一緒に歩こう




いつまで、貴女といっしょにいられるだろう。


真実が白日の下にさらけ出された後、それが平坦な道のりじゃないと分かっていても、
いっしょに歩いて欲しいと、そう願ってもいいだろうか。






アロランディアが神の島であることをやめ、議会制度が導入され、
議会としてそのまま施設が利用されている神殿に文官として勤めているアクアは、
視察の名目で、プルートと共に馬車に揺られている。

「ねぇ、プルート。…どこへ向かっているの?
今日のよていは、二院のしさつのはずよね。
……もうおわったのだから、神殿にかえるんじゃないの?」


だが馬車の窓から見える風景は、神殿への帰路のものではない。


「――なんか、道、ちがう」

訝しむアクアに、プルートはふふ、と笑う。

「……実はちょっとだけ、寄り道をさせてもらってるんです」

「え?」

「でもきっと、あなたにも楽しんで頂けると思いますよ?」

にこにこと笑って、プルートがいたずらっぽく首を傾げる。

私的な時間はともかく公務の時間にはまじめなはずのプルートの意外な一面に、
アクアが訝しげに眉根を顰めていると、馬が嘶き、馬車が止まる。

「さぁ、つきましたよ。どうぞ」

エスコートされるようにプルートに手を引かれて馬車を降りると眼前にあったのは、
昔はほとんど神殿で寝泊まりすることの多かった人物が所有する舘。

今も尚神殿に詰めることがあるが、昔に比べれば、
格段に主人の帰りを迎えるようになったその舘には、
かつてアクアと同じ立場だった女性が、新たな居住者として昨年加わっていた。

――そして先日、この舘の居住者はさらに一人増えていたりするのだが。



「……ええと。つまり、葵のところ?」

悪戯が成功した子供のような表情を見せて、プルートはアクアに笑いかける。

「はい、正解です。――来たがっていたでしょう?アクアさん」





「わぁ…手、ちっちゃい。…頬、ぷにぷに」

「赤子だからの」

ブラーエ邸の、客間にて。
葵の腕の中で微睡む小さな命に、アクアとプルートは目を奪われる。

この舘の主であるソロイと正式に婚儀を挙げた葵は、先日女の子を出産した。
見たい見たいと思いつつ、忙しさに追われて、アクア自身も機会を逃していた。

「葵の赤ちゃんさきに見たなんてしれたら、
マリン、おこるわね。それともすねるかしら」

「……両方、のような気もしますね。あはは。
マリン議長は、怒られないうちに僕があらためてお連れしますよ」

「そうね。もとはといえばプルートのせいだし、
ふぉろーはしっかりおねがい」

人差し指を立ててびしっとそういうアクアに、
プルートは肩をすくめながらも「はい」と笑う。
葵もそんな微笑ましい二人を見て口元を綻ばせた。

「もう少し体調が戻ったら、私からも会いに行くとしよう。
マリン殿にはよろしく伝えて頂けるとありがたい」



赤ん坊は、アクアをじぃ…っと見つめている。
なんとなくアクアも視線をそらせず赤ん坊の瞳を見つめ返すと、
赤ん坊はにこぉっと笑って、精一杯手を伸ばして、アクアの手を掴もうとする。
そっと手をだしてやると、赤ん坊はアクアの白い指をぎゅっと握り込んだ。

「……つかまれちゃった」

「アクア殿のことをよほど気に入ったのじゃろう」

「……ね。だっこ、してもいい?」

「もちろんじゃ」

葵の腕から、アクアの腕へと赤ん坊が移される。
母から引き離されて一瞬むずかりそうになるが、
ぎこちない手つきでアクアがあやすと、あっというまに機嫌を直した。

だぁだぁと嬉しそうに笑う赤ん坊を抱きながら、アクアは照れくさそうに頬を染めた。

「……ふふ……可愛い」




窓から差し込んだ夕暮れの日差しがアクアの銀の髪を染め、
まるで光のヴェールを纏ったように見え、プルートは慌てて目を擦った。


さらり、とアクアの銀の髪が揺れ、なんとも不思議な雰囲気を醸す。

「――赤ん坊は、精霊が見えるとも言いますよね」

赤ん坊をあやすアクアをどこか憧憬の瞳で見ていたプルートが、ぽつりとそう呟いた。



「あなたはときにとても神秘を纏う。まるで……」

プルートは言いかけた言葉を切り、続きを飲み込む。
口にしたら、アクアがこの国から去ってしまいそうな気がして、
それは形にしてはいけないと思ったのかも知れない。


だが赤ん坊は、相変わらずアクアの腕の中で笑っている。
それが、なによりの証のような気がしてならない。

――神秘の力を操っていた巫女を母に持ち、人ならぬものが姿を変えた存在を父に持つ。
赤ん坊がそういう出生を持っていることを、プルートは知っているから。




プルートは、少し考え、表現を変えて先程の感想を口にした。

「今更考えてもどうしようもないことは分かってるつもりなんですが…。
アクアさん。本当は、星の娘はあなただったのではないのかと……、
私は今でも時折思うんですよ」


アクアはその言葉に目を閉じると、
少しの沈黙を挟んで、ぽつりと言葉を口にした。

「…それは、ちがうわ。ほしのむすめなんて、最初からいなかった」



あまりに純粋であまりに寂しがりやの『彼』の、かつては半身だった自分。
その『彼』と、優しくも鮮やかに、つかの間の心の交流を持ったマリン。
人より強く在り、人より永く生き、人より孤独に生きてきた妖と人生を共にした葵。

……ひとでないものと心を通わせたという意味でなら、三人ともそうであったけれど。


「もしそんな存在がいたとしても……それはね、
プルートやソロイが求めていたようなものじゃないと思うの」

ね、と同意を求めるように葵を見ると、彼女も頷く。


「……プルート。もしかみさまがいてもね、だれも救いはしないのよ。
すべてを分けへだてなく、みすてるの。そういうものよ。
だって、もうせなかをささえる腕も、ひっぱってもらう手もなくたって、
ひとはもう自分の足であるけるんだもの」


ねぇ?と相変わらず赤ん坊をあやしながら、アクアは言葉を続ける。


「……だからあのひとは、もう神の声をきくひとはいらないと思ったんだわ。きっと」

「…あの人?」

「いちばんひとに愛されて、いちばん、ひとを愛していたあのひと。
……プルートが、ずぅっと明かりをともして待っていた、あのひと」


その言葉で、誰を指しているかを察したプルートは息をのむ。
アクアの本質の、その片鱗に触れたような感覚に、自然、背筋を正してしまう。


緊張に身体を強張らせたプルートにお構いなしに、
葵はアクアの腕から再び赤子を受けとり、心得たように笑った。


「赤子は精霊が見える、か。そういうものかも知れぬな。
赤ん坊は神の眷属と言うことよの」

故郷では、プルートと似たような立場だったと聞いている葵の言う言葉には、
占術師や予言者のような――昔のプルートのような――説得力がある。

「……しかしな。どんな人間でも、いつまでもそのままではおるまい?」

葵は赤ん坊をあやしながら、言葉を続ける。


赤子は己が人であることを自覚したそのときから、神の眷属であるのをやめるのだと。
それはもはや、神の庇護を受けぬでも大丈夫、ということなのだと。



「だから――私は神の声を聞くことが出来ない星読みとして、生まれたのでしょうか。
ならば、私のとった道は間違いではなかったのですよね……?
苦悩の十数年の果てに、選んだ道が正しく神が望まれた道だったと、
胸を張ってもよいのでしょうか」

肩に力を入れてぎゅっと手を握り締めたプルートの背中を、
アクアが軽くぽんと叩いた。

「プルートは、あいかわらず考えすぎ。
……そんなの、ほんとうは悩むことじゃなかったのよ」

アクアが溜息交じりにプルートをじと目で見る。

「アロランディアに住んでるのは、かみさまじゃなくて、ひとでしょう。
ひとの国の道をきめるのは、ひとであるべきなの。
葵が言ったでしょう。いままでのアロランディアは、あかちゃんだったのよ。
自分でかんがえられるようになったら、かみさまの手はいらない。
ひとが生きるのは、ひと自身の責任でなくちゃいけないの」


プルートは肩の力が少しずつ抜けていくのを感じていた。
本来の年齢より大人びた事を朗々と語るアクアを見ていると、
そういうものかもしれない、と素直に思えるのだ。

「アロランディアは、今こそ巣立ちの時期だったと――そういうことなんでしょうか」


「さてな。――人と神との間など、存外冷たいものよ。
奇跡や助言など、ないのが当然と思うべきじゃ。
どんなに祈ろうと、人には己で研鑽する範疇のことしか出来ぬ」

葵のその言葉を受けて、アクアは首を傾げさせて微笑んだ。

「でも、だからこそ懸命にいきるから――だからひとは尊いわ」


二人の少女は顔を見合わせてにっこり微笑んだ。


星の娘候補であった者がそんなものはいないのだと言い、国もそう歩みを進めている。
だが候補として特別な立場にあったあの頃よりも、ただの人として生きる今のほうが、
少女達――マリンを含めて――が強く輝いて、どこか神秘に見えるのは、
けしてプルートの気のせいではないだろう。





門扉まで見送りに出てくれた葵に手を振り返しながら、
ブラーエ邸を辞した二人は、馬車に乗り込む。


「……アクアさん」

「なぁに?」

嘶きと共に馬車が走り出し、舘が見えなくなったころ、
プルートはアクアに声をかけ、意を決したように尋ねた。


「……もしアロランディアが神の島を完全に脱却したら……
アクアさんは、この国から、去ってしまわれますか?」

「どうして?」

「……神の庇護を受けなくてよくなった者は、神の手から離れるのでしょう?
貴女は……その……そういった存在に、とても近いような気がするから」


その答えを聞くのが怖かった。
言葉にしたら、形にしたら、現実のものとなってしまいそうで。
――アクアが、風に溶けるように姿を消すかもしれなくて。

けれど、アロランディアは少しずつでも確かに前に進んでいる。
去るにしても留まるにしても、いずれはこのことに触れずに済むはずもないだろう。
ならば、きちんとアクア自身から確かめておきたい。


アクアは、プルートの問いかけにきょとんとしていたが、
ふっと微笑みを浮かべた。

「……いなくならないよ」

「本当に?」



微笑んで、アクアはプルートに手を差し伸べた。

「かみさまはいらなくなっても、人手はいるでしょう?
これからは、ねこの手も借りたいほど忙しくなるんだから」

ねこの手よりは、まだましだとおもうわ、と悪戯っぽく笑いながら、
目の前に差し伸べられたアクアの手をプルートはそっととる。

――白く、細く、だが確かに人としての暖かさを持った手を。





いっしょに、いてあげるから。

平坦な道のりじゃなくても、いっしょに歩いてあげるから。


だから、歩こう。
自分の足で。自分の意志で。


いっしょに、歩いて行こう――

「さぁいこう」のお題でした。プルアクです。
プルートのお相手として好きなのはアクアです。歳近いし、ある意味プルート達の求めていた存在に一番近いのはアクアだし。
しかしそれにしても、葵が主人公でなくても高確率でソロ葵か紅葵が絡みますね、私の話は。
――なにしろヒロイン三人とも、人外と因縁深すぎますから(笑)。(ていうかヒロインの一人が人外だし)
アクアがらみの色恋に、セットで出しやすいのでしょうね、やっぱり(笑)