いつか貴女に
覚えているのは、木漏れ日のような、笑顔。
私が彼女と初めて言葉を交わした時に、
彼女が見せた、その優しい笑顔。
その笑顔が、私の心を占めるようになるまで、
長い時間を必要とはしませんでした。
快活に聖地を駆け回り、
明るい笑い声を振りまいて。
アンジェリークはいつも輝きを持っていて…、
そう、彼女は、光とともに在るような少女でした。
いつからでしょう。
彼女の姿を見ない日は、心が重く感じるようになったのは。
彼女が私の部屋を訪れてくれるのを、
心待ちにするようになったのは。
私はハープを手にすると、つつ…っと弦を指でなぞりました。
彼女は…私のハープを聴くことを好んでくれました。
いつも、話や育成の依頼の後に、
そわそわしたかと思うと、照れくさそうに手を合わせて、
首を傾げて可愛らしく曲を強請る仕草に、
私も笑みを誘われたものです。
そして、私が一曲だけハープを奏でると、
彼女は目を閉じて、静かに音の世界へとたゆたっていく。
そんな情景が、当たり前になっていたのに。
自然に私の中にとけ込んできた少女。
家族のように、友人のように。
──まるで、妹のように。
その関係を、大切にしたいと思っていた。
…ほんとうに、心から、そう思っていたのです。
その関係が、一枚の薄布のように、
翻ることがあると、思い知らされるまでは。
あの日…彼女から、想いを打ち明けられた日まで。
私は手元のハープの弦を、ぽ──ん、と弾きました。
その音だけが、この静かな部屋に響きます。
聴く者のない音楽は、弾き手の心すら癒さないのでしょうか…。
それでも、私は想いを込めて、ハープを奏でます。
記憶のなかで、彼女が歌ってくれた曲を。
『うたを うたっておくれよ
かつて私を魅了したあの歌を
二度と戻らない あの人の面影だけでも
いまいちど ここに戻りはしないかと』
確かに、その危うい関係を壊そうとしたのは、彼女の方でした。
ですが、それに応えられなかった罪は、私にあるのでしょう。
家族のような関係を、大切にしたいと…
家族のような関係のままでありたいと…そう、甘えていた私の罪。
家族以上に見ていたのは、彼女だけではなかったのに。
そのことに気づくのは、彼女が去った後だなんて。
『「あの人は どこにいるの
この世の果てに旅立った
消えない哀しみは
いつか思い出に変わるの?」』
胸に、ぽっかりと穴が空いたような虚無感。
ふいに彼女が扉を開けて、姿を見せるような気がするのに。
扉の軋みにも、窓から吹き込む風の音にも、彼女の幻覚を見るのに。
この聖地に、もうあの少女の影はありません。
あの朗らかな笑い声を聴くことは、もうないのです。
彼女は、行ってしまったから。
誰よりも輝かしい存在として、至高の存在として。
『光の幻影にさえ
瞳は面影を探す
胸躍らす愛ではなかったけれど』
手が届かぬ存在になってから、初めて彼女を求める滑稽さに、
知らず知らず自嘲の笑みを浮かべもします。
私が…自分自身で拒んだ、差し伸べられた白い手。
もう一度差し伸べることが叶うわけはないのに。
誰よりも傷つけたくない人を、
自分のせいで傷つけた。
安定した関係に甘んじて、
新たな一歩を踏み出すことに臆病になって。
彼女のほうから、踏み出してくれた一歩を、私が、拒んだ。
『閉ざされた心にも
間違いなく届いた
あの人の歌声は
私の氷を溶かした』
せめて、今の私の心を伝えることだけでも叶うなら。
謝罪の言葉ではなく、ただ一言を。
もはや、想いを通わすことを望むことが出来ぬのならば、
許してほしいとは望まないから。
せめて、その言葉を伝えたかった。
『うたを うたっておくれよ
かつて私を魅了したあの歌を
遥けき昔の思い出が
今一度真実になるのなら…』
──叶わぬことでしょうか。
時を越えて生きる私たち。
生きる場所は違っても、同じ時間の流れを生きる。
いつか、貴女と私が、この時の流れから、解放される日に。
もし…まだ貴女が私のことを、心のほんの片隅にでも置いてくれていたなら。
ぽ──────ん
再びハープを部屋の片隅へ置くと、
私は絵筆をとり、部屋に置かれたキャンバスの布を外しました。
彼女が去ってからそのままになっていた、
描きかけの絵を完成させるために。
貴女の笑顔も、声も、鮮明に私の記憶の中で輝いてます。
幾年か先、この絵を添えて、
貴女に伝えられる日が訪れることを願って。
いつかまた…私の傍らで、
歌声を聴かせてくれる日が訪れることを願って。
誰よりも優しく微笑んでくれた貴女。
誰よりも私の心を安らがせて下さった貴女。
誰よりも──愛しい貴女へ。
全ての想いを込めて──
fin.
リュミエール様創作、第二弾。難産でした…。とにかくリュミ様ってば動いてくれない…。
そして挙げ句のはてにモノローグに逃げたっと。
文中の詩は、私が師匠とあがめる草名竜人から使わせてもらいました。
煮詰まってたときに、この文を持ってきたらすいすいと話が進んでしまいました…。
殆ど原文のまま引用してます。