜!私そんなつもりじゃ〜!」
いつのまにやら三人がかりでからかわれる羽目になったマリンは、
頭を抱えてぐるぐるしている。
「ふふ、それでは私はこれでおいとまする。
ふたりとも、あまり身重のマリン殿をからかいすぎるでないぞ」
「うん。じゃあね、葵。ダンナによろしく。
ついでに、『もーすぐあなたもおじいちゃん』とかつたえておいて」
「きゃ――っ!!それだけは勘弁してください〜!結果が怖すぎますっ!」
恐慌寸前のマリンをもう一度優しく撫でてやると、葵はアクアに笑いかける。
「ははは、やきもちも意地悪も、そのあたりにしておいてやれ、アクア殿。
おぬしもマリン殿にとっては可愛い可愛い妹じゃ」
葵の言葉に、アクアは「……わかってる」と頬を染めた。
マリンの家を辞した葵は、日が傾きだし、朱に染まりだしたアロランディアの美しい空を見上げる。
「う〜む……。なんだかんだで、言いそびれたのぅ。
まぁ、よいか。マリン殿の子が無事に生まれてからでも遅くはあるまい。
来月と――来年の今頃が、楽しみじゃな」
そう独語して、己の腹に手をあてると、葵は微笑み、家路につく。
仕事を終えて帰ってくる夫を、さて、何と呼んでやるかなと、悪戯っぽく考えながら。
100のお題、No.5、「366」。転じて、子供が母親のお腹にいる1年、あるいは数え年で満年齢と差が出る1歳ということで。
内容的には「誕生日」のお題のほうが合うような気がしないでもないんですが、もうそのお題使っちゃってるし!(爆)
とはいえファンタ2のヒロインは、全員誕生日がはっきりしませんよね。マリンは孤児、アクアは記憶喪失(つーか神だし)、葵は昔の日本。
それにしても今回、マリンの話か葵の話か、どっちにわけるかかなり悩みました(笑)
だって一番目立ってるのも、トリを飾るのも葵だし(笑)
でもまぁ、唯一話の中ではっきり出てくるカップルがブルマリだけだということで、マリンのお話という事にしました。
一応話が始まってまず出てくるのがマリンだしね(笑)
にしても、主役が誰だかわかんなくなるって、創作書きとして結構問題だぞ(笑)
ラストの葵さんが意味深ですが……ははは、翌年には葵さんとこにも家族が増えてるものと思ってください(笑)