甘露の毒(後編)







「――まったく、この大うつけが!」

高らかに、そして力強く葵の怒声が響く。


「母上、そう大声を張り上げないでください。
無理は禁物ですよ。まだ体調は万全というわけではないのですから」

母の肩に上着を掛け、身体を労るように少女は言う。
寝台の脇に椅子を動かし、葵に座るように勧める。
勧められるままにその椅子に腰掛け、心配気な娘の頭を軽く撫で、葵は笑う。

「大丈夫じゃ。もうだいぶよい。
母の心配よりも、今は父の世話をしてやるがよかろう」

葵の言葉に、少女は苦笑する。
ちらり、と寝台に――そこに伏せっている我に、視線を投げる。

「……父上も、無理をなさいましたからねぇ」

娘に賛同され、我が意を得たりとばかりに勢いづいて、葵は何度も頷く。

「まったくじゃ。昔は私に無茶をするなと散々言うておったくせに、
こやつも人の事をとやかく言えんではないか」


「あまり父上を強く怒らないでください、母上。
……私は、これが一番よい結末だったと思いますよ」

「――わかっておる」

くすくすと笑いながら娘に窘められ、葵は不承不承それに頷いた。


では食事の用意をしてきます、と娘は退出し、
部屋に残ったのは我と葵だけとなった。

我は葵から摂った血の毒素にやられて、体が弱り、
母娘二人がかりで、寝台に横になるよう見張られている。

寝台脇の椅子に腰掛けた葵は、腕組みをしながら我をねめつけた。


「――血を摂らせろ」

「やれるかっ!このうつけがっ!」

「血を貰わねば、我は死ぬるぞ」

「おぬしの場合は摂りすぎじゃ。――全く、無茶をする」

「……自覚はある」

「自覚があるから許されるというものでもあるまい。
お互い常人より体力があったからよかったものの。
そうでなければ今頃はまさに共にあの世行きじゃぞ。
……血を介して毒素を吸い出すなどするから、倒れるのじゃ」


葵の血が苦みを帯び、血に毒素が混じったを感じたとき、
あるいは血を巡る毒素を、葵の身体より抜き出す事で、病を軽くできるやもしれぬと、
葵の身体から血を摂るとき、意識してより多く異物を…毒素を取り込もうとしてみた。

血を巡る毒素によって葵の身体に掛かる負担を軽減出来る可能性はあると、
そんな思いつきで試した事だった。

――結果、今の状況になった。



我が葵から血を摂るすべをもっていたこと。
それが葵の身体を傷つけず――余剰の負担をかけずに済む方法であったこと。
日野平の血、それ自体が強い力を秘めていること。
身体を巡るその力在る血の、毒素が薄まり清浄に近付いたこと。
そして、騎士院にて日々己を研鑽し、葵自身、心身が常人より強靱であったこと。

それら一つ一つの要素が巧くかみ合ったのであろう。


ゆっくりと、葵の顔に生気が戻り始めた。
それは本当にゆっくりと。
気が遠くなるほど緩やかに。



少しずつ毒素を抜き出し始めてから、二度ほど四季が巡り、
ようやく、葵は快癒の兆しを見せた。


「ぬしの身体から病魔を追い出すが先か、互いに死ぬのが先か。
それは賭けのようなものであったが。
……とりあえずは、満足のゆく結果じゃ」

「……これで、おぬしだけ逝くようなら、許さぬぞ」

「心配は無用じゃ。だてに十七代も巫女を看取ってはおらぬ」


我が護ってきたゆえに、日野平の巫女の死因は病か老衰かが殆どであった。
今代が死ぬるまで、我はその巫女のもの。
我に血を与えるは病を得た巫女であったことなど、幾らでもある。

――もっとも、葵ほどに多く病んだ血を摂った巫女など、いはしなかったが。


「病の血にどれほど己がやられているかは、己でわかる」

そううそぶくように言うと、葵は拗ねたようにぷいと横を向いた。


「……共に逝かせろと言っておったくせに。言行不一致じゃぞ」

拗ねて機嫌を損ねる葵のそんな仕草が、
まだ頑是無い幼子だったころを思い起こさせて、我はほんの僅か口の端に笑みを刻む。


「――あれはあれで真情じゃ。あの言葉に嘘はない。
ぬしと共に逝けるなら……それも至福と、今でも言い切れるぞ。
……我はまた再び、ぬしに置いて逝かれる怖れと付き合うのだからな」

我の言葉に葵はぴくりと肩を揺らし、視線を戻す。

「紅丸……」


人として生きるを決めたとはいえ、『我』の肉体は――やはり妖のもの。

ソロイの肉体は刻々と歳老りてゆく。
だが紅丸に戻れば、かつて闇より生まれ出でた姿のままだ。

いずれソロイの命が閉じるとき、我もまた永かった生を終えるのであろうが、
そう思ってはいても今まで幾人のもの巫女を看取ってきた事実が、その恐怖を呼び起こす。

――葵もまた、我より先に命を閉じるのではないかと。



「だが今はぬしも我も生きておる。それ以上を望むは贅沢に過ぎよう」


「――紅丸」

葵が、俯いて我の名を呼ぶ。
その声音には、もう怒りも叱責もなかった。
葵には珍しく俯いたまま――視線を合わせぬまま、言葉を紡ぐ。

「……置いて逝かれるが恐ろしいのが、おぬしだけと思うな」

「――葵?」

「約定を違えるなと言うたはおぬしじゃ。
おぬしが私が先に死ぬのを許さないように、私もおぬしが先に死ぬのは認めぬからの。
――黄泉への旅路を共にする、と約束したであろう」

そう言って葵が俯いていた顔を上げると、
素直になった照れくささか、あるいは子供のような我が儘を言った恥ずかしさでか、
その頬はうっすらと紅く染まっていた。

母となってもかつてと変わらぬその初さに微笑ましさを感じながら、
手を伸ばし、葵の髪を指で梳く。

「――我に死なずにあって欲しくば、せいぜいぬしも長らえることじゃな。
……葵のいない地に生きながらえるは、もはや耐え難い苦痛ゆえ」


――また同じように葵が病に倒れたら。
おそらく我はまた同じように血を摂るのだろう。

それが快癒の手立てでなくとても。


如何な毒であろうとも、それがぬしの毒なら我には甘露。

死ぬならば、ぬしの毒で。



――朽ちるなら、共に朽ちよう。
生きるも死ぬも、共にあろうぞ。

異境の地で、十数年離れてもなお、巡り逢った二人ゆえに――

「甘露の毒」後編です。
……なんでしょこのご都合主義は。わかってますええわかってますともだから石投げないで。
病気に関してもツッコミは不可です。医学的根拠?なぁにそれ?(…………。)
娘がいる設定ですが、名前は出てきません。でも多分紅い花の名前(葵もそーだけどね)
そして髪は父譲りの紅、顔は母譲りで葵にクリソツという設定。(カケラも出てこないが)
当然、姓はブラーエでございます(笑)表向きは黒髪の両親なのに、紅い髪設定。事情を知らない人にとっては謎が謎を呼びますな(笑)。
それにしても、十数才の娘がいるとは思えないほど葵さんの所帯じみない初々しさに拍手。(するな)
終始ソロイが出てきません。本編でも力がないとソロイでいられないのだから、毒で弱った状態ならソロイの姿は維持出来なかろうと。
つーわけで、葵が回復し出して入れかわりにソロイは長期の病気療養中。
――政務停滞がものすごく心配です(笑)