定石




鬼の住処と揶揄される新撰組。
そこでさらに鬼の居場所を挙げろといわれたならば、九分九厘の隊士がそこを示すであろう場所がある。

「はぁ…………」

「…………………」

背後で蠢くでかい影と零される情けないため息に、
部屋の主は額に青筋立てながらも、ことさらに無視を決め込み文机に向かう。

「ふぅ…………」

「…………」

べちょ。
滑らす筆に力を入れすぎ、墨の染みが書面に飛び散り屑籠行きとなる。

「は〜ぁ」

「―――総司ッ!!」

辛抱堪らず土方は叫んだ。
重苦しい背後の空気よりも、畳にのの字を書いて項垂れる男の鬱陶しさに臨界点を突破する。
額に浮かべた青筋を二、三本増やし、総司の胸倉を掴む。

「てめえ先刻からなにをうじうじと管巻いてやがる。
俺の部屋の畳にのの字で穴こさえるつもりかッ」

「管巻くって、酒なんか呑んでませんよぉ」

「あーそーだな。酒さえ抜ければまともになる分、酔っ払いのがなんぼかマシだ」

ひどぉい、よよよ、と泣き真似をする総司に怒鳴る精根も枯渇し、
このでかい図体して中身子供な弟分の話を聞いてやるのが結局は一番の早道かと、
なかば諦めの表情で掴んだ胸倉を解放する。

「……で、今度はなんだ。
菓子でも地面に落としたか。神谷と喧嘩でもしたか。どっちだ」

「どっ、どっちて。どーしてその二者択一なんですっ」

「近藤さんに関わる大事のないときに、
その二つ以外でてめぇが落ち込んだためしがねぇだろが」

土方の指摘に、あぅ、と唸り頬を染めて総司は視線を宙に泳がす。

「……喧嘩もしてませんし、落し物もしてません」

「そんなら、なんだってんだ。まったくウジウジめそめそうざってぇ!」




たっぷり三十は数えられるほどの沈黙の後、漸う総司が口を開いた。

「………………ねぇ、土方さん。
女子に本気で恋したこと、あります?」

「……まあ、なくはねぇな」

妻という形の『特別』はいない。
だが本気になった女がいなかったわけではない。
それもまた、今は過去の話でしかないが。


「私は武骨者で、未熟者で、弱い人間です。
最近、それを頓に実感するばかりで」



こて、と首を後ろに倒して総司は視線を上向かせる。
だがその目が見てるものは天井にあらず、誰かの幻影をそこに見出しているのか焦点は微かに朧で。


「―――大事なひとがいるんです。誰より、幸せになってもらいたいひとが。
その人の傍らに立つに相応しい人のもとに嫁いで幸せになってくれと思うのに、
誰のものでもない今が嬉しいなんて考えてしまう自分もいて……。
そう思う自分が恥知らずで情けなくて」

五つの子供のように膝を抱え、背中を丸めて縮こまる。

「私はあの人に幸せになって欲しいと思ってるはずなのに、
どうして純粋に祝福ができないんでしょうか。
なんでこう、もやもやと胸の中に渦巻くものが消えないんでしょう……」

そりゃ単なる悋気だろ、と突っ込みたいのをとりあえず堪え、
二十を疾うに過ぎたはずのでかい図体をうじうじと丸くする弟分をじろりと見やる。



「簡単だ。お前が押し倒してものにしちまえば万事解決だろ」

「そそそそんなことしたら、嫌われますよっ!!
な、なんてこというんですか土方さん」

真っ赤になって感情を露にする総司に、土方はにやりと笑う。

「ほーう、てことは、そいつが欲しいと思ってることは認めんだな。
―――随分と、本気の女ができたようじゃねぇか」

ぱくぱくと口を開閉し、顔を真っ赤にして何もいえない総司に背を向けて、
ひらひらと片手を振って話を終えようとする。

「ま、そんならせいぜい気張って口説き落とすんだな」

「……でも、私なんか、あの人には……」

「てめぇも男なら、佩いた刀で惚れた女を勝ち取るくらいの気概を見せる気はねぇのか。
泣く子も黙る鬼の一味が何を気弱になってやがんだ。
いい年こいた大の男がかまとと振っても気色悪いだけだぞ」

ひどいですよぉ、と背後で拗ねる総司を斜めに見やり、文机に肘を突く。

「恋ってのはな、手にいれてぇと焦がれるのが当然のもんなんだよ。
―――まだ、他の野郎に掻っ攫われたわけじゃねぇんだろ?
何をとっととあきらめてやがる。
本気で惚れてんなら、一度や二度の玉砕なんぞ、物の数に入らねぇだろ。
昔から佳い女を口説くのにゃ時間がかかるもんだって、相場は決まってんだよ」

「……だから気の短い土方さんは、いつまでたっても独り身なんですね」

逆襲とばかりに言い返した総司の言葉に、次の瞬間、総司の頭めがけて文鎮が飛んだ。
わーん土方さんがいじめるー、と副長室から泣き笑い顔で飛び出してきた一番隊の組長の姿に、
世の無常を感じながら空を見上げた隊士がいたとかいなかったとか。




新撰組は、鬼の住処。
そのさらに鬼の居場所と言われる副長室に、
鬼は鬼でも餓鬼が出没すると、もっぱらの噂である。


終








100のお題N0.19「方程式」。恋愛の相場=恋の方程式みたいなノリで。

最後まで総司がガキのままでした。土方ママ育児失敗(笑)
一応フォロー。文鎮はちゃんと避けられるのわかってて投げてます。