異邦人



あたしはこの国にとっては異邦人。
世界を構築する歯車は、きっといつか、あたしをはじき出す。






「……後悔しないか、嬢ちゃん」

静かに問いかける青い髪の青年に、メイは静かに、だがはっきりと答える。

「しないわ」

そこは魔法院のホールの中央。
目の前には、大きな魔法陣が描かれ、その傍には見慣れた亜麻色の髪の少年が佇んでいる。

名目は実験だ。
理論通りに魔法が発動するか確かめる。
新しく構築された魔法の効果を証明するために踏まれる、何の疑問の余地もない、当然の手順。

今このときにメイを還すのだという一点を除けば。


「セイルは、きっと怒るぜ。矢面立つの、俺か?」

「悪いわね、でも決めたから」

茶化した物言いに隠しながら、シオンが何を言いたいのか、メイには分かる。

―――黙って還ってもいいのか、と。



メイ自身がシオンを説き伏せ、今回の件に関する書類がセイリオスの元へと渡るのを遅らせた。
セイリオスがこのことを知る頃には、メイは故国の地を踏んでいるだろう。


「……ねえ、シオン。覚えてる?
随分前のことだけど、あたしの私物を長老たちが壊しちゃったの」

「ああ、姫さんたちにもこっぴどく叱られたもんだ。
……俺たちの責任で、嬢ちゃんから思い出を奪ったんだ。―――忘れてねえよ」

シオンはばつの悪げに頭を掻いて視線を逸らす。
報告にきたキールに対して、メイもそうとう当り散らしたものだ。
らしくもなく泣いて喚いて―――ばつが悪いのはお互い様だ。


「で、たいした数もないはずのあたしの私物。手元に戻ったの、いくつ?」

メイの私物は、破壊されたものも、取り返したものもある。
そしてまたいくつかはいまだ魔法研究院のどこかだ。
―――『研究対象』として。



何の変哲もない私物のすべてが、魔力反応を示す。
それが何を意味するのか、自ら魔法を身につけていく過程で少しずつ理解した。

―――異物、なのだ。

見た目は特徴がなくても、構成する要素が異なることで、世界に反応する。
薬品同士を混ぜたら化学反応を起こすのと同じように、異物同士の交じり合いで魔力反応が起きる。

「―――それ、あたし自身も例外じゃないこと、あんたたちならわかってるんでしょ」

シオンは答えない。
だが否定しないことが、なによりの肯定。


幾度魔法を暴走させただろう。
補助魔法を欠かせば、今でもたやすくコントロールを失う。

魔法のまの字も知らない素人が、意図せず建物を破壊するほどの力を見せる。
それを『素養』や『才能』の一言だけで片付けるほど、シオンやキールの目は甘くない。
それが全てとは言わない。けれど、影響が皆無なわけはない。

―――メイが異世界人だからこその、魔力の発露。



「あたしはこの世界にとって、やっぱり異物なのよ」

派手に暴走してこの国を壊すかもしれない。
大切な人を傷つけるかもしれない。
そして異物であればこそ―――いつか、世界から弾かれるかもしれない。

「殿下のこと、好きよ。好きだから……残れない。
あたしは殿下の『ただ一人のひと』に、なっちゃだめなの」

―――大好きな人。
そしてこの国にとっても、二人といない大切な人。


いつか突然消えるかもしれない人間が、彼の「特別」になってはいけない。


愛しい人を哀しませることはできない。
国にとって絶対の存在の精神を揺らがす危険は冒せない。



「シオン、殿下を頼むわね」

笑顔で振り向くと、肩口で切りそろえた琥珀色の髪がさらりと揺れる。

彼女が彼の傍らに立つことを、手放しでは賛成しないであろう自分を、シオンは承知している。
けれど少なからぬ友誼を持った少女の犠牲を積極的に望むわけでもない。
恋した男のために笑顔で別離の道を歩む少女を前に、シオンは複雑な気持ちを押し隠し笑顔で応える。

「嬢ちゃんの期待は、裏切らねぇぜ」

「うん。あんたの愛の言葉はあてにならないけど、仕事に関しては信用してるから」

「こーら、褒めるかけなすかどっちかにしろ」

「―――んじゃ、託す」

少女は目の前の青年の服をぎゅっと握る。

「……ぜったいに、殿下を守って。
最後の最後まで、殿下の味方でいてよね。
殿下を幸せに……幸せを掴んでくれるよう、助けてあげて」

堪えていたものがあふれ出すかのように、
貼り付けた仮面の笑顔に、雫がひとすじ頬を伝う。





「―――君がいなくては、幸せになんか、なれないよ」

耳朶を打った優しい声に、メイの表情が強張った。
シオンの身体を挟んでその向こうにその人がいるとわかるのに、
いやわかるからこそ、凍りついたようにメイの身体は動かない。

「意外とお早いお着きだったな?」

にやりと笑うシオンの声に、彼の仕業と悟ってメイは服を握る手を裾から胸倉へと変える。

「―――あんた、殿下に話したの!?
知らせないで、って約束したのに!」

「話してないぜ?俺はな。えーえー、俺は潔白ですよー?
ま、姫さんたちに『セイルから問われたなら、答えていい』とは言ったけどな」

さらりと嘯くその飄々とした姿の背後に、黒い尻尾が見え隠れする錯覚を覚えたのははたしてメイの気のせいか。
シオンはぽん、と少女の頭に掌を乗せて、かるく撫でてやる。

「―――賭けみたいなもんかな。
セイルが過たずに鏤めた違和感を見破って、嬢ちゃんを引き留められるかどうか。
この日この時この瞬間に間に合うことができたんなら、嬢ちゃんとセイルには、縁があるんだろ。
そんなら、お前さんがここにいることも、きっと意味のあることなんだろうさ」

ほれ行けよ、とメイの背中を軽く押しやって、セイリオスの元へと少女をいざなう。
その衝撃に踏鞴を踏みながらも、セイリオスの前へとゆっくりと歩みを進めるメイの瞳にはまだ迷いがある。
少女の躊躇いを拭うように、セイリオスはメイの頬を撫でる。

「……殿下」

「メイ、もう手遅れだよ」

「え………」

「君はもう、とっくに私にとって『ただひとりのひと』なんだ」





「還りたいと本当に望むのなら、止める権利は私にはない。ふたつとない、君の故郷だ。
けれど、君という存在を忘れることも、私には出来ない。
私のために還るというのなら、そんな道はもう、あるわけがないんだ」

優しく少女の頬を撫でるセイリオスの指先が、少女の仮面を少しずつ剥ぎ取っていく。
ぼろぼろとこぼれ出した雫を、掬い取る。

「メイ。君さえ望むのなら、全力でこの世界に君をとどめるよ。
世界に君を奪わせなどしない。消えてしまったら探し出す。世界を越えてどこまでもね」


セイリオスはメイに手を差し伸べる。

「この世界の誰より、私が君を必要としてる。
君はもう異邦人ではない。こここそが君の国だ」



おずおずと、メイは差し出された掌に自分の手を伸ばす。
その小さな指がセイリオスの掌に触れた瞬間、セイリオスはぎゅっとその手を握り締めた。

「―――捕まえた。もう逃がさないよ、メイ」




かちり、とどこかで音がする。
受け入れられた歯車は、もはや世界の一部となる。


もう、あたしは世界に怯えない。
世界があたしを不要としても、世界より求めてくれるこの人のために、この世界にしがみついてみせる。



メイはセイリオスにいざなわれ、扉へと向かう。

愛しさと光にあふれる、この世界へと―――








100のお題No.99「タブー」。転じていちゃいけないひと。
そーいやゲーム中でもメインルートが済んだら問答無用で還されるんだよなー。