樹の上の風音



暖かな日差しと、爽やかな風が、聖地を吹き抜けていく。


ランディは、聖地を一望できる小高い丘の上まで一気に駆け上がる。


「ああ…やっぱりいい風だ」

ほんの少しだけ乱れた呼吸を整えながら、
頬を撫でていく風に気持ちよさそうに瞳を閉じる。


ふと、何かに気づいたようにランディは辺りを見回した。
そして、丘の傍にたつ樹の根元に散乱した学習道具を見つけると、
顔をほころばして、その樹に登り始めた。


中程まで登って、枝に腰掛けてるアンジェリークを見つけると、
その上の枝を掴んで体勢を整え、ランディは後ろから声を掛けた。

「アンジェリーク!やっぱりいた!」


「ラ、ランディ様!?きゃあ!」

「うわ…っと!」

いきなり声を掛けられたことに驚いたアンジェリークはバランスを崩しかけるが、
ランディがその腕を咄嗟につかんで転落を防いだ。
アンジェリークはなんとか起き上がり、樹の幹によりかかり、体勢を整えた。

「ご、ごめんよアンジェリーク。
そんなに驚かすつもりじゃなかったんだ」

「ラ、ランディ様、もう大丈夫ですから、腕、離して下さい…」

「あ、ごめん」
「いえ…こちらこそ…」
双方真っ赤になりながら、ランディは名残惜しそうにその腕を離した。

アンジェリークは目を閉じて深呼吸をすると、
ようやく落ち着きを取り戻して、ランディの方を見た。

「ランディ様、どうして私がここにいるって…?」

「ちょっと待って…、…よっと」
ランディはアンジェリークの頭上の枝を掴んだまま、
鉄棒の要領で枝から移動し、アンジェリークのいる枝に飛び移る。
アンジェリークより枝先側にうつると、上側の枝を片手で掴んだ状態のまま、
上手にバランスをとって枝の上に立つ。



「…風の匂いを、かいでいたんだ」

「風の…匂いですか?」

「そう、風はいろんな匂いを運んできてくれるから。
特に、若草の薫る匂いは、俺の心を落ち着かせてくれる」

そこで一旦口を閉ざしたランディの横顔を、アンジェリークはじっと見つめていた。
普段の元気の溢れた笑顔や、嬉しさに綻ばせた笑顔とはまた違った、
今まで見たことのない、落ち着いた笑みがそこにはあった。

『ランディ様、こんな笑顔もされるんだ…』

話を聞きながら、アンジェリークの胸は早鐘を打ち始めた。

「草の薫りにまじって…微かに君の香りがした。
いつも君から薫る甘い香りが…。
で、周りを探したら、学習道具があったから登ってみたら…」

「私がここにいた、ってわけですね」

アンジェリークの言葉に、ランディは頷く。
話し終えると、再びバランスを取りながら、
掴んでいた枝から手を離し、アンジェリークの隣に腰掛けた。

「風とともにあるのが、自然なんですね。
『風』の守護聖なんだから、当然なのかな。でも、確かにいい風…。
草の匂いで心が落ち着くって…わかる気がします」

アンジェリークの視線は、再び眼前に広がる聖地へと向けられた。
沈黙が二人の間を流れ、耳に届くのはただ
さらさらと風に揺れる葉擦れの音。


そして先に口を開いたのはアンジェリーク。

「…お聞きにならないんですね。
その…育成サボってどうして私がここにいるのかって」

ランディは、視線をアンジェリークに向け、
照れくさそうに笑って答えた。

「どうして俺がここにいると思う?
俺だって仕事放り投げて来ちゃったからね。
詰問する権利なんて、あるわけないだろ?」

その返答にアンジェリークの方がぽかんとなる。
そしてどちらからともなくくすくすと笑い始めた。


「あんまりいい天気だったからさ。
部屋に閉じこもってるのがすっごくもったいなくて」

「ランディ様らしいですね。
私は…ちょっとだけ、落ち込んでたから。
いっそ一番高い場所から聖地を見下ろしてやろうと思って」

「俺で力になれることがあるなら、いつでも言ってくれよ」


ランディは育成を放り出していることを責めない。
何があったのかと、問い詰めることもしない。
それが何故か嬉しくて、アンジェリークは思い切り伸びをすると、笑顔を向けた。

「もう、力になって頂きました、ランディ様に」

「え?」

「ランディ様見てたら、なんかすっごく元気出てきちゃって」

ランディは苦笑すると再び枝の上に立ちあがった。

「俺、いつも必要以上に元気振りまいてるからね。
少しでも君の役にたったなら、『無駄に元気』なんて言われずに済むかな」

「やだ、私そんな意味で言ったんじゃありません!
好きな人の笑顔見て元気出るのは誰だって同じで…!…あ!」

アンジェリークは咄嗟に口を手で塞ぐが、
肝心な台詞はすでに声に出してしまった後。
かぁっと頬を染めて、アンジェリークは俯いてしまった。
しかし、ランディはアンジェリークの言葉の意味に気づいてるのかいないのか、
聖地の方に視線を向けたまま、変わらない笑顔で言葉を継いだ。

「俺も君の笑顔が好きだよ。いや、俺だけじゃない。
みんな君の笑顔が大好きなんだ」

アンジェリークの身体が強張る。
手を握り締めて、声を絞り出した。

「…私、真剣なのに…そんなに軽く流さないで下さい…!」

「!?アンジェリーク!」

アンジェリークは樹から降りようと立ち上がったが、
そのときの突然の突風にバランスを崩した。
「きゃあ!」

「アンジェ!」


バランスを崩した瞬間、アンジェリークは固く瞳を閉じていた。
しかしなんの衝撃も感じないことに訝しんだアンジェリークは、そっと瞳を開けた。
そして、目の前にあったのは、自分の身体をしっかりと支えるランディの腕であった。


さらさらと、風に揺れる葉擦れの音だけが、二人を包んでいた。

腕だけ支えられた先刻とは違い、ランディの両腕の中に、しっかりと抱かれていた。
ランディの鼓動が服を通してアンジェリークにも伝わってくる。


「あ…あの、ランディ様…」
「黙って」

アンジェリークを抱きしめた体勢のまま、ランディはアンジェリークの言葉を遮る。

「他にいけないところがあったのなら、
あとでめいっぱい怒ってくれていいから。
だから今は、俺の言葉を聞いて」

ランディの何時にない真剣な声に、アンジェリークはただ息を呑んだ。
ランディは腕にそっと力を込めながら、静かに言葉を紡いだ。

「俺…君の言葉を軽く流したつもりなんてない。
でも、俺にとっては迷う必要もない言葉だったから…。
…さっきの俺の言葉、最後まで聞いてくれ」

アンジェリークはそっと顔をあげると、
ランディの、その空をそのまま溶かしたような色の瞳を見返す。
ランディもアンジェリークの瞳を見つめて言葉を継いだ。


「俺は、君の笑顔を見るのが好きだ。きっとみんなもね。
だけど、俺は…見てるだけじゃ嫌だ。
君の笑顔は、俺の手で護りたい。他の誰にも渡したくないんだ。
君の笑顔……俺だけに護らせてくれるかい?」


アンジェリークはぽろぽろと涙を零した。

「ご…ごめんなさい、ランディ様、私ったら早合点して…」

「…あ、いや、いいんだって。
…困ったな。泣かないでよ、俺、すごく嬉しいんだよ」

ランディはどうしたらいいのかわからず、
ただアンジェリークの涙をそっと指で拭き取った。

「…そうだ、俺からもちゃんと言わないといけないよね。
──アンジェリーク、俺は、君が好きだ」

アンジェリークはまだ涙を浮かべたまま、眩しいほどの笑顔を向けた。




樹から降りていこうとしたアンジェリークは、
先に降りたランディが、腕をいっぱいに広げてるのを見ると、
ひとつ頷いて、躊躇いも無く彼に向かって飛び降りた。
アンジェリークの身体は、すっぽりとランディの腕の中におさまった。




もう、なにも迷わない。迷う必要なんてない。

風がいつも貴方と共にあるように、
私も貴方と共にあるのが一番自然になれるといい。

私はただ、
貴方のすべてを信じて。
私のすべてを伝えて。

私はただ、貴方を愛していく──

fin.

初の、キリ番リクエストランディ創作でした。
勝気で元気な話でって言われて、「よし、木登りさせよう」…単純な奴だな、我ながら。
木の上で語らう二人。どこかで見たことが…あ、これ緑様のLLEDじゃんか(笑)。いまさら気づくな藤之。
書くにあたって、「今回ランディ様が落ち着いてる話にしよう」と思って書いてみましたが、どんなものでしょうか。
あまり女の扱いの慣れた様子で書くとオスカー入っちゃうし、難しいところです。

茉莉さんより、挿し絵としてイラストを頂きました〜♪