自由



千体。
千体、魔を滅するまで。

それが、日野平との間で交わした契約の期限。




先日、先代の巫女が身罷った。
あまり才があるとも言い難いが、それでも日野平の巫女として我の主となった者。

契約を交わした最初の巫女を含め、十と七度(ななたび)、その死を看取った。
病に倒れた者。
自然のままに老いて、往生したもの。

だが、妖(あやかし)に殺された者だけはいない。

――我が守るゆえに。





「おぬしが『紅丸』か」

その懐に紅い短刀を抱え、そう我に問いかけた日野平の総領姫は、
まだ数えで十になるかならずか、といった齢(よわい)の小娘。

「おぬしがこれから私の式になる、と聞いたが、まことか」

否であれば喰われるような状況で、
怯みもせずに射抜くような眼差しで我を見据える巫女。

――ふん、少なくとも、骨のある十八代目のようじゃな。


「私は日野平が七番目、葵。母亡き後、私がそなたの主じゃ」

七姫か。
総領姫が事実上の長女でないことはままある。
日野平のようにその長に強い力があるものや、大きな財をもつもの。
そういった家は、同族間で共食いをする。――珍しくもない。

我ら妖でもせぬ、浅ましき、醜き習性よ。

――だが、それでも人は人。妖は妖。
日野平が人で、我が妖なのは今も変わらぬ。

「その刀を持つならば、ぬしが主じゃ、七姫。
命じろ。我が葬る魔が千体に満ちるまで。それが契約」



そうして、我は十八番目の主に仕えた。





「――紅丸」

「なんだ」

「――おぬし、葬った妖、何体になった」

いつもの巫女装束に身を包み、艶やかな黒髪を束ねあげ、七姫はそう問うた。

「前(さき)の魍魎で、九百九十八体」

「――そうか、もうそんなになるか。…あと二体じゃな」

しゅる、と髪を纏め上げた絹帯の音が鳴る。


あと二体。
それは我が日野平から解き放たれるまでの妖の数。
それで、日野平の巫女姫たちとの縁(えにし)は切れる。
切れてしまう。否応もなく。


――解き放たれて、そして如何にする。
解き放たれること、それは巫女の傍にいられないということを意味する。


七姫が我の主になってより、もう幾年もの年月が過ぎた。
七姫も、すでに齢十六。
先代のように、そろそろ男を通わせ次代の巫女をもうけねばならぬ。

それがどうにも癇に障る。


――どうせ傍から離れる身。
解放された瞬間に、我の手で殺めるか?
そうすれば――誰の腕に抱かれることもない。


「…契約が終われば、我はぬしを喰うやもしれぬぞ」

「喰いたいのなら、そうすればよいさ」

七姫の応えに、我は瞠目する。

「日野平の血に、十八代、おぬしは仕えてくれた。
おぬしが私を喰いたいと望むのなら、それは当然の報酬であろう。
――むしろ、そうしてくれたほうが良いのかも知れぬと、思わぬでもないのでな」

「なにゆえに?」

「千体。それが契約。それが終われば、おぬしは解き放たれる。
だが主でなくなればおぬしを日野平の血で生かす事は叶わぬ。人を喰らわねばならぬ。
なれば、最初に喰らうのが私であれば――おぬしが、人を喰らうのを見ずにすむ」

「…………」

「ふふ、我が儘じゃの。
なに、日野平の血に連なる者が私一人というわけでなし、日野平は絶えぬよ。
おぬしは甘いと言うであろう。一族の者にも咎められるかもしれぬ。
――だがそれでも、やはり私は、おぬしが人を殺めるのを見とうない」

「…七姫」

「我が儘ついでにもう一つ、言っておこうかの。
おぬしが私を喰らうなら…そのときくらいは、私の名を呼べ」

「――!!」

「おぬしの声で、名を呼ばれてみたい。『七姫』ではなく、『葵』と。
おぬしのその声で呼ばれる私の名が、どのように響くのか。
喰らわれるときなら、真の名を獲られても、なんの障りがあるでなし」

屈託無くそう言うだけ言い、七姫は懐から我の本体である短刀を取り出す。

「…まぁ、すべてはあと二体、おぬしが葬ってからの話じゃ。ゆくぞ、紅丸」




喰らいたいなら喰らえと言う。
殺したいなら殺せと言う。
――解き放たれよ、と言う。

――我が、千体を葬ったときに、そうせよと。





その夜の妖は、雑魚だった。
だが、この期に及んで発揮される七姫の甘さにつけいって、
真の名を教えるふりをして呪いをかけようとしたのを、我は見逃さぬ。
七姫に仇なすものは許しておかぬ。生かしておかぬ。


――否。


もし、本当にあの妖が真の名を教えようとしたのであれば、なおのこと、我は葬る。


七姫に、我の後の式など要らぬ。
我のかわりを求めることは許さぬ。
七姫の傍らにあるのは、我だけでよい。


――九百九十九体目を葬った。



――…これで、もう。
もう、一体たりとも…………葬れぬ。


あと一体葬ってしまえば、解放という名の責め苦が待っている。



――だから、直後に起った嵐に、我はなにも出来なかった。


「――紅丸!あの者を――!」

「我に命じるな!七姫!」


命のままに葬れば、もう傍らにあることが出来ない。



名を呼びたかった。
誰かのものになる前に、我の手で殺めてしまいたかった。


だが、それ以上に――傍らにありたかった。




我が望んだその身勝手な我欲。
それゆえに裁かれたのかも知れぬ。

ぬしを記憶から落とし、十数年の年月を隔て、その姿を変えて。


そのままでいれば、我は人として生を全うしたであろう。



だが、ぬしは辿り着いた。探り当てた。
我の記憶も呼び覚ました。


――そして、我の傍らにあるを望んでくれた。



要らぬ。
要らぬよ、解放など。


束縛こそが我の至福。
ぬしの傍らこそ、我の在り場所。


――葵の、傍らが。

ファンタ2創作、第一弾は紅丸×葵でした。
お題は「自由」ですが、本編中ではこの単語は使っていません。
だって、葵や紅丸の時代には存在しない単語ですからね。近代になってできた言葉ですから。…いや、それを言うと他にもあるのかもしれませんけど。
ついでにいうと、お題の「自由」、んなもんいらねー、ってしちゃってますけど(笑)